同級生女子の死の真相…彼女のiPhone7でYouTubeを観て、すべてを理解した/#拡散希望【全文公開④】

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/4

ミステリ界注目の作家・結城真一郎氏の『#真相をお話しします』(新潮社)は、YouTubeやマッチングアプリ、リモート飲み会など、現代日本の今とどんでん返しミステリが融合した、全5篇からなる1冊。本連載では、第74回日本推理作家協会賞を受賞した1篇「#拡散希望」を5回に分けて全文公開! あなたも作者の仕掛けた罠にハマってみませんか?

#真相をお話しします
#真相をお話しします』(結城真一郎/新潮社)

「信じてくれよ、俺じゃないんだ」

「じゃあ、何で現場に―」

「気付いたら無くなってたんだって。嘘じゃない!」

 凜子の遺体が見つかった三日後、僕は体育館裏で砂鉄に詰め寄っていた。もちろん告白のためではない。どちらかというと、決闘に近いだろう。

 遺体が発見されたのは、島南端の断崖絶壁―例の「秘密の場所」から約三十メートル下の岩場へ転落していたという。いつまでも帰宅せず、連絡もつかないことを心配した両親が交番へと駆け込んだのが十八時十五分。遺体発見の一報はその六十分後。灯台近くの駐車場に停められていた彼女の自転車が決め手だった。

 死因は転落による頭部の損傷で、死亡推定時刻は十七時五十二分から十九時十五分までの間。やけに“始点”が詳細なのは、携帯の通話記録が十七時五十二分まで残っていたからだ。相手は安西口紅―つまり、彼女は僕の家に来る前まで凜子と電話で話していたことになる。目撃情報は一件のみで、集落を自転車で走る姿を見た者がいた。十七時二十分のことだ。集落から現場までは自転車でも最短三十分はかかるため、死亡推定時刻との計算も合う。現場に争った形跡はなく、事件と断定する根拠はなし。自殺の可能性もあるが遺書の類いは見つかっておらず、唯一崖の上に残されていた遺留品と思しき物は星形をした青色のストラップだけ。もちろん、それがその日の落とし物かどうかはわからないため、このままだと事故として処理されるだろう―

「お前のストラップがあったんだってな?」

「俺のことばっかり疑うけど、ルーに電話の件は訊いたのかよ?」

「当たり前だろ!」

 ―「チョモに告白するつもりだったの?」って訊きたくて。

 警察にも同じ説明をしたという。もはや「死人に口なし」だが、その後僕の家に来て同じことを尋ねられたことを勘案すると、いちおうの一貫性はある。そして何より―

「ルーにはアリバイがある」

 彼女が内緒で持ち出した母親のiPhoneに父親から着信があったのは「18:12」―これは、僕も一緒に確認している。彼女が家に来た時刻を正確には把握していないが、少なくともあの時点で到着から十五分は経っていただろう。だが、現場となった島の南端から僕らの住む集落まではどう急いでも自転車で三十分。凜子の死亡時刻が十七時五十二分だったと仮定しても、彼女を崖下に突き落としたルーがあの時間までに僕の家に辿り着くことは不可能なのだ。

 反論を聴き終えた砂鉄は、力なく肩を落とした。

「じゃあ、自殺だよ」

 すぐさま放課後の体育館裏が脳裏をよぎる。

 ―これを観てもらったほうがいいかな。

 彼女が僕に差し出したiPhone7―その後ルーが現れ、会話は宙ぶらりんになった。

 ―やっぱり今日はいいや、また今度ね。

 自殺ではない気がする。何故なら、彼女は僕に“何か”を伝えるべく別の機会を望んでいたから。では、その“何か”とは? 答えはきっと、iPhone7 に隠されている。彼女がずっと使い続けていた iPhone7 に。

 瞬間、戦慄が背中を駆け抜けた。

 ―わかるかもしれない。

 一縷の望みながら、それには賭けてみる価値が十二分にあった。

「今すぐ凜子の家に行こう」

「え、どうしたんだよ急に」

「確かめてみたいことがあるんだ」

 

14:45

「―で、結果的に読みは当たった」

 僕は、凜子の形見であるiPhone7のインカメラに向かって言い放つ。

 砂鉄を伴って凜子の家に急行し事情を説明したところ、彼女の両親は快諾してくれた。

 ―それなら、凜子もきっと浮かばれるわ。

 そこで譲り受けたのが、このiPhone7だった。

「じゃあどうして、僕が彼女の iPhone を操作できるのか?」

 それは、この端末に僕の指紋も登録されているからだ。

 ―僕の指紋も登録してよ。

 ―え、なんで?

 ―やってみたい。

 あの日から機種変更をしていないなら、登録が残っているかも知れない。その可能性に賭け、僕は見事に勝ったのだ。すぐに端末を起動し、砂鉄と二人で画面を覗き込む。逸る気持ちを抑えながら、震える指で彼女のiPhoneを漁ってみると―

「ついに知っちゃったんだよね」

 僕は自嘲気味に笑う。

「『ふるはうす☆デイズ』が僕らの両親だったってことを」

 YouTube界の頂点に君臨する彼らは六人組―観る限りそれは僕、砂鉄、ルーの両親に間違いなかった。ジャンルは「リアルガチ」を謳った視聴者参加型「子育て観察ドキュメンタリー」とでも言えようか。各動画のタイトルを見た瞬間、僕はすべてを理解した。

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 ネットの評判も上々だった。「こいつら体張りすぎwww」「最強 YouTuber 爆誕」「『チョモランマ』はさすがにネタ過ぎる」「グレないといいなww」―

 すべては再生回数を稼ぐためのネタであり、チャンネル登録者の数を増やすための戦略―僕らの変わった名前も、現代社会から隔絶された離島への移住も、何もかも「視聴者投票」によって決められたことだったのだ。思い返すと三年前のあの日、凜子から「ふるはうす☆デイズ」は結成十年目と聞かされた。当時は気に留めるはずもないが、たしかにある意味では僕らと同い年だ。

「まさか凜子が思いついた『島暮らし』ネタを既にやってるグループがいたとはね。いいアイデアだと思ったんだけどなあ」

 そりゃ面白いに決まっている。まともな神経をしていれば、こんな無茶を思いついても実行になんて移せやしないから。

「でも、おかげで我が家の奇妙なルールの意味もわかったよ!」

 画角から逆算してリビングを調べると、サイドボードの上の鉢植えから隠しカメラが見つかった。毎日の「報告の時間」は「チョモの一日」という視聴者みんなで僕の成長を見守る企画であり、だからこそ必ずカメラのあるリビングで行う必要があったのだ。怒りのままに椅子を投げつけて秘密の部屋の扉を破ると、こちらも納得がいった。奥の壁に掛けられたクロマキー合成用のグリーンバック、床に並んだ撮影用の機材。なるほど、立ち入り禁止なわけだ。

「スマホも携帯も禁止だったのは企画のためで、僕らが“真実”に辿りつかないための防御線。教育方針でも何でもなかったんだね。いや、他にも―」

 ―凜子ちゃんと仲良くするのは、考え直した方が良いと思うな。

「だから彼女を遠ざけようとしたんだ」

 動画に年齢制限を設けてはいたものの、アカウントの年齢設定を変えてしまえば突破は容易(たやす)い。いずれこの抜け道に気付いた凜子が“真実”を知り、僕らにネタバラシすることを母親は恐れたのだ。事実、三年前は観られなかったはずの「ふるはうす☆デイズ」の動画が、今は凜子のスマホで視聴できるようになっている。ということは、当然彼女も動画を観ており、“真実”を知っていたと考えるべきだろう。

 そう、みんな知っていたのだ。

 凜子も、島民も、僕らが顔も知らない全国の視聴者たちも。知っていながら、誰一人として教えてくれなかったのだ。もちろん、高齢者中心の匁島の住民はもともと知らなかった可能性もあるが、本土に住む親族などから聞かされた者がいて、噂が広まったに違いない。島に住む小学生に関わっちゃ危ないよ、と。

「じゃあ、質問。関わったら危ないのはどうしてか」

 ここで関係してくるのがあの事件だ。

「YouTuberの『キンダンショウジョウ』が視聴者に殺されたからでしょ?」

 ―ねえ、よかったら一緒に映らない?

 炎上系動画の投稿に定評のある彼は“日本で最も有名な小学生”を訪ね、その姿をライブ配信するという暴挙に出た。それは一歩間違えると僕らに“真実”がばれかねない危険な行為―カルト的と揶揄されることもある「ふるはうす☆デイズ」ファンの間で、島への上陸だけは絶対に犯してはならない禁忌とされていたという。

「だけど彼はそのタブーを破り、視聴者の逆鱗に触れちゃった」

 だからこそファンの一人だった田所は、二千万人を超える“同朋”の想いを背負って殺害に踏み切った。こんな“蛮行”を野放しにしてはおけない。今世紀最高のネタが水泡に帰す前に、そして、不届きな追随者がこれから先出てこないようにするために、見せしめとして誰かがやらなきゃならなかったのだ。

「あの日からなんだよね。島の人たち、そして凜子の態度が変わったのは」

 下手すると日本中を敵に回し、熱狂的なファンに殺されるかもしれない。優しかった島民たちが態度を変え、凜子が壁を築いたのはそんな恐怖によるものだったに違いない。

「僕らが“余所者”だったからじゃない。自らの不用意な言動で僕らが真実を知ってしまい、その責任追及の矛先が向けられることを恐れたからだよ」

 だから凜子は僕らの前でスマホに触れなくなり、発言を控えるようになったのだ。間違いない。すべての違和感に説明が付く。ついに暴かれた真相、これにて一件落着―

「―とは、当然いかないわけだよ」

 インカメラの向きを変え、崖際に立たされた安西口紅の姿を映し出す。怨嗟、怒り、怯え―それらが綯交(ないま)ぜになった軽蔑の視線。だが、うかつな行動をとるべきでないことは彼女も承知しているはず。両手を縛り上げられているうえ、隣に立つ砂鉄の一押しで凜子と同じ末路を辿ることになるからだ。

「ここからの話は、あくまで僕の“推測”なんだけど」

 同時にメインテーマでもあった。

 たっぷり間を取ってから、不敵に笑ってみせる。

「このチャンネルにはヤラセがあると思うんだ」

<第5回に続く>