SFからホラーまで、読み心地は多種多様! 妄想の天才・浅生鴨による摩訶不思議な50篇のショートショート集

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/24

浅生鴨短篇小説集 すべては一度きり
浅生鴨短篇小説集 すべては一度きり』(浅生鴨/左右社)

 日常をほんの少しいじるだけで、こんなにも愉快で奇妙な世界が出来上がるのか。『浅生鴨短篇小説集 すべては一度きり』(浅生鴨/左右社)を読みながら、ふとそんなことを思った。この短編集は、300篇の短編を書き上げるnote連載企画『短編三〇〇』の書籍化第一弾。SFからホラーまで、あらゆるジャンルの50篇の物語が収録されたこの本を読んでいると、妄想の天才・浅生鴨氏の生み出す世界にすっかり惹き込まれてしまう。

 たとえば、表題作「すべては一度きり」は、初日の出のちょっとした奇跡を描いた物語だ。主人公は、街野彩。年末年始を実家には帰らず一人で過ごそうとしていた彼女のもとに課長から電話がかかってくる。

「いやあ、年明け早々に本当に申しわけないんだけどね。ちょっとばかり問題が起きて」
「年明けって、まだ明けてませんよ」
「それが問題なんです」

 彩は毎日の日出と日没を管理する天候庁の職員。新しい年が来たというのに、部長の設定ミスによって初日の出が1時間以上も遅延しているのだという。日出と日没の操作は研修で一度やっただけという彩だが、タクシーを捕まえて、慌てて天候庁に向かう。

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「今の状況は部長に確認されているんですか?」
「そんな失礼なこと、できるわけないじゃないですか」

 明らかに奇妙な世界なのに、この物語の登場人物たちは、ごくごくフツウ。彼らの会話やちょっとしたやりとりも、現実世界にありえそうなものだから余計におかしい。

 また、現実にありえそうなようでいて、きっとありえない物語が「特殊な環境」だ。あるカレー店を訪れた主人公は、学生らしき男性が初対面らしい有閑マダム然とした女性から執拗にイカリングをすすめられる場面に遭遇する。

「私のイカリング、食べていただけませんか」
「そうよね。こんなおばさんのイカリングなんて食べたくないわよね」
「ああ、ここでは誰も私のイカリングを食べてくれないのね。ああ、やっぱりこんなところ来るんじゃなかった」

 訳の分からない女性の嘆きに困惑する男性をみながら、イカリングの女性の身につけている洋服や装飾品の豪華さから、主人公は、ここで名乗り出ればこの女性が食事代くらい奢ってくれるかもしれないという邪念を抱く。そんな物語を読めば、「何だ、この話は」とツッコミを入れずにはいられない。そして、そのオチも衝撃的。意外すぎる展開に思わずクスッと笑わされてしまう。

 さらには、アニメ談義をする女子たちに単なる通りすがりの男性がマウントを取ってくる「踏んではならなかった」は、マンスプレイニングを揶揄するような内容だし、格差社会が具現化した世界で、異例の昇進が決まった男の「ジャイアント・コーン」は、世の中に蔓延る格差というものを考えずにはいられない。また、不可思議なノミの市に出店することになった男の運命を追う「モの二九」は、冷や汗が吹き出るようなホラー作品。日常の景色をほんの少し変えるだけで、こんなにも世界は変わってしまうものなのか。何だか心がざわついて落ち着かない気分にさせられる不思議な物語ばかりだ。

 思わず笑わされてしまう快活な話から、荒唐無稽な話、社会問題を扱う話、ホラーまで、読み心地はさまざま。読めば読むほど、浅生氏の巧みな想像力に圧倒されてしまう。1冊でこんなにもたくさんの作品を味わえるだなんて、なんて贅沢な本なのだろう。あなたもこの本で浅生氏の生み出す多彩な世界を味わってみてほしい。おかしくてこわくてちょっと切ないショートストーリーはきっとあなたにも驚きを与えるに違いない。

文=アサトーミナミ