日本のトップクリエイターが作り出した『RWBY』が世界に伝えるもの――『RWBY 氷雪帝国』鈴木利正(監督)&冲方丁(シリーズ構成・脚本)対談(後編)
公開日:2022/7/29
伝説のアニメ『RWBY』を知っているだろうか。
2012年、日本のアニメ作品に影響を受けたアメリカのクリエイターたちが3DCGアニメを作り、インターネット上で配信した。かわいらしい少女たちが巨大な武器を振り回し、キレのいいアクションを決める。日本の手描きアニメの気持ちよさとけれん味を見事に3DCGで描いていたのだ。この『RWBY』という作品はインターネット上で話題になると、日本のアニメ関係者からも注目を集める。そして、日本の声優による日本語吹き替え版が制作されると、日本語版DVD/Blu-ray Discの発売、そして劇場でのイベント上映、編集版のTV放送が行われたのだ。
人類を脅かすグリムと、ダストやセンブランスと呼ばれる力を駆使して戦う者たちがいた。15歳の少女、ルビー・ローズは、グリムを退治するハンターを目指して、養成所であるビーコン・アカデミーに入学する――。制作開始から約10年が経った現在でもアメリカのRooster Teeth Productionsでは新作が制作されており、壮大な世界観とドラマが描かれるシリーズとなっている。
日本のアニメへのリスペクトが込められた『RWBY』シリーズへのアンサーとして、日本のアニメクリエイターたちが手がけた作品が『RWBY 氷雪帝国』である。アニメーション原案を『魔法少女まどか☆マギカ』の虚淵玄、シリーズ構成・脚本を『マルドゥック・スクランブル』の冲方 丁、キャラクターデザイン原案を『ブラック☆ロックシューター』のhuke、監督を『とある飛空士への恋歌』の鈴木利正、そしてアニメーション制作を『〈物語〉シリーズ』のシャフトが手がけている。第4話から、いよいよ『RWBY 氷雪帝国』のオリジナルストーリーが本格的に開幕する。そのオリジナルな世界観を生み出した過程を、鈴木監督と冲方丁が振り返ってくれた。
『RWBY』の基本的な世界観を提示した第1~3話(冲方)
――『RWBY 氷雪帝国』の第1話から第3話は、『RWBY』のVOLUME 1を再構成したものになっていました。そして、いよいよ第4話から本作ならではのオリジナルな物語が本格的にはじまります。ストーリーを作るうえで大事にしたことはどんなことですか。
冲方:まず、このプロジェクトの前提が『RWBY』本編に抵触しないことでした。何を取り入れるのか、何をしてはいけないのかということですね。細かいところは、すでにRooster Teeth Productions(『RWBY』の原作元、以下、Rooster)側と日本側でかなり話し合われたあとだったので、難しいところはクリアされていたんです。これをひとつひとつ確認をしていたら、アメリカに行って、かなり綿密な打ち合わせが必要だったので、こちらとしてはかなり助かりましたね。あと、確認をしたのはこの作品の立ち位置です。『RWBY』を好きな人に向けた作品なのか、『RWBY』を知らない人に向けた作品なのか。ファンムービーを作るのか、新しいお客さん顧客を開拓する作品を作るのか、ということですね。我々とは違う感性で出来上がっているキャラクターなので、そこを間違えるとぐちゃぐちゃになってしまうので注意が必要だと思ったんです。
鈴木:そこを確認して、最初の3話分で本編のVOLUME 1を再構成しようという話になったんですよね。
冲方:そうですね。「新規顧客を開拓したい」ということだったので、『RWBY 氷雪帝国』の序盤のうちに、『RWBY』の基本的な設定を網羅して見せる必要が出てきた。それで最初の3話分で、本編VOLUME 1を再構成しました。そこでダストとオーラとセンブランスの関係を見せるようにしようと。ここは僕も苦労しましたね。
――第4話以降からオリジナルな展開になったわけですね。
鈴木:今回初めて『RWBY』を見る人には「チームRWBY」が結成されるまでを理解してもらうのが良いだろうと。同時に、第1話から第3話までにショートトレーラーの要素を混ぜることで、今までの『RWBY』のファンも楽しめるようにして、そこから「夢」の中に入ってもらうのが良いだろうと思いました。
夢の中でオリジナルの世界をつむぐ第4話以降(冲方)
――第4話以降で冲方さんの筆がのるところはどんなところでしたか。
冲方:虚淵さんは「夢の中の出来事でした」という大きなエクスキューズを作っているんですよね。夢の中ならば、自由度の高い作り方ができるだろうなと。
鈴木:そうでしたね。
冲方:各キャラクターについては1回書いてみて微調整をしていくというのをやって、それで充分にキャラクターを掴むことができました。まず、ルビーは若さではなく、幼さを引きずっている。だから、幼さを描くために、行動するときに無計画なところややる気があっても具体性が伴わない。そういうところを書いています。
――ワイス、ブレイク、ヤンについてはどんなところを注力されているのでしょうか。
冲方:ワイスは、自分のロールモデルになる親族がいるんですよね。良い意味で言うと、精神的には大人なんですが、悪い意味で言うと、大人にならざるを得なかった背景があるんです。だからといってルビーは、ワイスの妹分になるわけじゃないし、ワイスもルビーの庇護者になるわけじゃない。ふたりはお友達であるように描きました。逆にヤンはルビーの庇護者としての自分が捨てられないところを書いています。そして、ブレイクは差別されているということをテーマに、仲間になりたいけれど、排除されてしまうんじゃないかと不安を抱いている。そういう部分を描いていきました。
鈴木:やはりキャラクターの会話劇が面白かったですね。基本的には『RWBY』本編と『RWBY 氷雪帝国』もキャラクターは同じだし、それぞれの性格は変わらないので、見せ方をかえていく。感情を丁寧に拾っていくのが楽しかったですね。
冲方:やっぱり序盤の脚本を書いているときは、Roosterさんに確認しなくちゃいけないことが多かったのですが、中盤から終盤にかけては迷うことなく、スムーズにかけたので、ホン読みのときに2話分提出する予定が、なぜか4話分提出したりして(笑)。後半はどんどん書くことができましたね。
鈴木:みなさんのアイデアがどんどん出てきて、夢の中の空間を考えるのは難しかったですね。
――第4話からはワイスの夢の中の帝国が舞台となります。この世界観はどのように考えていったんですか。
冲方:ワイスの夢の中は、構造を階層化してだんだん心の中核に入っていくようなかたちにしました。
鈴木:ホン読みを進めていく中で、hukeさん(アニメーションキャラクター原案)のデザインが上がってきて、それを反映するようなかたちで脚本も作ることができましたし、イラストレーターの友野(るい)さん(プロダクションデザイン・異空間設計)にイメージボードを描いていただいて。夢の中のワイスの帝国を作っていきました。脚本と同時進行でビジュアルも作ることができたので、制作的にもすごく助かりました。
――友野さんは異空間設計っていうクレジットになってますね。
鈴木:冲方さんが構造を書いてくれたものを、具現化し、イラストでビジュアル化してくださったんです。
冲方:ホン読みで僕と虚淵さんと監督がワーッとアイデアを出していくと、ワイスの心の整理がつかないところや、ひとつの国に君臨するような大企業のお嬢様のワイスにとって労働者はどう見えていたのか。一般市民をどう思っていたのかといったところをみんなで話し合っていると、それが楽しくて。ちょっとやりすぎちゃったかなと思うんですけど、それをビジュアル化してくださったので、すごく嬉しかったです。
鈴木:そもそものアイデアに力があるから、ビジュアル化すると面白くなる。ホン読みの最中にも冲方さんとか虚淵さんにも見ていただいたりとかして。おたがいが刺激しあって、うまく世界観を広げることができたなと思います。ありがたかったです。
冲方:hukeさんからも「こんなこと考えました」って衣装や武器のデザインがどんどんあがってきましたよね。
鈴木:ネガワイスのデザインとか、やっぱりhukeさんらしいデザインを描いてくださったなと思います。
――夢の中では、キャラクターのデザインも変わっているんですか。
鈴木:基本的なキャラクターのルックは変わりません。コスチュームは変わってきますね。ヤンとブレイクはあまり変わらない。ただ、ワイスは帝国にいるので、かなり変わっています。とくにネガワイスはシャープなデザインになっていますね。3DCGで描かれた元のデザインと、hukeさんが描かれたデザインを、キャラクターデザインの杉山延寛くんがうまく整合性をとりつつも、特に瞳のあたりはhukeさんのテイストを活かしたかたちでまとめてくれました。あと、『RWBY 氷雪帝国』のオリジナル要素としては、虚淵さんと冲方さんが考えてくれたシオンというオリジナルキャラクターが出てきます。
――オリジナルキャラクターがいるんですね。
鈴木:そうですね。やはり『RWBY』を日本で作るなら、日本の文化から出てくるキャラクターを作ってもいいんじゃないかと。
冲方:シオン・ザイデンの原形は虚淵さんで、僕の方ではアイテムや性格付けをみなさんと一緒に作りました。Rooster teeth側から、『RWBY』のキャラクターは色彩と、童話や神話がうかがえるようなネーミングにしてほしいと言われて。日本ではシオンとはPurple(紫)という意味だとお伝えして、了解をいただきました。あと、オーラとダストとセンブランスとアイテムが地続きじゃないといけないので、そこも試行錯誤して。最初は釣り竿を武器にする案もありましたが(当時の)Rooster teethから「今度の新シリーズで、釣り竿をモチーフにした武器が出てくるから避けてほしい」というようなこともありました(笑)。最終的には『夢』の物語だからドリームキャッチャーにしようと。あと、一目見ただけでは男性か女性かわからないキャラクターにしようと考えていました。
鈴木:そういう要素は残っていますよね。日本のアニメーションには、中性的なキャラってたまにいますよね。見た目には男性だけど、声優も女性にするような。原作のRoosterさんには出てこないキャラクターだと思ったので、そこはちょっと楽しかったところです。
クリエイター同士による作品のキャッチボールから生まれるもの(冲方)
――今回はオリジナル要素のある作品となりましたが、原作元であるRooster Teeth Productionとのやりとりはいかがでしたか。
鈴木:ホン読みの段階からチェックをお願いしていました。
冲方:脚本は大変有能なトランスレーターの方が、向こうからの返事も含めてすべて翻訳してくださってとても助かりました。Rooster側もチェックといいつつも、ほとんど感想みたいなものが多かったですよね(笑)。ルビーの性格は内気という設定があるけれど、勝気な一面も多いのでどんなバランスなのか。落ちこぼれというのはこの世界でどれくらいのニュアンスなのか。お姉ちゃんがいないと寂しいのか。そういう整合性を確認しつつ、あとは「このシーンが面白かった」「ここが好きでした」という感想をいただいていました。Roosterのみなさんはおおらかだなと思いましたし、こちらとしてもストレスは全くなかったですね。
――先ほど、ホン読みの最中にhukeさんからデザインが上がってきたというお話がありましたが、キャラクターのデザインから、脚本に影響したことはありましたか。
冲方:一番驚いたのは、hukeさんから、ある武器のデザインを変えましたと言われたことですね。夢の中だから、そうなったのかもしれないけど、そういうデザインの変化が起きることには意味があるだろうと。
鈴木:冲方さんがストーリーに入れたんですよ。
冲方:すごく悩みましたけどね。hukeさんに挑まれた感があって(笑)、どうにかしてストーリーに落とし込まないと駄目なやつだなと。あれをストーリーに入れられたときには、一番達成感を味わいました。
――『RWBY』シリーズのキャストは、日本語吹き替え版からずっと関わっている顔ぶれです。ルビー・ローズ役の早見沙織さん、ワイス・シュニー役の日笠陽子さん、ブレイク・ベラドンナ役の嶋村侑さん、ヤン・シャオロン役の小清水亜美さんの『RWBY 氷雪帝国』での収録はいかがでしたか。
鈴木:今回、オリジナルのキャストのみなさんに収録をお願いできたんですが、おそらく最初に『RWBY』に関わったときは、みなさんは若手だったと思うんですよね。いまはもうキャリアを積まれて、それぞれメインを飾るくらいの実力をお持ちになっている。そういう方々に参加していただけて、とてもありがたかったです。コロナ禍ということもあって、アフレコの状況はなかなか大変なところがあったかと思いますが、みなさんキャラクターと作品をしっかりと把握してくださっていたので、とても安心して芝居を聞くことができました。とくにセリフ回しで言うと、ヤン役の小清水亜美さんやワイス役の日笠陽子さんは、セリフの語尾をキャラクターに合わせて調整してお芝居をしてくださって、とても良かったです。
冲方:コロナ禍でみんなで集まって、収録をすることはできなかったので、僕はリモートで参加したんですが、キャストの皆さんも音響監督さんもキャラクターをご理解されているし、こちらから何も言うことがなかったです。ただ、声優さんのお芝居を楽しむ会みたいになってしまいました。
――本作は日本の『RWBY』ファンのみならず、海外の『RWBY』ファンにも届くかと思います。アメリカで生まれた3DCGアニメ作品を、日本の手書きアニメとして作られた『RWBY 氷雪帝国』を海外のファンにどんなふうに楽しんでほしいと思っていますか。
鈴木:もしかしたら海外の人の方がドラマの本質を真っ直ぐ見てくれるような感覚があるんです。どんなふうに見てくれるのか期待をしています。シオンのように和風の要素が入ったキャラクターが『RWBY』の世界観でどんなふうに受け入れられるのかはすごく気になりますね。
冲方:鈴木監督のおっしゃったことに同感しつつも、もうこの時代になって、日本発だから何だろうという気分もあるんです。もちろん各クリエイターの背景にあるカルチャーは異なりますが、北米で生まれたものを受けて、東アジアの隅っこの人たちが作った、ということではなくて。エンタテインメントを愛する人たちがお互いに刺激しあって作ったものとして、分け隔てなく見てほしいです。そういう「違う背景を持つ人たちが分かり合う」というテーマを持った作品でもあると思いますので、ぜひ国や文化に縛られずに楽しんでいただきたいです。
取材・文=志田英邦
▶対談の前編はコチラ
▼プロフィール
鈴木利正(すずき・としまさ)
アニメーション監督、演出家。シャフト出身。シャフトの初元請け作品『十二戦支 爆烈エトレンジャー』第8話「赤頭巾ちゃんに気をつけて」で演出家デビュー。『ヒロイック・エイジ』で初監督を務め、『神曲奏界ポリフォニカ クリムゾンS』『輪廻のラグランジェ』、『とある飛空士への恋歌』、『エガオノダイカ』などの監督を手掛ける。
冲方丁(うぶかた・とう)
小説家、脚本家。 『黒い季節』で第1回スニーカー大賞(金賞)を受賞。『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞を受賞。『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第7回北東文芸賞、第4回舟橋聖一文学賞を受賞。『光圀伝』で第3回山田風太郎賞を受賞。脚本家としては『蒼穹のファフナー』シリーズ(文芸統括、シリーズ構成、脚本)『シュヴァリエ ~Le Chevalier D’Emon~』(原作、シリーズ構成、脚本)、『ヒロイック・エイジ』(ストーリー原案・シリーズ構成・脚本)、『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ(『2』よりシリーズ構成、脚本)、『攻殻機動隊 ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』(シリーズ構成・脚本)などがある。