トップYouTuberの“神企画”に隠された真実/#拡散希望【全文公開⑤】
公開日:2022/7/5
ミステリ界注目の作家・結城真一郎氏の『#真相をお話しします』(新潮社)は、YouTubeやマッチングアプリ、リモート飲み会など、現代日本の今とどんでん返しミステリが融合した、全5篇からなる1冊。本連載では、第74回日本推理作家協会賞を受賞した1篇「#拡散希望」を5回に分けて全文公開! あなたも作者の仕掛けた罠にハマってみませんか?
画面の向こうで視聴者たちが怒り狂う姿を想像する。僕らの誕生から今日に至るまでの、実に十二年もの間YouTube界のトップの座を守り続けてきた「ふるはうす☆デイズ」―史上最高のエンタメとも呼び声高い“神企画”に隠された真実。
「君はすべて知ってたんだろ?」
画面の中でこちらを睨み続けるルーに問いかける。
「適当なこと言わないで!」
「適当じゃないさ。そう思う根拠を説明するよ」
まず、彼女がかつてよく持ち歩いていたGoPro―「ふるはうす☆デイズ」の人気企画の一つに「僕らの島遊び」というものがある。さすがに凜子の顔にはモザイク処理が施されてはいたものの、大自然の中で僕らが創意工夫して遊ぶ姿を捉えたその映像は、どう見ても彼女のGoProが出処だった。
「もちろん、親に言われてただ僕らの姿を撮っていただけかも知れない」
だが、彼女はここぞという場面でいつも「私を撮って」と甘えてきた。演じているというか、外からの目を意識しているというか、とにかくそんな感じで。
「自分の姿がYouTubeで流れるって知ってたからでしょ?」
「違うもん!」
「それだけじゃない。あれは、凜子が初めてiPhone7を持って来た日のこと」
凜子の話に大興奮だった僕らに、ルーはこう水を差した。
「『あんまり変な動画ばっかり観てるとバカになる』ってね。じゃあ訊くけど、君はどうしてそれが動画配信サービスだってことを知ってたの?」
あの日、間違いなく彼女は「動画」と断言した。当時、スマホも携帯も持っていなかった僕は「YouTuber」を聞き取れず、島言葉と勘違いしたくらいだったのに。
「僕らを撮影する『キンダンショウジョウ』から逃げろと言ったのも君だった。映っちゃまずいって知ってたのはどうして?」
「言いがかりだよ。そんなの何の証拠にも……」
「極め付きは」反論を無視して、最後のカードを切る。「凜子が死んだ日のこと」
瞬間、彼女の顔が青ざめる。
「あの日、君はお母さんのiPhone8をこっそり持ち出してきたと言っていた」
ベッドに並んで腰掛けると、彼女は慣れた手つきで端末を起動させた。
―すごーい、初めて触ったけど、こんな簡単なんだ。
どうやって? 指紋認証によってだ。
「初めて触ったっていうのは、明らかに嘘だよね。だって、指紋認証でロックを解除するには事前に指紋を登録しておく必要があるんだから」
「それは―」
「家では普通にスマホを扱ってたんだろ? 何なら、あれは母親のじゃなく君の持ち物だったんじゃないか?」
「だったら、なに?」
「君のアリバイは成立しないんだよ。事前にあの iPhone を弄ることができたんなら、僕の家に来る前に時刻設定を変えておくこともできたってことだろ?」
―時間は自分で合わせるの?
―自分でも変えられるけど、電波で勝手に合うんだよ。
「電波で勝手に合う」以上、画面に表示されているのは正しい時刻だと無意識に思い込みがちだが、自分の手で表示時刻を変えることだって当然できる。
「例えば、本来の時間より三十分遅らせるとか?」
一緒に画面で確認した「18:12」―実際は「18:42」だったのでは?
「でも」と言いかけて口をつぐむ彼女を前にして、僕は確信を強める。
「部屋にもともとあった目覚まし時計も同じ時刻だったって言いたいんだろ?」
あのとき、僕は自分の時計にも目を向けたし、その時刻は彼女のiPhoneが示すものと同一だった。
「簡単だよ。僕がいない間に細工することはできたはず」
―ねえ、お茶くらい出したら?
あの発言は僕を部屋から追い出すためで、僕の手首に向けられた不可解な視線は「腕時計がない」のを確かめるためだろう。すべては、僕がいない隙に部屋にもともとあった時計の針を動かすための策略だ。
「ただ、部屋の時計を細工済みのスマホの時刻に合わせたまでは良いけど、そのままにしたらいつか時間が違うことに気付かれるよね」
―いけない、麦茶のグラス置きっぱなしだ。
だからこそ元の時刻へと戻しておくべく、独りで再び部屋へと向かったのだ。無邪気に「家まで送れ」と言ってきたのは、すぐに僕が部屋へ戻って“急に時間が進んだ時計”に気付いてしまうリスクを減らすためと考えれば筋が通る。
「凜子が体育館裏で僕に何かを伝えようとしているのを見て―いや、もしかして彼女の言葉が聞こえたのかな? いずれにせよ、君は焦った」
―チョモはあの日から、ずっと YouTuber になりたがってたよね?
―だからこそ、チョモに言っておかないといけないの。
きっと、凜子は良心の呵責に苛まれ続けてきたのだろう。秘密を知った自分、それを黙っている自分。だけどあの日、腹を括った。すべての真実を白日の下に晒すために。
「もしもネタがばらされたら、リアルガチ『子育て観察ドキュメンタリー』は成立しなくなる。人気は失墜し、莫大な広告収入がなくなるかも知れない。それどころか、日本中から失笑を買う可能性だってあるよね。それはまずい! 何か手を打たないと!」
資産家であることを彼女は常々鼻にかけていた。豪華絢爛な自宅、ガレージに並ぶスポーツカーの数々。それはひとえにリアルガチを謳った企画のおかげだ。それが島の同級生にネタバラシを食らうなどという幕切れでは視聴者が納得しないだろうし、その多くがチャンネルから離反するのは目に見えている。
「だから、口封じのために殺すことにしたのさ。いや、それだけじゃない。例の“キンダンショウジョウ殺し”が起きてしまったせいで、それ以降『ふるはうす☆デイズ』は穏当で無難なコンテンツに終始することになったんだってね。謹慎みたいなもんかな? でもその結果として、マンネリに陥ってしまった」
あの日の体育館裏で凜子は言っていた。ネタ切れの感もある『ふるはうす☆デイズ』はやや失速気味で、次々と新星が台頭している、と。それは、あの事件が起きたことで世間の風当たりが強まったためだった。
「だから“同級生の死”という涙を誘う新ネタで起死回生を狙ったんだろ?」
【ご冥福をお祈りします】同級生が亡くなりました【追悼】―ラインナップにこのタイトルを見つけた瞬間、絶句するしかなかった。たった二日で視聴回数は五百万回超。動画の内容について視聴者は賛否両論のようだったが、それも含め最近のスランプを撥ねのける会心の一撃。再生してみると、予想通り大袈裟に泣きじゃくるルーが大写し―
「許せない、絶対に」
最後まで気丈に振る舞う予定だったが、堪らず涙が溢れてくる。
「こんなことのために凜子は殺されたって? ふざけんなよ!」
とはいえ、狭くて小さい、生活動線も限られる離島において人知れず殺害するのは容易ではない。そこで思いついたのが、例の「秘密の場所」から突き落とすことだった。転落死なら事故や自殺の可能性も排除出来ない。腕力も、特別な装置の類いも不要。あとはどうやってその場に連れ出すかだけ。
「でも、気の利いた策は思いつかなくて、電話で呼び出すしかなかったんだ」
その際、どんなやり取りがあったのかは不明だが、幼馴染からの誘いとあっては特段断る理由もなかったのだろう。何も知らない凜子はかつてみんなで遊んだ「秘密の場所」へと呼び出され、そのまま突き落とされてしまった。
残る問題は「直前の通話記録」―だからこそ先のアリバイ工作を施し、砂鉄のランドセルから外したストラップを現場に残すことにした。こうしておけば、万が一「殺人事件」として捜査がなされたとしても逃げ切れると踏んだのだ。
「ただ、全部君一人で考えたとは思えない。どうせ、入れ知恵があったんだろ?」
誰の? 決まってる。彼女の両親だ。
あの日、僕の両親は急遽彼女の両親に呼ばれて家を空けていた。そのタイミングを狙って彼女は僕の家を訪れたのではないか。なぜ? いじるべき時計の数を最小限に抑えるためだ。他にも人がいる中で先のトリックを成立させるには家中の時計に細工しておくべきだが、さすがにそんなの現実的ではない。
「違う! 信じて! 私は殺してないし、ヤラセもない!」
「残念ながら、それを決めるのは僕じゃない」
吐き捨てると、画面の向こうに居るはずの二千万人へ向けて宣言する。
「決めるのは、この配信を観ている『ふるはうす☆デイズ』の視聴者だ。今回だって委ねようじゃないか。人の人生をおもちゃにするのは慣れてるはずだし」
―悪かった、だから落ち着いてくれないか。
―お願い、あなたはそんなことする子じゃないでしょ。
先程、キッチンから持ち出した包丁を突き付けた際の両親を思い出す。動画の中で見せる快活さは見るも無残に失われ、ただただ繰り返されるのは哀願と謝罪のみ。
―何が望みだ、言ってごらん?
「ふるはうす☆デイズ」アカウントのログインIDとパスワードはこの流れで聞き出した。その足で島の南端へ向かい、ルーを呼び出した砂鉄と合流。同じように包丁を突き付け、彼女の両手を拘束したところでこのライブ配信を始めたのだ。
真相がわかってからの一週間で、YouTube アプリの操作方法や機能は一通りマスターした。聞き出したIDとパスワードで「ふるはうす☆デイズ」のアカウントにも入れている。
万事、計画通り。
―ねえ、一緒に YouTuber にならない?
君の無念は、今日この場で僕が晴らしてみせる。
「ここまでの推理が正しいと思う人は『高評価』を、間違っていると思う人は『低評価』を押してください。この配信自体が話題性を狙ったヤラセだと思うのなら、それはそれで結構です。そういう人も『低評価』ボタンをどうぞ」
また、海鳴りが聞こえる。
あるいは、海の向こうでこの配信を観た人たちの罵詈雑言だろうか。
「五分後、僕を支持する声が多かったら彼女をここから突き落とします」
ここは島の最南端―五分以内に辿りつける者はいないだろう。家族も、島民も、警察も、視聴者も、ただ息を飲んで結末を見届けるしかないのだ。
さあ、選べ。これぞ、視聴者参加型エンタメの完成形。
あなたはどっちだと思う? それとも怖くて押せやしない?
『#真相をお話しします』の他4篇は、本書でお楽しみください