『よるのえ』『いんへるの』『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』編集部の推し本5選

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/20

ダ・ヴィンチWeb編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチWeb編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

”短くて不思議な話”がクセになる『よるのえ』(キューライス/大和書房)

『よるのえ』(キューライス/大和書房)
『よるのえ』(キューライス/大和書房)

 2匹の猫が船の上で“お星さまの口から注がれる金平糖”を集めた瓶を支えている、可愛くも少し不気味で独創的なイラストにまず目を奪われる。100を超えるカラーイラストそれぞれにショート・ショートが収録され、これまでのキューライス氏の作品とは一線を画す初のイラスト集はとても新鮮。本を開く前から読者に期待を持たせてくれる。

「『ポストの中には郵便局員さんが入っているんだよ』そんなことを同級生の林田が半笑いで言ってる。」という始まりの、くだらないようでちょっとロマンも感じる話。ほとんどが非現実的なイラストなのに、「池袋行きの丸ノ内線に乗って一番端の席に座っていると、前の座席に母と座る幼稚園児くらいの女の子が目に入った。じっと私を見つめて目を離さない」から始まり、一気に現実味のあるワードに日常へ引き戻される。そして、何をしても自分から目を離さない女の子が最後に放った一言がオチなのだが、それにはかなりゾっとした……。「成田からロサンゼルスへと向かう機内」なのに、家の炊飯ジャーが保温のままだったことをふと思い出してしまうという、痛痒い話。そしてたびたび無情な話が挟まる。予想困難な「ショート・ショート」という“短くて不思議な話”の読後感はクセになり、キューライス氏の個性をより一層際立たせているように感じた。描かれる一体一体の絶妙な表情までじっくり味わっていただき、各ストーリーと自分との相性をはかってはお気に入りを見つけてしっとりしてみてほしい。

中川

中川 寛子●副編集長。サウナ→水風呂×5回、露天風呂にも入り、その後、6キロランニング→ピザーラでピザとパエリアを注文。日が沈む前にビールで流し込むという休日を試してみたら幸福度指数が上がりました。



生き生きとした死者たちに元気をもらえる“快談”『おばちゃんたちのいるところ Where The Wild Ladies Are』(松田青子/中央公論新社)

『おばちゃんたちのいるところ Where The Wild Ladies Are』(松田青子/中央公論新社)
『おばちゃんたちのいるところ Where The Wild Ladies Are』(松田青子/中央公論新社)

 楽しげなイラストの描かれた黄色い表紙と、単純に気になるタイトル。そしてオビと背表紙に「怪談」と書いてあり、このミスマッチはどういうことかと興味をそそられて手に取った本書。正直私は怖い系が苦手なタチなので怪談ジャンルは避けて生きてきたが、歌舞伎や落語、民話などの日本の古典をモチーフにした17の短編怪談集とあり、果たしてこの表紙のこの小説にはどんな恐怖が書かれているのかという興味が勝った。

 フタを開けてみると予想通りというか恐怖感は一切なし。むしろ明るい話ばかりだった。幽霊や妖怪などが出てくるけど、生者に危害を加えたりはせず、むしろ積極的にこの世とかかわりながら自然に存在している。失恋した女性のもとに現れて元気をくれるトラ柄セーターを着た関西おばちゃん幽霊の話や、改築になるホテルに住んでいた座敷童がとある不思議な会社にスカウトされる話など、多くの話がクスッとさせられるのと、彼らが生きているのか死んでいるのかがわからなくなる生と死の違いが曖昧な世界観がクセになっていた。それぞれのお話は独立しているが共通の登場人物がちょいちょい現れてくるので、最初から順番に読むことをおすすめしたい。生前よりも死後のほうがのびのびと明るく楽しそうにしている幽霊たちに元気をもらえるので、ジャンルは“快談”になるかもしれない。あ、でも現代社会で生きることとは……と考えさせられてちょっとヒンヤリするから、やっぱり怪談かな。

坂西

坂西 宣輝●鍋に50度ほどのお湯を用意します。そこにスーパーで買ってきたバナナを、皮をむかずに入れて5分ほど待ちます。鍋から取り出してあとは常温保管。すると何もしないよりも3倍ほど長持ちしました(あくまで感覚値)! 最近TVだったかネットだったかで知った、目からウロコネタでした。


怪異が起こっていても、いなくても……。『いんへるの』(カラスヤサトシ/講談社)

『いんへるの』(カラスヤサトシ/講談社)
『いんへるの』(カラスヤサトシ/講談社)

 そろそろ夏の気配がしてきたものの、梅雨もあって寒暖の差がある季節。曇りや雨の空に気が滅入った、そんな時は、風情をより味わうずっしりじっとりとした怪異譚をおすすめしたい。カラスヤサトシ氏の怪奇短編連作『いんへるの』は、凸も凹もなく、日常に地続きの怪異が出てくる。盗みに入ったその家の家人が全滅する凶兆を見た少年の話、屋根の上に死んだ人たちが立つ話、付き合った女性の髪が針のようになって身体を刺される男の話……。現象を抜き出してしまえば、立派にホラーで非日常なのだが、怪異が江戸のような時代~現代を舞台に、人間が生きていく中で背負ってしまう業のようなものの陰惨さとともに描かれることで、その段差が見えなくなってしまうのだ。普通に暮らす日常が、人間同士のこすれあいで生じる苦痛・嫉妬・諦め・愉悦・鬱屈・狂気によって“底下げ”され、怪奇を特別なものと感じなくなるという……。

 家の梁からぶら下がる“生きている人間ではない”身体、夜な夜な山で合戦し虐殺を行うご先祖さま、そんなものすら恐怖に感じなくなる精神状態の中生きる日々は、すでに地獄みたいなものなのかもしれない。“怪異を怖いと思わない”ことで、自分の感覚がぶれているのか、ぶれていないのかを迷う……。不思議な感覚が心地いい。

遠藤

遠藤 摩利江●各種サブスクに入っているため、月末になると「時間が無くて見きれないからどれか解約しよう」と思い立つのですが、結局おのおの用途別に使っているため見送りとなり……。おもしろいコンテンツに感謝しつつ、うまいことできているなぁと財布を開く日々です。