窪美澄氏が、かけがえのない人間関係を失った者たちを描く珠玉の短編集《直木賞受賞作》
更新日:2022/7/20
夜空の星を眺めていると、どうしてこうも切ない気持ちになるのだろう。遥か遠くの輝きが、二度と手が届かないものを思い出させるせいだろうか。
第167回直木賞を受賞した窪美澄氏による『夜に星を放つ』(窪美澄/文藝春秋)は、そんな星空を見上げた時のような胸の痛みを感じさせる短編集だ。窪氏というと、赤裸々な性愛表現で彩られた『ふがいない僕は空を見た』の印象が強いが、本作にはそのような表現はなく、誰にでもありえそうな、ゆったりとした日常が綴られていく。だが、これまでの窪氏の作品と同様、描かれるのは、思うようにいかない人生を生きる人々。大切なものを失いながらも、一歩を踏み出そうとする登場人物たちの姿がじんわりと心に残る。
ひと夏のビターな恋を経験した男子高校生。学校でいじめを受けている女子中学生。アパートの隣の部屋に越してきたシングルマザーの親子に、離婚した元妻と子どもの姿を重ねる会社員…。この本の登場人物たちは皆、かけがえのない人間関係を失い、傷ついている。失ったものにはもう手は届かない。だが、その現実は簡単には受け入れられないものだ。
たとえば、「真夜中のアボカド」の主人公のOL・綾は、3年前、30歳を目前に双子の妹・弓を亡くした。弓の死をきっかけに、できるだけ早く結婚をして、子どもを産みたいと思った彼女は、婚活アプリに出会いを求め、コロナ禍の中、フリーでプログラマーをしている麻生と付き合い始める。だが、どんなに時が過ぎようとも、妹の死は受け入れがたい。月に一度、妹の彼氏・村瀬と会食を重ねることで、麻生には話しにくい妹の話題を共有し、息抜きにしていたのだが…。
また、健気な小学4年生の想を主人公とする「星の随(まにま)に」もコロナ禍が舞台だ。想の父親はカフェを経営していて、コロナの影響をもろに受けており、その再婚相手は、生まれたばかりの弟・海の世話で疲れ果てている。そして、想の産みの母親は看護師で忙しい上、想の思うようには会うことができない。そんななか、想はふとしたことから、同じマンションに住むおばあさん・佐喜子さんと出会い、彼女から戦争の話を聞く。そして、想は今という時と、戦争の時代とを重ね合わせていく。
どの登場人物たちの日常にもどこか閉塞感が漂う。その状況に苦しむ彼らの心情に気づけば、共感させられてしまう。それは、あらゆる大切なものを奪い去ったコロナ禍という時代を、今、経験しているせいかもしれない。今がまさに閉塞感にあふれた時代だからかもしれない。大切なものを失った欠落感を持て余したまま、それでも、登場人物たちは、前を向こうとする。新しい出会いを経験し、再び誰かと心を通わせようとしていく。また傷つくかもしれない。それでも人は人と関わることをやめることができない。そうやって葛藤し続けている彼らの姿がとても身近に感じられる。
星の光は、明日がくるまで私たちをそっと見守ってくれている。この作品もまた、閉塞感ある日々を過ごす私たちを優しく照らし出すような1冊だ。うまくいかないことばかりだけれど、それでもどうにか踏ん張りたい。切ない気持ちにさせられると同時に、前を向く力ももらえるこの短編集は、今、うまくいかない日々を過ごしているあなたにこそ読んでほしい。
文=アサトーミナミ