【文學界新人賞受賞作『N/A』】選考会で異例の満場一致! 優しさと気遣いの定型句に抗う、圧巻のデビュー作! 芥川賞候補にも!

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/24

N/A
N/A』(年森瑛/文藝春秋)

 人間は、往々にしてカテゴライズすることによって他者を、世界を理解する。そのカテゴリーには、時としてルールとマナーが伴い、「正しい」振る舞いが規定される。カテゴリがなければ我々は途方に暮れてしまうだろう。ある言葉を知ることで、自分自身をよりよく理解することだってある。しかしながら、分類のための言葉がが取りこぼす何かを感じて、モヤモヤとした気分にさせられたことがある人もまた、決して少なくはないだろう。

 年森瑛氏による『N/A』(文藝春秋)は、まさに他者からのカテゴライズの言葉に違和感を覚えている高校生の物語。選考委員の異例の満場一致で第127回文學界新人賞を受賞したという今注目の作品だ。タイトルになっている「N/A」とは、 “not applicable” あるいは”not available”の略語で「該当なし」あるいは「入手不能」のような意味を持つ。

藁半紙が光って見えたのは十三年の人生で初めてだった。

 物語はそんな印象的な一文で始まる。13歳の松井まどかは、保健室だよりに書かれた「低体重は月経が止まる危険性があります」という見出しを見たその日から、過度な食事制限を始めた。高校2年生の今になるまで、まどかが低体重をキープするのにこだわるのは、ただ単に「股から血が出るのが嫌」で「生理を止めたい」から。だが、母親は、娘を摂食障害だと心配して、接し方を調べ、まどかにかける言葉にとても気を付けている。

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 通っている女子高では「王子様」として扱われているまどかだが、3カ月前から、周囲には隠したまま、元教育実習生のうみちゃんと交際している。しかし、まどかが欲しいのは恋人ではない。彼女が求めていたのは、他の人では代替不可能な「かけがえのない他人同士」という関係。恋人や友人、家族などといった言葉でカテゴライズされない「ぐりとぐら」のような2人組に憧れを抱き、そういう関係になれることを期待して、うみちゃんからの告白を受けいれたのだった。

 だが、うみちゃんが求めてくるのは、「恋人」としての関係。うみちゃんとは自分の望んでいるような関係性にはなれないかもしれない、と感じ始めていたある日、友人の翼沙が、まどかにうみちゃんと思しき人物のSNSアカウントを見せてくる。そこに載せられていたのは、顔こそ出ていないが、知り合いがみればまどかだと分かる写真と、同性カップルとして恋人との幸せな日常と現在の社会への葛藤を綴った投稿。そして、彼女に向けられた、たくさんの応援や共感のコメントだった。翼沙は、まどかは本当は同性との恋愛関係を望んでいる人だったのだ、と考えたようで、慣れない言葉を必死に紡ぎ始めるが――。

 物語が進めば進むほど、まどかがいかに、ありのままで理解されることが難しいかが明らかになる。まどかは、ただ自分らしくありたいだけで、どの分類も彼女に当てはまらないのだ。とはいえ、この作品はまどかの周囲の人間たちを断罪するような物語ではない。カテゴライズされることに違和感を覚え続けてきたまどか自身も、誰かのための、今だけのための言葉を探しあぐね、もがいている。

 まどかの苛立ちや葛藤は、まさに現在の世の中の問題を浮かび上がらせる。相手の思いを、考えを、行動を尊重したい。しかしながら、どうすれば傷つけてしまわないか、なかなか言葉が探し出せない。相手を大切にしたいからこそ、「正しい」とされる言葉にすがりたくなり、時として相手の本当の姿を見過ごしてしまう。多様性の時代、という言葉は、『N/A』を読み終わった身にはこの上なく重く、痛切に響く。

 なお、本作は第167回芥川龍之介賞の候補に。7月20日の発表を楽しみに待ちたい。

文=アサトーミナミ