「世界を革命する力を!」――幾原邦彦監督が『少女革命ウテナ』で描いた、“革命”
更新日:2022/7/23
「世界を革命するために!」
刃のようなセリフが突き刺さった。何かを手に入れたい、何かを変えたい、何かになりたい。すさまじい熱量が吹き上げる。スタイリッシュにデザインされた画面。薔薇の花弁が舞い上がり、物語とともに見え方が変化していく決闘場で耽美的な美少年と美少女たちが刃を交わす。その戦いを染め上げるのは前衛演劇的な音楽――。
1997年、いまから25年前にオンエアされたTVアニメ『少女革命ウテナ』は革命のアニメだった。幼い頃に自分を助けてくれた王子様に憧れる天上ウテナは、入学した全寮制の名門鳳学園で「薔薇の花嫁」と呼ばれる謎めいた少女・姫宮アンシーとめぐりあう。この学校では、デュエリストと名乗る生徒会の役員たちが「薔薇の花嫁」をかけて決闘ゲームを繰り広げていた。彼女を手に入れたものは「世界を革命する力」を手に入れるという。ウテナはその決闘ゲームに巻き込まれ、この決闘を仕掛ける「世界の果て」という存在に迫っていく。
この作品を作ったのは、2022年に劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』を手がけた幾原邦彦監督。『輪るピングドラム』は2021年に10周年を迎え、今年の4月に劇場版 [前編]が公開され、7月22日から[後編]の上映を控えている。幾原監督は『美少女戦士セーラームーン』のシリーズディレクターとして活躍しており、『劇場版美少女戦士セーラームーンR』で監督を担当。とくに後者は人気少女漫画の外伝的な位置づけの作品でありながらも、正義の味方として戦う孤独とその孤独を結びつけるヒロインという切り口で『セーラームーン』を描き、大ヒットを記録した。その後、彼はチーム・ビーパパスを結成し、作り上げたオリジナル作品がTVアニメ『少女革命ウテナ』である。それまでシリーズものを主に手がけてきた幾原監督にとっては、実質的なオリジナルデビュー作と言っても良いだろう。
幾原監督は、本作で少女漫画家のさいとうちほ(ビーパパスのメンバー)とともに少女漫画的なビジュアルを作り上げると、脚本家の榎戸洋司(ビーパパスのメンバー/代表作『フリクリ』『トップをねらえ!2』『桜蘭高校ホスト部』『文豪ストレイドッグス』)とともに「王子様に守られる(愛される)お姫様」という童話的なモチーフをひねって、「王子様に憧れる女の子が、お姫様を守る」という構図を打ち出した。そして、長谷川眞也(彼もビーパパスのメンバー/代表作『美少女戦士セーラームーン』『おとめ妖怪 ざくろ』)がアニメ用のキャラクターデザインを描き、彼が中心となってアニメの制作が進められた。そこに当時、勢いにあふれる若手演出家たちが結集。橋本カツヨ、風山十五、長濱博史、錦織博、たけうちのぶゆきらがアイデアを盛りに盛り込んだという(なお、今あげた当時の若手演出家は、いわゆるペンネームで参加しているものが多く、いまではいずれも監督として活躍している)。
学ランを着たピンク色の髪の女の子・天上ウテナ。褐色の肌でメガネっ子の姫宮アンシー。美男美女たちが肌を寄せ合い、剣を交えるその耽美な世界。物語の間に閑話休題的に挿入される少女たちの影絵芝居(影絵少女)、薔薇がくるくると回るアイキャッチ。決闘シーンになると、故・寺山修司が主宰する劇団・天井桟敷で音楽と演出を担っていたJ・A・シーザーが手がけた挿入歌「絶対運命黙示録」を高らかに鳴り響かせ、少女と少年の感情が交差する瞬間を色鮮やかに描いた。
眠りの中にいたお姫様が王子様のキスで目覚めるように。邪竜に囚われたお姫様を王子様が救い出すように……。童話の世界で王子様は、お姫様を外に連れ出す存在である。だが、『少女革命ウテナ』の世界に王子様はいない。ならば、自分が王子になるしかない。王子としてこの世界で生きていくのだ。
王子様を目指す少女がたどり着いた場所には、お姫様がいた。そのお姫様はまだ王子様のものではなく、たくさんの“王子様のような存在”がいて、お姫様を奪い合っていた。戦いに勝ち残り、お姫様を手にした者こそが王子様となることができるのだ。
だとしたら、王子様を目指す少女は何をすれば良いのだろう。戦うのか。戦わないのか。お姫様を救うのか。救わないのか。いや……だからこそ革命が必要だった。
この作品の登場人物は「革命」という言葉を口にするけれど、劇中の登場人物たちはその革命が行きつく果てについては語らない。何のために革命をするのか。革命をしてどうなるのか。その問いは、この作品を見ている私たちに降りかかる。
TVシリーズの次に作られた劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』(1999年)で、幾原監督は王子様とお姫様のテーマをさらに研ぎ澄まし、より切れ味のある作品にまとめた。この劇場版はTVシリーズのストーリーをリファインした、完全オリジナルの独立した作品となっている。
王子様とお姫様――決められた役割を演じることは、生きながら死んでいるようなものだった。決められた道を進むだけでは、何も見つけられない。世界の外へ出ること。そして、道なき道を行くこと。登場人物たちは走り出す。物語から逃亡するために。新たな自分たちだけの物語を作るために。
「世界を革命する力を」
全ての重荷を断ち切る解放感。走り出したくなる衝動。たとえ荒野であろうと恐れない勇気。まさしく「革命」。アニメの「革命」は、25年経ったいまでも強力なインパクトを放っている。未体験の人はぜひ、ご覧になっていただきたい。一生忘れられない作品になるはずだ。
文=志田英邦