触れることで心が見える能力者と、触れられるのが苦手な小説家が織りなす〈心〉をめぐる物語『シェアーズ』
公開日:2022/7/1
人に触れると、その人の記憶や思考を共有することのできる能力「コネクト」を持つユージン。彼の前に、人に触れられることを極度に恐れる小説家の尋輝が現れ、自分の過去を探ってほしいと訴える。「コネクト」をするため手を握るだけで激しい拒否反応を示す尋輝と、そんな彼に反発を覚えるユージン。それでも2人は少しずつ距離を縮めていく……。
デビュー作『ストレンジ』(トーチコミックス)で、人間同士の距離感や共感を繊細な筆致で綴ったつゆきゆるこさん。以降、主にBL界で活躍してきた作者が、満を持して一般マンガ誌の『webアクション』で連載を開始した『シェアーズ』(双葉社)の第1巻が発売された。
「コネクト」は、相手が誰であってもたやすくできるものではない。警戒心の強い人や初対面の者に対して行おうとすると、激しいノイズが脳内を走ってユージンを苦しめる。それは言い換えると、心を開いてくれる相手の思考はクリアに読みとれる、ということだ。
尋輝への最初の「コネクト」の結果は散々。手を握りあうなり「気持ち悪い」「不快だ」という嫌悪感が流れ込んできて、金ならいくらでも払うから続けてほしいと懇願する彼のその態度もまたユージンを苛つかせる(当然である)。
心を開こうとしない人の心なんて読むことはできない。そう突っぱねるユージンに、尋輝は途方に暮れたようにつぶやく。
「心なんて どう開いたら良いんだ」
心の開き方。このワードがこの物語の肝だろう。
本作の連載開始は2021年4月だ。コロナウイルスのまん延によって人と会うこと、触れあうことを極度に制限せざるを得ない状況が続くなかで、人との会い方や接し方の感覚を掴めなくなってしまった人も多いだろう。尋輝ほど極端ではないにせよ、彼の抱える苦しみは今現在の世界を生きる誰もがきっと思い当たるものだ。
そんな尋輝をユージンは食事に誘う。一緒に珈琲を飲み、ゲームセンターで遊び(同行する女子高生の結香が、いい緩衝材となっている)、互いを名前で呼びあうようになってゆく。共に何かをすることでじょじょに心が近づく過程が丁寧に綴られている。このあたりの描写は、著者の最も得意とするところだ。ディテールの積み重ねによって関係が育まれる様子がゆっくり、じっくりと描かれる。
そして彼らは再度「コネクト」を試みる。すると見えてきたのは、幼年時代の尋輝と亡き祖母の姿だった。尋輝が抵抗感なく手をつなぐことのできた、大好きだった祖母との思い出から、彼の歴史をユージンは辿っていく。それができたのは、尋輝が心を開いてくれたから。
人に触れることも触れられることも苦手な自分は、人としてどこかおかしいと尋輝はずっと思っていた。そんな彼にユージンは「アンタは人として魅力的だよ 十分ね!」と呼びかける。自分が「コネクタ」であるのも、尋輝が人と触れあうことが苦手なのも、欠点ではなくそれぞれの個性であり、魅力なのだ、と。
人と人との関係の可能性、差異、そして心――デビュー以来、作者がさまざまな形で描き続けてきたこれらのテーマが結実する代表作となりそうだ。
文=皆川ちか