『パンに書かれた言葉』『星旅少年』編集部の推し本5選

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/19

ダ・ヴィンチWeb編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチWeb編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

1回の遅刻が命取りに! 理不尽なクレーム対応の猛者・駅員の仕事『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(綿貫 渉/KADOKAWA)

『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(綿貫 渉/KADOKAWA)
怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』(綿貫 渉/KADOKAWA)

 旅の醍醐味のひとつはローカル電車に乗ることだと思う。今月は愛媛の伊予鉄道や北海道の花咲線に乗る機会があったが、特に印象に残っているのは海すれすれを走る島原鉄道。それは非日常を楽しむということだけれど、地元の人にとっては日常である。そして、私の日常といえば、『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』の方が身近である。お客様同士のトラブルや、天候理由など人間がどうすることもできない電車遅延に対し駅員さんに激怒している人を見かけてはとても気の毒な気持ちになる。数分遅れたら謝罪、数分待てば次の電車が到着し目的地に運んでくれる、日本のような正確すぎる鉄道機能を担ってくれる鉄道会社の方々には感謝しかない。

 本書は、元鉄道員YouTuber・綿貫渉氏によるエッセイ。駅員人生を左右する“配属駅ガチャ”、あの嫌な掃除の話、社会人たるもの一度や二度の寝坊は付き物だが、駅員にはうっかり寝坊したら報道されてしまうという地獄の展開が待っている。その上遅刻の処分はとても厳しいらしい。といった普段知り得ない駅員の勤務実態から、切符をなくした、モバイルsSuicaが使えなくなってしまったお客への対応、複雑な運賃精算システムによるクレーム対応など、興味深い内容ばかりだ。また、駅員は9時に出社し仮眠を挟むが基本は24時間勤務という。終電~始発の間にわずかな睡眠はとれても寝るのは閑静な住宅街ではなく駅…。夜中でも回送列車や保守用車が走るので「ガタンゴトン…」という音が響く中、寝坊厳禁のプレッシャーと戦っているのだ。読後、今まで以上に温かい目で駅員さんたちを応援したいという気持ちが芽生えたし、Twitterを賑わすようなトラブルが起きませんようにと願うばかりである。

中川

中川 寛子●副編集長。『竜とそばかすの姫』の舞台となった高知に初上陸。聖地巡礼ではないですが、同じ高地の四万十川を堪能した後、『坊ちゃん』の舞台、愛媛県松山市道後温泉まで電車で北上しました。夏の四国は期待以上!(次はどんな職業エッセイが読めるかも楽しみです)



短文の行間から見えてくる達人たちの表情と生き様『世界はフムフムで満ちている: 達人観察図鑑』(金井真紀/筑摩書房)

『世界はフムフムで満ちている: 達人観察図鑑』(金井真紀/筑摩書房)
世界はフムフムで満ちている: 達人観察図鑑』(金井真紀/筑摩書房)

 著者の金井真紀氏がテレビ制作会社に勤めていた時などに会ったさまざまな職業の100名を紹介する本書。1人につき見開き2ページでまとめられ、どれも詩のような形で20行ほどの短い文に、金井氏が描いたイラストが添えられている。海女や塗装工、ドライブインの経営者などなんとなく私たちに身近な職業の人のほか、丹頂鶴の飼育員や法廷画家、大使館職員といった、普段あまりお会いすることのない職業の人まで、実に多彩な顔ぶれがそろっている。名前や経歴、仕事内容の説明は一切書かれておらず、金井氏がその人と会話して印象に残った言葉やその人の仕草、場の空気感が語られているだけ。それなのに、短いリズミカルな文章で語られることもあってか、頭の中で勝手に容姿や服装、しゃべり方などが浮かんでくるから不思議だ。

「達人観察図鑑」とタイトルに付けているだけあって、100名すべてがその道のプロフェッショナル。道を極めた人の言葉はどれも深いのだが、印象的だったのは起業家さんの言葉だ。「人生、死ぬまで暫定だから」「生きているあいだは、順位は確定しないの」。いくら成功といえるものを手に入れても、そこからまだ人生は続いていく。だから順位は暫定。生きていれば油断やなんやかんやで順位なんてすぐ変わるんだよ、ということだろう。解釈は聞いた人それぞれだろうが、とにかく、受け売りではなく自分の言葉としてこんなことを言える人間になりたいと思った。達人たちの本物の言葉の数々から、心に刺さるマイ名言がきっと必ず見つかるはず!

坂西

坂西 宣輝●マウス自体は動かさず、本体にくっついているボールを転がしてカーソルを操作するトラックボール式のマウスを買ってみました。机が狭いので、その対策としてはよかったのですが、右手親指の付け根にそこそこの疲労感が。マウス選びって難しい……。