「Z世代」の枠では括れない、パーソナルな悩みと葛藤を描く──『茜さす日に嘘を隠して』『青く滲んだ月の行方』座談会③
更新日:2022/7/13
物語を生み出す小説家と、楽曲に乗せて物語を届ける歌い手。それぞれが才能を発揮し、“聴く小説”と“読む音楽”を届けるプロジェクト「いろはにほへと」がスタートした。
第一弾として、小説家・真下みこととシンガー・みさきによる女性デュオ「茜さす日に嘘を隠して」(以下アカウソ)、小説家・青羽悠とシンガー・Shunによる男性デュオ「青く滲んだ月の行方」(以下アオニジ)が、それぞれ5話&5曲を発表。7月1日には、ユニットと同名の単行本『青く滲んだ月の行方』(青羽悠/講談社)、『茜さす日に嘘を隠して』(真下みこと/講談社)が刊行されることとなった。
どちらのユニットも10代後半~20代前半のクリエイターで構成されているとあって、各話で描かれるのも就活、恋愛などZ世代が抱える等身大の悩みや葛藤。しかも、ふたつの作品は登場人物や舞台を共有しており、密接にリンクしているのも面白い。両方読むと「この人とこの人がつながっていたのか」という驚きを得られるだけでなく、人は相互に影響を及ぼし合って生きているという当たり前の事実も突き付けられる。
単行本発売を記念して、プロジェクトに携わった4名による対談を実施。その模様を全3回にわたってお届けする。最終回は、Z世代が抱える悩みや葛藤、自分を重ねた登場人物など、世代論にテーマを広げて話を伺った。
取材・文=野本由起
「進むべき場所がよくわからないZ世代。小説にもそういった戸惑いが滲み出ています」(青羽)
──『アカウソ』と『アオニジ』、各短編の主人公はみなさんとほぼ同世代です。彼らは就職活動で行き詰まりを感じたり、恋人との関係に悩んだり、それぞれ異なる葛藤や鬱屈、生きづらさを抱えています。いわゆる「Z世代」として括られることも多いのですが、当事者であるみなさんはこの世代をどのように捉えていますか?
青羽:この世代は、進むべき場所がよくわからない人が多いんじゃないでしょうか。同じ就活小説でも、朝井リョウさんの『何者』の頃はまだ「自分はこうなってやるんだ」と目指す場所に進んでいく力が強固だったように思います。でも、今はそういう力がなくて、どこへ行けばいいのやら、という戸惑いがある。『アカウソ』『アオニジ』どちらも、そういった姿勢が滲み出たのかなという気がします。
ただ、個人的にはそこまで世代は意識していないですね。「Z世代」と名付けたのも、僕らではありませんし。確かに、就活中の大学生や卒業数年目の社会人は、大きな選択を強いられたり、「今後の人生、どうしよう」と迷ったりするタイミングです。でも、そこに世代はあまり関係ない気がするんですよね。そんなことは気にせず、ただ若さを横暴に振りかざせばいいんじゃないかな、と思っていて。自分の悩みで精一杯という気持ちで、やりたい放題書きました。
真下:私の世代は、たとえば小学校でランドセルの色が男の子は黒、女の子は赤が当たり前だったんです。それが今は、「何色を選んでもいいよ」となっています。ランドセルを比喩に使うなら、『アカウソ』は何を選んでもいい時代だけど、選びたい色を言えない人たちの話。で、『アオニジ』のことも勝手に言わせてもらうと、こっちは「何を選んでもいいよ」と言われて「いや、別に何でもいいんだけど」と困る人たちの話なのかなと思いました。
青羽:『アカウソ』は女性視点、『アオニジ』は男性視点だけど、この時代にここまで男性作家が描く男性、女性作家が描く女性というぶつかり合いができたのは、ある意味よかったですね。あえてジェンダーという概念を押し出すのではなく、「男女の作家がぶつかり合うと、こういう姿が見えるよね」という話になったと思います。
真下:そもそも、『アカウソ』『アオニジ』というユニット名に決まるまでも紆余曲折ありましたよね。男性が青、女性が赤っていうのもどうなんでしょうと、私がお伝えしたこともあって。でも、話し合いを重ねて、「それぞれの色にはこういう意味があるよね。男は青、女は赤っていう単純なことではないよね」となったんです。各話のジャケットをグラデーションにしましょうという話もさせてもらって。
青羽:曲のジャケットも、最後は赤と青が混ざり合った色合いになっているんですよね。男女それぞれの主人公が同じような悩みを抱きつつ、男女の感覚の違いもある。例えば、真下さんが描いた第1話の主人公・皐月は、「今が一番若い」と思っているんですよね。そういう感覚は、女性のほうが強いんだろうな、と思います。そういった感覚の違いがありながらも、どちらの主人公も最後は将来にどう挑んでいくかという同じ悩みのラインに並び立ちます。それがすごくいいなと思いました。
「敷かれたレールの上を走るのではなく、自分の人生において幸せなことを考える」(Shun)
──Shunさんとみさきさんは、自分たちの世代についてどんな印象を抱いていますか?
Shun:僕は大学生で、来年卒業する予定なんです。この年代が直面するのは、「こう生きなければならない」という壁だと思っていて。日本だと、大学に入って3、4年になったら就活して、卒業後は会社に入って働くのが当たり前。そういう考えに基づいて社会が動いているので、そこに背くのは難しいと思うんです。なにかしらの職業に就かないと、卒業していきなり無職になってしまいますしね。
でも個人的には、自分の人生において幸せなことは何かと考えるようにしています。僕らの世代は、「敷かれたレールの上を走らなくてもいいんだ」と気づくのが難しいかもしれない。でも、僕は今そこに気がついて、「じゃあ何をしようか」と考えているところなんです。それも、「来年までに考えなきゃ」と思う必要もないので、今は日々を生きながら将来を探っているところです。
青羽:いい話だ……。
みさき:自分の道は自分で決めるということで言うと、私もこのまま音楽活動を続けて最終的にどうなりたいのか見えなくて、すごく悩んでいたんです。そんな時に『アオニジ』第5話を読んで、「心はどんなときも正解に気付いている。だから行きつく先が間違いなはずはない」って言葉に出会って、すごく感動しました。自分を信じるのって、一番カッコいい生き方だなと思いました。
青羽:ありがとうございます! でも、恥ずかしいな。そんなに刺さっているとは。
「『手紙』に描かれた文さんに、音楽の力を改めて教えてもらいました」(みさき)
──青羽さんは、ご自身と重ねた人物、特に共感する人物はいましたか?
青羽:それが難しくて……。というのも、全員の気持ちがすごくよくわかるんです。僕は、自分の中から出てきた人物しか書けないタイプ。自分の中の一部分を5人の主人公に拡張したような感じなので、全員に愛着があります。でも、改めて読み返した時に愕然としましたね。「俺、こんな人間なのか」と思って、我ながらびっくりしました。
というのも、僕は“普通”への執着があるんですね。何かを諦められないけれど、諦めずにフラフラしている自分はあまり好きじゃない。どこかに行ってしまいそうな時もあるけれど、結局どこにも行けない。そういう自分の中でいろいろと蠢いている感じが、小説に出たなと振り返って思いました。これが出版されると思うと「そうかぁ……」と。親族には読まれたくないですね(笑)。
真下:私も、「この人が一番自分っぽい」という人物はいなくて。その時々で、どの人にも全力で入り込んで書いています。ですが、特に第2話、第4話は、世の中の多くの人からは「え、この人、ひどくない?」と思われてしまうような選択肢を選ばざるを得なかった人を書きました。そうせざるを得なかった人に対して「ひどい」という印象を持たれたとしたら、それは私が伝えきれなかったからだと思います。
ただ、これまでは相手の想像力に過度に期待してわかりづらい表現にするのは書く側として読者に甘えすぎていると思っていたのですが、最近考え方が変わってきて。「こう書けばわかってもらえる。この切実さが伝わるはず」と思って書くこともまた、書く側としての甘えなんだろうなって。「こう書けばわかってもらえるだろう」というのも私の想像にすぎないし、当たり前ですがその想像力には限界があります。だから今は、「ひどいと思われるとしても、本人は切実。わかってもらえないかもしれませんが、こういう風に書きます」というスタンスで書いています。それが顕著に出たのが第2話と第4話だったので、心に残っていますね。
──Shunさん、みさきさんが、特に感情移入した人物はいますか?
Shun:正直、自分を重ねたキャラクターはいなくて。なぜだろうと考えたんですけど、僕は基本的に何かに悩んだり苦しんだりすることがあまりないんです。それは、僕には悩みがないというわけではなくて、自分が悩んだり幸せを感じたりすることって、すごく特別なことだと思っているから。ひとりの生命体が、自分の頭の中で悩んだり苦しんだりできるのってすごく美しいことだと思っていて。だから、自分は悩んだ時もそれを楽しめるし、そこに意味を見出せるんです。そういう意味で、僕はあまり思い悩むことはないし、登場人物に自分を重ねることもありませんでした。
みさき:私は、『アカウソ』第3話「手紙」の主人公・文さんです。同じシンガーソングライターなので重なるところが多かったですし、私も文さんと同じように曲を作る時は実体験を書くっていう発想しかなくて。でも、知らない人に向けた手紙を曲にするという考え方を文さんに示してもらい、これからの音楽活動のヒントにもなりました。音楽の力を改めて教えてもらった作品でした。
「人生の岐路に立った人が、自分なりの合言葉を探せる小説になっていたらうれしいです」(真下)
──今回のプロジェクトをどんな人に楽しんでほしいですか。また、このプロジェクトに参加したことで、ご自身の中で起きた変化についてもお聞かせください。
真下:音楽が好きな人に届いたらいいなと思っています。普段小説を読まない方でも、音楽を聴いて「あ、この声きれいだな」というところから入り、「この曲、どういう背景で生まれたんだろう」と小説に触れていただけたらうれしいです。第1話から順に読まなくてもいいですし、第2話だけとか、つまみ食い感覚で読んでいただければ。
あと、人生の岐路に立って悩んでいる人にも読んでいただけたらと思います。例えば第5話に「とりあえず」という単語を使った文が出てくるんですけど、「とりあえず、明日の面接に行ってみよう」「とりあえず、生きよう」と思えたらいいなって。「とりあえず」以外にも、そういった自分なりの合言葉を探せる小説になっていたらいいなと思います。
私は、これまでひとりでものを作るのが楽しくて小説を書いてきました。でも、このプロジェクトに参加したことで、誰かと一緒じゃないとできないもの、ひとりではたどり着けないところってあるんだなと実感しました。ひとりは居心地もいいし楽ですが、その居心地のいい場所にとどまっていてはいけないな、という気がして。これからは、誰かと一緒の仕事も積極的にやっていけたらいいな、と思いました。あと、今回は作詞も本格的に挑戦させていただいて、その奥深さにますます興味が出たんです。小説はもちろんですけど、作詞にももっとチャレンジできたらと思います。
青羽:僕も真下さんも、いい意味で時代の潮流に乗らず、お互いに考え尽くして今を描けたんじゃないかと思います。僕らはZ世代と呼ばれますけど、「その実態って何なの?」と違和感を覚えている人に読んでいただきたいです。もっと考え込むことになるかもしれませんが、それでもなにかしらヒントはあると思っています。しかも、それが音楽という媒体に乗って、お互いに手を取り合って広がっていく。ぜひ、いろいろな方に読んで、聴いてほしいと思います。
プロジェクト全般に関しては、僕が考えたアイデアの核にいろいろな方々が乗っかってきてくれましたし、僕自身も大きな刺激を受けました。すごく面白かったし、難しかったし、至らないところもあったし、できたこともあったし。なかなか大変でしたけど、多少はコツを覚えたので、またこういう機会があったらぜひやってみたいです。
Shun:僕としては、何も知らない状態でこの楽曲や小説に出会ってほしいな、と思います。ノーコンテクストで出会って、どんどん世界が広がっていく感覚を楽しんでもらえたらうれしいです。
今回のプロジェクトは、改めて自分にとって音楽がどういう立ち位置なのかを知る機会になりました。実は今回、オーディエンスを意識して作ったので、正直楽しめない部分もあったんです。やっぱり僕は、友達と一緒に音楽を聴いたり、ひとり部屋でギターを弾いて歌ったりする時に、一番音楽を感じるんですね。そういう意味では、僕にとっての音楽はパーソナルなものなんだなと気づきました。
ただ、みんなで同時に何かを作り上げて、いろいろな人たちの力が自分の歌声によって形になって、多くの人に届いていくというのは新しい感覚でした。こういう体験ができて、すごく楽しかったです。
みさき:私は、音楽は好きだけど、小説を普段まったく読まない方におすすめしたいなって思います。私自身、小説に堅いイメージを抱いていて、読むのに抵抗があったんです。でも、このプロジェクトに参加してみて、やっと小説の面白さ、楽しさに気づけました。小説を読むと、今まで自分の生き方や世界が広がる感じがして。自分の人生のヒントをもらえるプロジェクトだったので、本当に参加してよかったなって思います。
青羽:みさきさんがそう言うなら、このプロジェクトはもう成功ってことでいいですよね(笑)。こういう人を増やしたかったので。
──最後に、同じプロジェクトに携わったユニットメンバーに向けてメッセージをいただけますか?
Shun:僕から青羽さんに伝えたいのは、「とりあえずお疲れさまでした」ですね。プロジェクトが立ち上がった頃は、何をするのかわからない状態でしたが、そこから課題を解決して、修正を重ねながら小説も音楽も作り上げて。すごい頑張りだったと思います。この経験が、小説家としてのキャリアにつながるのなら、僕もすごくうれしいです。
青羽:僕ももちろん「お疲れさま」と言いたいんですけど、それ以上にShunという人間が非常に面白くて、これは小説になるだろうなと思いました。今はアメリカに留学中だけど、帰ってきたらいろいろ話を聞かせてください(笑)。
真下:レコーディングの時に、「こんな風に歌いました」という音源を毎回みさきさんから送っていただいたんです。今考えると、すごく贅沢なことだったなと思います。本当にありがとうございました。私も小説家の活動を頑張って、またみさきさんに歌詞の提供などでお仕事をご一緒したいなと思っています。まだまだ力不足ですが、その目標の実現に向けて頑張るので、待っていてください。
みさき:ぜひお願いします。私は、グループチャットで真下さんから「こういう歌詞、どうですか? コメントをお願いします」と聞かれても何も言えなくて、ずっと申し訳ないなと思っていました。それがずっと引っかかっていたので、この場を借りて「本当にごめんなさい」と言いたいです。それなのに、すごく素敵な作品に仕上げてくださって、本当にありがとうございました。真下さんは、今まで出会った中で一番優しい人だなって感じていて。出会えてよかったです。
真下:いえいえ、ありがとうございます。
青羽:俺らと違って、アカウソチームはしっとりしてますね(笑)。