『パンに書かれた言葉』『星旅少年』編集部の推し本5選
更新日:2022/7/19
自分が大切な人を残して木になってしまったら…『星旅少年1』(坂月さかな/パイ インターナショナル)
1巻を読み終わって、なんと表現したらいいのか分からない気持ちになった。ほっこりするのか、寂しいのか、ワクワクするのか、怖いのか……。ただ、私もこの主人公“303”と同じように、揺蕩うような宇宙間飛行をしてみたいと、強烈に思った。
とある宇宙、「トビアスの木」と呼ばれる木から出る毒によって、人間たちは「覚めない眠り」につきつつあった。P-TOTという毒が体内に蓄積し、一定量を超えると人間は眠り、赤い実をつけた木に変化してしまうのだ。そうして住民の多くが木となり、森になった星は「まどろみの星」と呼ばれる。主人公の303は、まどろみの星を訪れ、“プラネタリウム・ゴースト・トラベル社の文化保存局所属・特別派遣員”として残された文化を記憶・保存していく。
旅の中で彼が出会う人々は、眠りゆく宇宙の中で、それでも日常を愛おしみ暮らしている。砂漠の中で客足の途絶えてしまった文房具屋を営む店主、森のすぐそばで暮らすたばこ(シガリス)職人、夜にだけ開館する図書館の館長……。日常を営みながら、木になってしまった家族や知人に思いをめぐらせる。大事な人たちが木になってしまったら寂しい。自分が木になってしまうのも嫌だ。でも一方で、死とは別種の、命がある“お別れ”だ。終末のようで、別の世界に生まれ変わっているのかもしれない。この息をひそめたような静謐さと、不思議なぬくもりに満ちた宇宙の中、飛び回る彼の旅は、とても魅力的で仕方がない。
遠藤 摩利江●祝・『天官賜福 1』(墨香銅臭:著、日出的小太陽:イラスト、 鄭穎馨:翻訳/ダリア文庫e)発売!本作は中国でヒットした同名小説の日本語翻訳版。日本では2021年にアニメの放映があり、先にアニメを見たという方も多いはず。恐らくもうそろそろ家に宅配便が来ているので、この3連休で読むのが待ち遠しくて仕方がない。
イタリアとヒロシマ、ふたつの場所で聞く戦争の話『パンに書かれた言葉』(朽木祥/小学館)
刻々と変化するウクライナ情勢、そして、世の中で起きるさまざまな悲しい出来事。日本にいる私たちは、時にニュースとしてこれらに触れながらも、時には自分の心を守るために、情報との接し方を考える。情報が氾濫し、○○する「べき」の多い現代の中で、押しつぶされそうになっている人も決して少なくない。
それでも、過去の戦争に私たちは学ぶ「べき」なのだ。過去のおそろしい話を知ることが、未来の平和につながるはずなのだ。
この作品のすごいところは、戦争を知らない私たちが、誰かの戦争体験にふれて苦しい思いをすることもはっきりと表現されているところだ。イタリア人の母と日本人の父を持ち、鎌倉に暮らす主人公のエリー。東日本大震災で心が疲弊した彼女は、両親のすすめでイタリアの祖母のもとに身を寄せる。祖母(ノンナ)から初めて聞かされる彼女の戦争体験、そして彼女の親友や大好きだった兄の話を聞き、13歳のエリーはうなされるほどに苦しむのだ。
やがて日本に帰国したエリーは、夏休みにひとりで父の地元・広島に行き、祖父の被曝体験に耳を傾ける。その際に登場するいとこの順太は、「(原爆や戦争のことに)あんまり関心がもてない」と率直に口にする。自分ごとにするのがむずかしい、とも…。
一方で、伝えるほうの感情も教えてくれる。イタリアのノンナは、戦争体験を語ることで悲しみと折り合いをつけている、とエリーの父は言う。そして広島の祖父は、これまで被曝体験を語りたがらなかったが、東日本大震災をきっかけに次世代に体験を伝える決意をしたという。
戦争体験を次世代につなげること、理不尽に生への道を閉ざされてしまった人の、ひとりひとりの声・顔・生きた証にふれることが、私たちひとりひとりの意識を変え、未来を明るくしてくれるのだと信じたい。
宗田 昌子●5月に帰省した際、リニューアル後初めて広島平和記念資料館を訪れた。本書と同じように、被曝者の顔、その時何をしていたか、どんな人だったのか、などにクローズアップをした展示が多く、無機質な事実や数では伝わらない、ひとりひとりの無念を感じる体験だった。