“テクノロジーで幸せになっている世界”を駆ける、14歳少女のジュブナイルアニメ――『ユーレイデコ』霜山朋久監督インタビュー
更新日:2022/7/28
現実と仮想空間が重なる情報都市・トムソーヤ島にはユーレイが出る!
島のシステムを揺るがす不思議な事件をめぐり、ベリィとハック、フィンの冒険が始まる。『夜は短し歩けよ乙女』『犬王』を監督した湯浅政明と、『交響詩篇エウレカセブン』『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』を手がけた佐藤大が原案を担当し、霜山朋久が監督を務めるオリジナルアニメ『ユーレイデコ』が7月3日よりTOKYO MX、MBS、BS日テレにて好評放送中。近未来の『ハックルベリー・フィンの冒険』を描く、新しいジュブナイルストーリーとは。
監督を務める霜山朋久が本作に込めた想いと、サイエンスSARUとの制作の過程を語ってくれた。
デジタルの世界だけではなく、少年少女の物語として
――TVアニメ『ユーレイデコ』はサイエンスSARUによるオリジナル作品です。本作に霜山朋久監督が参加することになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。
霜山:『ユーレイデコ』のお話をいただいたのは、サイエンスSARUで「クレヨンしんちゃん」のスピンオフ『SUPER SHIRO』を作っていたころだったんです(霜山氏は『SUPER SHIRO』で湯浅政明総監督のもとチーフディレクターを務めていた)。当初、この『ユーレイデコ』も湯浅さんが監督をする予定だったんですけど、そのころ湯浅さんはたしか5本ぐらいの監督作を抱えていて、もう手が回らないという状況だったんです。それで監督ができる人を探すということになって、「ぜひ、やらせてください」と。そうして関わることになりました。
――霜山監督が参加したときは、作品で出来上がっていたものはどんなものでしたか。
霜山:ラストは決まっていなかったんですが、ストーリーの大枠は決まっていました。世界観の設定に込み入ったところがあったので、難しいところやわかりにくそうなところは、自分が参加したホン読み(脚本打ち合わせ)で調整していって、今のような形になりました。ストーリー面で大きく変えたエピソードはほぼないです。
――『ユーレイデコ』の世界観は、デジタル技術をベースにしています。言ってしまえば『攻殻機動隊』的な舞台でもあると思うのですが、全然違う世界観のように描かれていますね。
霜山:そうですね。『ユーレイデコ』はSNS的なものと、現実世界の重ね合わせのような描写をしていますし、『攻殻機動隊 STAND ALONE COPMPLEX』で脚本を書かれていた佐藤大さんが今回の原案とシリーズ構成、脚本を担当されていますから、そういうテイストを連想される方がいらっしゃるとは思います。でも、自分としてはそういう設定や世界観よりも、キャラクターが活き活きとした感じが出るように、ホン読みでも佐藤さんたちにお話ししていました。どうしても作品の枠や世界観を緻密にする方向へ話が進みがちなんですよね。でも、そういう世界観を書いていると、キャラクターの物語が停滞してしまう。『ユーレイデコ』では、世界観の設定がわからずに見ても、キャラクターのドラマを追いかけているだけで楽しめる作品にしようと思っていました。
――14歳の少女の冒険もの、ジュブナイル作品のテイストがある作品ですが、霜山監督にとってジュブナイル作品にはどんな印象をお持ちになっていますか。
霜山:ジュブナイル作品はキャラクターの望むものや、おかれた状況に素直に対応していくことで物語が進んでいく。キャラクターの活き活きした姿を見るのが楽しいんですよね。大人向けの作品だと、ギミックであったり、細やかな感情でお話を進めることが多いと思うんですが、ジュブナイル作品は大きな感情で物語が動く。そこが違いなのかなと思います。主人公のベリィとハックはだいたい14歳ぐらいなのですが、それくらいになると考え方や感情は大人とそんなに変わらない。彼ら彼女たちの立場になって、どうしたいかな?どうするかな?と考えていきました。
――『ユーレイデコ』の舞台となるトムソーヤ島は、視覚情報デバイス「デコ」でさまざまな情報を入手できる情報都市。「デコ」とはどんな技術なのでしょうか。
霜山:進んだテクノロジーが用いられている未来のSFものって、ディストピア(反理想郷。 暗黒世界)的に描かれることが多いと思うんです。でも、この作品では、テクノロジーで幸せになっている世界として描きたいと思っていました。トムソーヤ島では、島民が全員「デコ」と呼ばれるAR機能のついたコンタクトレンズのようなものをインプラントしているんです。その「デコ」があると、いろいろなものがデコレーションされて華やかに見える。同時に、自分が見たくないものや好みじゃないものは、フィルターがかかって楽しく見えるようになる。それでネガティブな感情を受け取ることが少なくなり、楽しく日常をおくることができるというシステムなんです。
――その「デコ」によって、他人や周囲にアクションできるものが「らぶ」なんですね。
霜山:そうですね。今のSNSの「いいね」です。市民同士の行動や経済活動、商業的なところにも「らぶ」を贈ることができます。そうして、「らぶ」を溜めることができると、より良いサービスを受けることができる社会です。
――相互評価することで、健全な社会を作ろうとしているわけですね。
霜山:現代のSNSだと、ネガティブなところが前面に出がちですよね。行き過ぎた発言がクローズアップされたり、見知らぬ人と喧嘩をしてしまったりする。個人と個人の関わりが密になりすぎているんじゃないかと思うんです。でも、インターネットやSNSが出てきたころって、現実で居場所がなかった人が、違う世界にアクセスできるツールだったはずなんです。そういうインターネットやSNSが出たばかりのころのポジティブな部分をうまく救いあげることができたらと。ポジティブな関係を作ることができるシステムを描くことができればいいなと思っています。
ふたつの世界を行き来する、ふたりの大冒険
――『ユーレイデコ』では、トムソーヤ島にいる「ユーレイ」たちの物語が描かれます。「ユーレイ」とはどんな存在ですか。
霜山:トムソーヤ島で「デコ」のシステムから外れてしまった人たちですね。「デコ」はユーザーをネガティブなものから自動的に守ってしまうシステムなので、システムの外にいるものは遮断してしまっている。システムの外にいる人のことも見えなくなっているんです。だから、ユーレイという存在になっている。主人公のベリィは、ユーレイという存在に出会って、この島にはそんな人たちがいたんだって驚くんです。
――トムソーヤ島で起きている異変が「0現象」ですね。この事件の真相をめぐって、ベリィやハックたちは冒険することになるわけですね。
霜山:みんなの価値観として「らぶ」が大事な社会なのですが、その「らぶ」が消えてしまう事件が「0現象」です。そこに住んでいる人たちにとってはとんでもない出来事ですし、おそらく生活も一旦止まってしまうくらいの事故だと思います。物語の中だとベリィは面白がっているけれど、島の人たちにとってはたまったもんじゃないと思います。
――トムソーヤ島や「デコ」で飾られた街のビジュアルはどのように作っていかれたのでしょうか。
霜山:今回、描くうえで大きく描き分けようと考えたのは、現実とAR(デコを介して見ることができる拡張現実)です。トムソーヤ島の街の景色は「デコ」がなければ、ただの四角いブロック状の建物が並ぶ、シンプルな街並みなんです。そこで暮らす人たちもウェットスーツみたいなボディスーツを着ていて、機能性だけが優れているという設定です。「デコ」で飾られることによってにぎやかな街になり、派手な服を着ている人たちが歩いているように見えているんです。当初は現実とARの装飾部分を同じ情報量で描いていたんですけど、それだと「デコ」の能力がわかりにくくなるので、「デコ」で見えている装飾の部分は半透明でネオンのような派手さにして、現実の建物はブロックのような無骨な質感にすることで差をつけていました。このあたりはサイエンスSARUのスタッフがいろいろなアイデアを出してくれました。
――超再現空間についてはどのように描こうとお考えだったのでしょうか。
霜山:現実と超再現空間の違いは「重さ」ですね。現実世界では、運動神経がある人であってもジャンプしても1メートルちょっとしか飛べない。でも、超再現空間はVRの仮想空間なので、ゲームのように何十メートルも飛んだりできる。そういう重さの表現の違いと、あと物質と情報の違いですね。現実世界では物質があるんですが、それが超再現空間では情報に変わる。物質は物理法則に従って動きますけど、情報は法則性を無視していろいろなところに置ける。そういう描きわけをしていますね。
――主人公のベリィは、ハックとフィンのいるユーレイ探偵団に参加します。この3人をどのように描こうとお考えでしたか。
霜山:ベリィは好奇心が旺盛で何でも面白がることができる子なんです。いっしょにいたらちょっと面倒くさいところもあるけれど、すごく楽しい子になればいいなと考えていました。表情も大きく動いて、見ている人(視聴者)もベリィのリアクションを見て、楽しめるようになると良いなと。ハックは最初、ちょっと怪しいヤツ、胡散臭いヤツ、でも見ている人がコイツは何をやっているんだろうなと気になってくるキャラクターになると良いなと思っています。フィンはパッと見たときに美しさを感じてもらえると良いなと。ビジュアル的に人を引き込む、ミステリアスな美青年という感じですね。
――ベリィたちのキャラクターやストーリーをホン読みで作られていったと思いますが、脚本家とのやり取りはいかがでしたか。
霜山:シリーズ構成・脚本の佐藤大さんとうえのきみこさんがとてもすばらしくて、いただいた初稿を見せていただいて、「こうしたほうがもっといいかもしれませんね」というやり取りを何回かすると、もう完璧なものになるんです。ラスト以外は大きく詰まったことはないかと思いますね。
――シナリオから、絵コンテにしていくうえで、実際にベリィたちを動かしてみるとどんな手ごたえを感じましたか。
霜山:ベリィみたいな性格の子がいると、物語の推進力になるんだなと。何かあると、ベリィは自らそこへ進んでくれて、話が動いていく。勝手にキャラクターが動いて、お話を動かしてくれる感じがありました。第4話以降はベリィの立ち位置が変わるんですが、彼女ならきっと見ている方々に共感を抱いてくれるキャラクターとして描けるだろうなと思っていました。
――ベリィ役は川勝未来さん、ハック役は永瀬アンナさんが演じられています。ふたりとも10代の若手声優ですが、おふたりをキャスティングした狙いがあればお聞かせください。
霜山:オーディションでおふたりにそれぞれセリフを読んでいただいたとき、ぴったりくるなと思ったのが、おふたりを選んだ最大の理由です。おふたりはベリィとハックの年齢とも近い方だったので、これからどうなっていくのかを見たいなという気持ちもありました。おふたりとも若いんですが、技術的なところはしっかりとされていましたし、収録を重ねるごとにキャラクターへの理解度や芝居の幅を広げていかれたんです。最後まで収録をして、おふたりにお願いしてよかったなと思いましたね。休憩中にふたりが雑談しているのも微笑ましかったですね。
サイエンスSARUの「みんなで作る」スタイル
――今回は音楽をミト(クラムボン)さんが担当されています。音楽についてはどのような依頼をされましたか。
霜山:現実空間と超再現空間の描き分けは美術だけでなく、音楽でもお願いしていました。現実空間は生楽器を中心とした音色で情緒的な音楽をミトさん中心に作っていただき、超再現空間を打ち込みで、KOTARO SAITOさんとYebisu303に作っていただくという感じでした。発注はわりとざっくりとしたものだったんですが、みなさん優秀な方で。キャラクターの心情に添ったものや、世界観を描いたものなど、こちらの発注以上に作品にふさわしいものを作ってくださっていて。とても助かっています。
――今回アニメーション制作をされているサイエンスSARUは『平家物語』や『犬王』など、個性的なスタジオです。今回の現場のお仕事ぶりはいかがでしたか。
霜山:サイエンスSARUは、絵を描けるスタッフがかなりたくさん在籍しているんです。だから、外部のスタッフに単価で発注するやり方ではなくて、作品の開発チームとして入ってもらって、「この作品全般でいろいろなデザインのアイデアがたくさん欲しい」というような漠然とした発注ができるんですね。しかも個性が強い人ばかりなので、面白いアイデアがいっぱいでて、それが画面に反映されていると思います。それがサイエンスSARUのテイストにもなっているのかなと。
――具体的に、霜山監督が「面白いデザインだな」とお感じになっているところはどんなところでしょうか。
霜山:そもそもメインキャラクターのデザイン原案は、サイエンスSARUの社内チームで開発したんです。いろいろなアイデアを出してもらって、本間晃さんにキャラクターデザインとしてまとめていただきました。あと、星(夢乃)さんというアニメーターさんがいて、シリーズ構成を読んでいただいたら、気にいったキャラクターがいたそうで、そのキャラクターのエピソードのイメージボードを大量に描いてくださったんです。それを脚本家のみなさんとホン読みで見て、参考にしながら脚本を作ったりもしました。また、トムソーヤ島の街で表示されるARの画面や街を走っている乗り物も、チームのみんなで作っています。具体的に誰がどこを担当したという区分けができなくて、いろいろな人のアイデアを組み合わせて、フィニッシュをまた違う人が担当する……というような作り方をしています。チームで作っていると、作品にいろいろな関わり方ができるので、そのあたりはサイエンスSARUの強味だと思います。『SUPER SHIRO』のときもそういう作り方をしていたので、とてもやりやすかったです。
――SNS社会のジュブナイルストーリーとして楽しめそうな『ユーレイデコ』ですが、霜山監督はこのトムソーヤ島のような場所ができるのはどれくらいの未来だと思いますか。
霜山:数十年、30~40年後くらいじゃないかなと。物理的なシステムだけだったら、それくらいあれば十分じゃないかと思います。
――現在のSNSが発展してトムソーヤ島のようになるためには、SNSにどんな変化や真価が必要だとお考えですか?
霜山:現在は「つながる」ということを一生懸命実現しようとした結果、「無作為につながる」ことが増えすぎたような気がしています。本当は「つながる」のにも、いろいろな「つながり方」がある。正しい距離感を掴みながら「つながる」ことができれば良いんじゃないかと思いますね。
――そのとおりですね。そんな未来が来ることを期待しています。この『ユーレイデコ』という作品をどのように楽しんでほしいですか?
霜山:全話の制作は終了しているので、まずは無事完成してよかったなと(笑)。ユーレイ探偵団はとても個性豊かなメンバーがそろっていきますので、ぜひ思い入れを持てるキャラクターを軸に楽しんでいただけるとうれしいです。魅力的なキャラクターもいますし、ビジュアルも賑やかな作品なので、オンエアを多くの方に見ていただきたいなと思っています。
▼プロフィール
霜山朋久
アニメーション監督、アニメーター。映画『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』などでアニメーターとして活躍。『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』『スペース☆ダンディ』『夜は短し歩けよ乙女』『DEVILMAN crybaby』などで作画監督・演出として腕を振るう。『SUPER SHIRO』では湯浅政明総監督のもとでチーフディレクターとキャラクターデザインを担当。『ユーレイデコ』で初監督を務める。
取材・文=志田英邦