『よるのえ』『いんへるの』『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』編集部の推し本5選

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/20



「おひとりさま専用カフェ」で自分にやさしくなりたい『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』(標野凪/双葉社)

『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』(標野凪/双葉社)
『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』(標野凪/双葉社)

 行きつけの本屋さんで、本書を手に取ったのは、表紙に描かれた一切れのアップルパイのイラストが美味しそうで、かわいらしかったからだ。お腹に聞いてそのまま購入した本、と言えるかもしれない。

 本書には悩める5人の女性が登場する。毎日がんばっているはずなのに、満たされない。ものすごく不幸でもないけれど、幸せかどうかわからない。5つの短編は、2021年頃のコロナ禍の“私たち”も丁寧に描く。在宅ワーク、オンラインミーティング、通勤客がいなくなった駅隣接のショッピングモールに、消毒を徹底するヘアサロン…。劇的な変化についていけない不安と便利さを知った高揚。どちらも感じたことを思い出した。

 都会の中に佇む「おひとりさま専用カフェ」にたどり着いた5人の女性が、自分なりの答えを見つけていくストーリー展開は安心できるが、時にハッとさせられる。SNSの「#ていねいな暮らし」を真似しようとして疲れてしまった女性がいる一方で、「#ていねいな暮らし」を発信する女性には、その発信が必要なものであったり。選択的夫婦別姓制度の実現を望む女性が、同僚に「夫の姓を名乗ることを選んだらバカにされそうで」と言われる場面では、コロナ後の変化や時代の変化に「ついていける/いけない」という2択以外の道を探る大切さを考えたり。作品のフェアさがなんだかうれしかった。

 おひとりさま専用カフェで気づくのは、「自分のいたわり方」や「自分の芯をもつこと」ではあるが、同時に彼女たちは、周囲の人や世間との接し方についても考えを改める。決して独りよがりではない気づきとともにある、店主の言葉と背伸びしない美味しい料理。お腹が満たされると、それだけで自分にやさしくなれる気がする。

宗田

宗田 昌子●私にとっての「自分のいたわり方」のひとつに、推しの応援があるのは間違いない。大好きな体操観戦やお笑いの劇場に足を運ぶ時は、まさに至福のひととき。そんな自分の甘やかし方マニュアルは、常に更新しておきたい。



「ずっと見ていたいキャラクター」は正義だ。『競争の番人』(新川帆立/講談社)

『競争の番人』(新川帆立/講談社)
『競争の番人』(新川帆立/講談社)

 本のメディアの仕事をしていると、いろいろな作品に出会う機会があるのだが、その中でも大きな醍醐味のひとつが、「面白い! たくさんの人に薦めたい!」と感じた作家さんの作品がブレイクしていく様子を、ほんの少しだけ早く体験できること。個人的には、直近2年で町田そのこさんや青山美智子さん、一穂ミチさんの作品が多くの読者に届いていくのを見て、嬉しかった。

 先日最終回を迎えたフジテレビ月9ドラマ『元彼の遺言状』の原作者である新川帆立さんの最新作が、『競争の番人』だ。同作品も、7月クールから同じく月9でドラマ放送が決まっている。「2クール連続」。同じ原作者の方の小説が連続でドラマ放送されるのは、フジテレビ史上初めてなのだそう。それだけ、新川さんの作品はいま、求められているのである。

 原作もドラマも『元彼の遺言状』を楽しんでいた身としては、『競争の番人』をとても楽しみにしていたのだけど、こちらは公正取引委員会という日々の生活の中ではどんな仕事をしているのか想像がつかない環境を舞台とした、エキサイティングなエンターテインメント作品。ミステリーとしての面白さはもちろん、『元彼』同様にキャラクターが立ちまくっていて、冒頭から愛着が湧いてしまう。「この人たちが登場する物語をずっと見ていたい」と思わせてくれる作品は、正義だと思う。新川帆立さんの創作に、これからも注目だ。

清水

清水 大輔●編集長。音楽の世界では、リアルのライブが活況を徐々に呈してきている。連載を担当しているアーティストのライブが立て続けに開催され、2週間で4回、Zepp Hanedaへ。オンラインでの鑑賞にも慣れたけど、やっぱり会場で観る音楽体験は代えがたい。