空前のバンド・ブームだった1980年代、「イカ天」から生まれた「たま」の疾風怒濤の実録物語!

マンガ

公開日:2022/7/27

「たま」という船に乗っていた
「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』(石川浩司:原作、原田高夕己:漫画/双葉社)

「たま」というバンドをご存じだろうか? 1980年代末の「バンドブーム」の時代を通ったことがある人であれば、きっと知っているだろう異色のバンド。1989年、当時大人気だったインディーズバンドの登竜門・TBS系の深夜番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称「イカ天」)で突然お茶の間に登場した彼らは、不思議でシュールなえもいわれぬ独特の存在感が強烈なインパクトを放ち、あっという間に世間を虜に。第三代グランドイカ天キング、翌1990年にはメジャーデビューして「さよなら人類」を大ヒットさせ、紅白歌合戦にも出場、「たま現象」と呼ばれる一大旋風を巻き起こした。

 そんな「たま」の名を聞いて、「おお、懐かしい!」と思った方も「今も好き!」という方もいるだろう。この度、「たま」のヒストリーが漫画化され話題になっている。双葉社発のマンガ無料配信サイト「webアクション」で『「たま」という船に乗っていた』(石川浩司:原作、原田高夕己:漫画)が連載されており、7月21日には『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』として単行本も発売された。

 原作の石川浩司さんは、たまのパーカッション担当(山下清画伯のようなランニング姿のあの人だ)。2004年にたまの結成から解散までを綴った同名の自叙伝を出しており(ぴあ発行。現在絶版)、漫画はそれをベースに書かれたという。漫画を担当した原田高夕己さんは「30年以上一日も欠かさず『たま』のことを考えている」というほどの大ファン。今回、単行本となる「さよなら人類編」には、石川さんが上京し高円寺のアパート「三岳荘」に住むところから、「たま」の結成、イカ天に登場して「らんちう」を完奏する(注:『イカ天』は、バンドの曲が面白くないと判断されると演奏の途中でも止められてしまうという仕組みだった)歴史的な日までのエピソードが収録されている(さらには単行本のための描き下ろしで『「さよなら人類」誕生秘話』もある)。

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 物語の舞台の大半は石川さんの「三岳荘」の部屋(なんと家賃2万円の四畳半!)とライブハウス。アーティストの卵たちがわらわら集まる「溜まり場」のテイストは独特で、変な熱気と自堕落さが共存し、そのエネルギーが一風変わった「面白いこと」につながっていく。「たま」が生まれたのもそんな場の中であり、切磋琢磨具合は違うが、どこか「トキワ荘」も思い出させる(原田さんの絵のテイストもそんな「トキワ荘」世代を彷彿とさせる)。ナゴムレコード主宰のケラさん、さらにナゴムギャルも登場するので、当時のサブカル事情を知る上でも貴重な一冊だ。

 それにしてもネットが前提の人付き合いが当たり前となった(しかもコロナで人との親密さへの感覚も変化した)今の時代には、本書にあるような「繭の時代(しかも濃すぎる)」の経験はどう映るのだろう。誰かの家がたまり場になり、その混沌から「面白そう!」だけで何かが生まれる…合理性やスピードが重視される時代の中では、そんな風景はなかなか出現しそうにもないが(考えてみれば、こうした風景はすでに「平成」の時代にはだいぶ失われており、「昭和」だったからこそなのかも)、本書を読んで「こういうのいいよな」とちょっと思う。「人との親密さ」があるからこそ、生まれる世界。そんな魅力も再発見させてくれる。

文=荒井理恵