「好き」の気持ちは日々変化する――イラストレーターとタッグを組んだ蒼井ブルー最新作『こんな日のきみには花が似合う』インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/4

 日常や恋愛の大切な瞬間を伝える文筆家・写真家の蒼井ブルーさんと、スタジオジブリ作品などで活躍するアニメーター・新井陽次郎さんがタッグを組んだ書籍『こんな日のきみには花が似合う』(NHK出版)。ある1組のカップルの1年を、イラストと文章が対になった60編の物語で綴る物語だ。日常にあふれる小さな幸せや等身大の苦しみを描き、誰かと過ごす日々の大切さを伝えるこの作品は、どのように生み出されたのだろうか。共作中のエピソードや作品に込めた思いも含めて、執筆を手がけた蒼井ブルーさんに話を聞いた。

取材・文=川辺美希

こんな日のきみには花が似合う

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見落としがちな日常の幸せに気付いてもらいたいという思いで執筆をスタートした

――カップルの1年を60のピースで描くという切り口で新作を書かれたのはなぜだったのでしょうか。

蒼井ブルーさん(以下、蒼井):編集さんから「どこにでもいそうなふたりの、どこにでもありそうな恋を描く」という企画を提案いただいたのがきっかけです。見落としがちな日常の幸せに気付いてもらいたいという思いで執筆をスタートしました。文章とイラストのタッグというアイディアも、企画段階からありました。これまで僕の著書では、文章に挿絵が入ることはあっても、こういう形でイラストレーターさんと共著をしたことはなくて。チャレンジとして面白いと思いましたし、新井さんの素晴らしいイラストと自分の文章が組み合わさることを想像したら、ワクワクしましたね。

――何気ない大切な一瞬を切り取るというのは、蒼井さんがこれまでの表現で大切にされてきたことですよね。この企画を聞いたときは、いいものが作れそうだという手応えは感じましたか?

蒼井:手応えとまでは言えないですが、やりたいとはすぐに思えました。僕はこれまでも恋愛にまつわるお話を書いてきて、読者さんやお仕事をご一緒する方が、視点が面白いとか、気付きを得られると言ってくださることが多くて。なので、親和性があると思いました。

――60個のエピソードは、どうアイディアを考えて、積み重ねていったのでしょうか?

蒼井:夏から始まって、春夏秋冬をぐるっと一周する形で、季節ごとのエピソードを書いていきました。僕のこれまでの恋愛経験から――ネタと言ったら過去の恋愛に失礼ですけど、アイディアを得ているのはたしかです。たとえば夏のお話を書くときには、夏の恋愛の思い出って何があったかな?って書き出していって。夏にあんな恋したなとか、つらかったな、みたいなことが蘇ってきて、深夜にひとり笑ったり泣いたりしてました(笑)。そういう組み立て方は初めてだったのですが、今作にはぴったりだったかもしれません。

――居酒屋でふと見た横顔とか、記憶に埋もれてしまいそうな瞬間も鮮やかに描かれていて、そういうことも覚えていらっしゃるのがすごいなと思いました。

蒼井:お酒を飲んでるときに隣に好きな人がいるあの感じって、まわりからはごく自然なことのように見えても、本人たちからすると特別に楽しい時間だと思うんです。恋愛していると、いろんなシチュエーションで好きな人の横顔を見ると思うんですね。相手を真正面から見るより、横顔を見ている時間の方が案外多いんじゃないかな。だから横顔は好きですね。

こんな日のきみには花が似合う

新井さんのイラストを受け取るたびに、ふたりをどんどん好きになった

――文章とイラストは、どのような進め方で制作していったのでしょうか。

蒼井:編集さんと話し合った登場人物の設定をもとに、まず僕が10編ほどエピソードを書きました。それを新井さんにお渡しして、キャラクターデザインをしていただいたんです。湯乃渚くんと名草かえちゃんという名前も新井さんがつけてくださったんですけど、キャラクターのビジュアルだけでなく名前も僕、とても気に入っていまして。名前があるキャラクターが生まれたことで、感情移入して執筆を進められたんです。それ以降は、僕が文章を書いて新井さんにお渡しして、イラストを描いていただく流れで進めました。ある程度は新井さんのインスピレーションに委ねて描いていただいたので、「ああ、こうきたか!」って思うことがたくさんあって、すごく新鮮でした。制作期間中、次はどんなものが描かれて返ってくるんだろうっていう、文通相手からの返信を待ってるようなワクワク感がずっとありましたね。

――新井さんのイラストから新しい言葉が湧いてきたり、加筆したりすることもあったのでしょうか。

蒼井:イラストを受け取るたびに、僕の感情移入がどんどん高まっていった感覚がありました。よく作家さんや漫画家さんが、物語の中盤や終盤になってくると、登場人物が勝手に動き出すっていう話をされたりしていますよね。僕はそういう経験がなくて、「勝手に動いてほしいな」ってずっと思ってたんですけど(笑)。でも今回、新井さんのイラストを受け取るたびに、僕が渚くんとかえちゃんのことをどんどん好きになって、熱が高まっていって、それで執筆が進むところはあったと思います。新鮮で、初めての感覚でした。

――ビジュアルやイメージは、言葉を紡ぐ上でもすごく大事なんですね。

蒼井:僕はカメラマンの仕事で女優さんやモデルさんを撮影することが多いんですけど、撮影へのモチベーションを高める方法のひとつとして、撮影日までに、撮影対象の方を好きになろうとするんですね。デスクまわりに、その方の情報や写真を貼ったりして、相手に恋をした状態で撮影当日を迎えることを、日ごろやっているんです。今回、新井さんのイラストを受け取って、渚くんとかえちゃんの情報が増えていったことは、その撮影の方法と通じるところがあったと思います。過去に執筆した著書でも、イメージモデルさんを起用して僕が撮影をさせてもらっていたんですけど、書籍でこれほど長い期間、人物を思い続けたのは初めてです。渚くんとかえちゃんは紙の中にしかいないですけど、会いたいですね。そのくらい、好きになりました。

――この本は恋愛だけではない日常の尊さを伝えていると感じたのですが、1組のカップルの1年を描き切ることで、蒼井さんは何を表現したかったのでしょうか。

蒼井:恋愛の感情も四季がめぐるのと同じで、一周、二周していくと思うんです。付き合い始めたときは楽しくても、1年後に、今が一番好きですかって聞かれると、そうとは言い切れない場合もあって。でも、好きっていう気持ちは日々変化するもので、好きだけど顔が見たくないこともあるし、今が一番好きじゃなくても、今のほうが一緒にいて楽だって思うこともあって、それが恋愛の面白さだな、と思うんです。幸せって何だろうって考えたときに、僕らってどうしても、大きなものを想像しがちだと思うんです。結婚とか、お金持ちになるとかって、今日明日にできるものではないから、幸せが自分から離れたところにあると思い込んでしまう。でも、幸せにも大小さまざまなものがあるし、小さな幸せは日常にたくさんちりばめられていて。今作で描かれるふたりの1年には、世界を揺るがす大事件は起こらないけど、小さな出来事で感じる幸せや、逆に、そんな些細なことで傷つくの?っていう喧嘩がある……それに目を向けることで、幸せは近くにあるって皆さんが気付くきっかけになったらいいなという思いはありますね。

こんな日のきみには花が似合う

今作は素の僕ではなく、「あなたのお話」。今までで一番、読み手を意識した

――今作は男性目線のモノローグで書かれていますが、蒼井さんはふだんから、男性側・女性側の受け取り方の違いを意識して書くことはあるのでしょうか?

蒼井:過去の著書で意識したことはほとんどないです。こんな言い方は元も子もないですけど、男性ならまだしも、女性が何を考えているかって、経験の範囲内でしかわからないんですよね。だから意識のしようがない。僕の過去の著書は、エッセイや詩集などで、素の僕に近い形で書いたものが多かったんですけど、ただ今回のようなフィクションでどこまで僕の恋愛観を書いていいのかは、けっこう考えました。この本は「あなたのお話」であって、どこにでもある物語を描くことがテーマだったので、自分の感性と、みんなが「わかる」って感じるもの、どちらに寄ってもいけない難しさがあって。みんなの共感に寄り過ぎても、誰でも書けるつまらないものになってしまうし、読者の方が期待してくれる僕らしさも表現したかったし……だから過去の著書に比べたら、女性・男性に限らず、読み手のことを一番意識した作品かもしれないですね。

――蒼井さんらしさを全開にしたというより、読み手の感覚とのバランスを意識したんですね。

蒼井:そうですね。今回、編集さんから「これは一般的な感覚ではないと思います」っていう赤入れが入ることが、今まででダントツに多かったです。いい悪いは別として、こういう考えは珍しいらしい、じゃあ、少しここは変えてみようとか、そういう調整は多かったですね。「ここは変えたくない」と僕が思うところは通させてもらいつつ、編集さんと意見を交換しながら書きました。

――変えずに通した部分はどこだったんですか?

蒼井:たくさんありますけど、ふたりの会話はこだわったところが多いです。長編小説を読んでると、書かれた時代設定にもよりますけど、「実際こんな言い方する人はいない」って思うことが多々あります。僕にとってそのリアリティは、すごく大事で。よりモダンな形で伝えたかったし、そこが僕らしさのひとつだと思うので、会話への編集さんからの指摘はほぼ、そのまま通させてもらいました。僕のSNSのフォロワーさんたちは、年代を見ても、生活で恋愛が占める部分が大きい方たちだと思うんです。だから恋愛の話で嘘はつけなくて。こんな恋愛ないよって、すぐバレてしまう。エピソードも、日常でこんな事件、起こる?とか、こんなふうに思う?みたいなことはあってはいけないと思って書きました。でも同時に、「この後、どうなるの?」って、ページをめくる手が進む本にしたかったので、そのバランスが難しかったですね。1編1編が独立しているけど、60編を通して読んだときに大きな物語になってる、そういう作り方を意識しました。

こんな日のきみには花が似合う

イラストとのコラボで今後の創作につながる新しい扉を開いた

――イラストと共に60編を描くというチャレンジを通して、蒼井さんは文筆家としてどんな新しい扉を開いたと感じていますか?

蒼井:新井さんのイラストを待っている間の、ドキドキワクワクする感覚は初めてでしたし、制作の中で、自分の動かしたことのない部分が動いて、新しい血のめぐりを感じる経験が多々ありました。産みの苦しみは当然ありましたけど、制作期間中、ずっと面白かったんですよね。こんな扉があったんだっていう、見えていなかった扉を開いた感覚があります。それが今後の創作にどうつながっていくかは今、反芻している最中で、これからまとまっていくんじゃないかな。初心に戻って、キャリアを積んでもチャレンジすることは必要だと思えたし、まだ学ぶべきことがたくさんあるって気付けました。

――今後書いてみたい作品のジャンルや、チャレンジしたいことはありますか?

蒼井:今回、フィクションの楽しさを感じるところが多かったので、小説を書いてみたいなって思いました。企業さんとのコラボで短編小説を書いたことはあったんですけど、純粋に文芸作品を書いてみたいと思いましたね。あと最近、Instagramのフォロワーさんから、蒼井さんの1日一言の日めくりカレンダーをぜひ出してほしいっていうDMをもらったんです。その発想はなかったなと思って。僕の良さを活かしながらもチャレンジして、枠にとらわれず、いろいろなものを作っていきたいなと思いますね。

こんな日のきみには花が似合う

『こんな日のきみには花が似合う』の刊行を記念し、蒼井ブルーさん×新井陽次郎さんおふたりによる一夜限りのトークイベント「ささやかな幸せに花を捧ぐ」が、7月22日に開催されます。
詳しくはこちらまで。

蒼井ブルーさんTwitter