日本最大の暴力団・山口組はなぜ割れたのか? ヤクザ・警察双方の証言から分裂騒動の全体像を見る『山口組分裂の真相』

社会

公開日:2022/7/8

山口組分裂の真相
山口組分裂の真相』(尾島正洋/文藝春秋)

 2015年8月、日本最大の指定暴力団・山口組が分裂。山口組内の最大派閥だった山健組を筆頭に13組織が離脱して神戸山口組を結成、自分たちこそが正当な山口組であると主張した。この騒動はヤクザ業界、警察当局だけでなく、日本中に衝撃をもたらした。普段、ヤクザとまったく縁がない生活を送っていても、やはり気になるものは気になる。各メディアが連日のように山口組の動向を報道するなど大きな関心を集め、山口組分裂をテーマにした書籍、ムックもこれまでに何十冊と刊行されてきた。

 分裂から約7年が経過した現在でも、母体である六代目山口組、分裂した神戸山口組、そこからさらに分裂した絆会(任侠団体山口組、任侠山口組から改称)の三つ巴の対立抗争は続いている。6月5日には神戸山口組の井上邦雄組長の自宅に14発の銃弾が撃ち込まれ、6月6日には絆会の織田絆誠代表の自宅兼事務所に車が突っ込む事件が発生するなど、抗争は今後のさらなる激化も予想される。本書『山口組分裂の真相』(文藝春秋)はこの山口組分裂の背景から抗争の構図、現在の混迷に至るまでの全体像に迫るルポルタージュだ。著者の尾島正洋氏は産経新聞の記者として長く事件取材を続けてきた経歴を持つノンフィクションライターで、本書ではその取材力を活かした暴力団・警察関係者のコメントを数多く掲載しつつ、山口組の歴史や過去の抗争についても解説しながら丁寧に整理し、状況を分析していく。

「今回の神戸(山口組)がやったことは、6代目の親分から子分として盃を受けていながら、それを蹴って出て行った。後ろ足で砂をかけるようなことをしたわけだ。これは逆縁、逆盃だ。(略)ヤクザの世界では決して許されることではない」(指定暴力団ベテラン幹部)

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「逆縁などはヤクザの論理。警察としては関係ない。事件を未然に防ぐ。事件が起きたら検挙する。さらに双方を弱体化させる捜査を着実に進める」(警察庁幹部)

 六代目山口組の司忍組長の出身母体である弘道会を中心とした強権的な支配と、それに対する「山健組にあらずんば、山口組にあらず」と言われるほど権勢を誇った山健組一派の反発。警察からも能力を高く評価されて「高山が(刑務所から)出てくるというだけで、事件が起きて何人も殺害されている」という六代目山口組の高山清司若頭の恐るべき影響力。さらなる分裂や内紛、復帰。商店街の一角で自動小銃M16が連射されるまでに極まった暴力的な報復の連鎖――こうした混迷きわまる情勢が特定の団体や人物に肩入れするのではなく、フラットな視点でレポートされていく。そこから見えてくるものは、ヤクザを題材にした映画や小説などの任侠を描くフィクションとは異なり、複雑怪奇で終わりの見えない凄惨な生存競争の実態だ。しかし、ヤクザの行動原理が理解できず、決して関わりたくないと感じていても「いったい何が起きているのだろう」という好奇心は駆り立てられる。本書はそうした「今、起きていること」を知ることができる一冊だ。

 また、本書では警察による暴力団排除に向けた圧力についても詳しく記している。暴力団対策法、暴力団排除条例による締め付けの強化、全国的な反社会勢力の排除への動きによって業界全体が苦境に立たされ、暴力団構成員、準構成員もまた減少の一途を辿っているという。今ではヤクザという存在そのものが存亡の危機を迎えていると言えるのかもしれない。最終局面を迎えているという山口組分裂騒動の決着の仕方は、今後のヤクザのあり方にも大きな影響を与えることになるだろう。

文=橋富政彦