“秋の植物三部作”『腹を割ったら血が出るだけさ(ハラワタ)』住野よる「 読者さんが一人でいる時、小説を通して一緒に遊びたい」

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/27

腹を割ったら血が出るだけさ
腹を割ったら血が出るだけさ』(住野よる/双葉社)

 実写映画化もされ、大ヒットを記録した『君の膵臓をたべたい』でデビューし、以降、数々の人気作を生み出してきた住野よるさん。その作品に共通する点があるとすれば、それは「青春時代の痛み」と呼べるかもしれない。住野さんが描くキャラクターたちは器用には生きられず、ままならない現実のなかをひた走る。ときにはその姿が痛々しくも映るが、決してそれを馬鹿にはできない。だってそこに描かれているのは、10代の頃の自分自身そのものだから。

 誰もが経験した痛みを、リアルに描き出す。住野よるとはそういう作家だ。

 そんな住野さんの最新作が発売される。タイトルは『腹を割ったら血が出るだけさ』(双葉社)。やや不穏さを漂わせるが、本作で描かれるのは「愛されること」ばかりを追い求め、そんな自分に嫌気が差し、「死にたい」と願う高校生・茜寧の姿。一見、充実しているものの、偽りの自分に雁字搦めになっている茜寧の生きづらさは、なかなか周囲に理解してもらえない。しかし、ある日、愛読する小説のキャラクター〈あい〉とそっくりな人物に出会い、茜寧の日常が変わり始める――。

 本作で住野さんが描き出そうとしたこととは何か。そして、売れっ子作家となったいま思う、小説の役割とは。本作発売を控える住野さんにお話をうかがった。

(取材・文=五十嵐 大)

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誰だって「偽りの自分」を持っているはず

――メインキャラクターの茜寧は「相手の求める理想像」を演じるあまり、自分を見失い、死にたくなるくらいの生きづらさを抱えています。この感情は決してフィクションではなく、リアルに存在するものだと思うのですが、なぜそれを描こうと思われたんですか?

住野さん:本作の着想は、茜寧以外のところから始まりました。スペシャルサンクスにも載っている綾称さん、髙井つき奈さんとお会いする機会があって、ふたりのお話をうかがっているうちに「このお二人をモデルにした登場人物を書いてみたいな」と思ったんです。ただ、アイドル小説にしたかったわけではなくて。アイドルさんって少なからず自分を作ってる方達だと思うんですが、でもそれってアイドルに限った話ではなくて、多かれ少なかれ誰にだってある話ですよね。そう考えたときに、ふつうの女子高生である茜寧が生まれました。

――嫌われたくないからこそ、誰に対しても良い顔をしてしまう。茜寧の振る舞いを見ていて、笑えませんでした。まさに誰にだってあることですよね。一方で、性別に囚われない格好に身を包む逢という男性も出てきます。

住野さん:逢はぼくが好きなアーティスト達に対して感じていることを象徴するようなキャラクターです。ぼく、好きなバンドのライブを見ていると、楽しいけどすごく苦しくなってしまうんですよ。「あなたたちはステージから格好良いメッセージを届けてくれて、それが大好きだけど、でもぼくは生涯、そんな風にはなれない」と思ってしまうから。もちろん、彼らも人間で色んな悩みがあるだろうなとも分かってるんですけど、それでも表面上の強さを見ると苦しくなる。その気持ちは、逢に対して抱くものと一緒ですね。逢って格好いいキャラクターである一方で、共感できない部分もあって。誰に対しても、「自分の心のままに生きたほうが楽しいよ」とか言うんですけど、僕なんかは「いや、そうできたらしてるって!」って思うんです。

――たしかに逢みたいな存在が近くにいたら、自分の醜さを突き付けられるようで苦しいかもしれません。そして、茜寧と同じ高校生の竜彬は、他者が隠している部分を暴き出そうとするキャラクターです。彼の存在もまた強烈でした。

住野さん:アイドルさんに対して、「嘘つき」って表現する人たちっていますよね。ぼく、それがすごく嫌なんです。先程言ったように、ステージ上に立つ人達にも恐らく色んな弱さがあるけれど、隠して格好つけてくれているんですよ。それを批判したり、隠している部分を暴露したりする人の欲求が本当にわからなくて。

 だからこそ竜彬を書こうと思ったんです。これまで書いてきたキャラクターって、なんだかんだ理解出来る子が多かったんです。でも、竜彬みたいな子のことはわからない。それを理解したくて書いたんです。やっていることがモラルに反しているとしても、何かに命を燃やしている、熱中しているときってやはり楽しいのかもしれません。竜彬を書いてみて、それが見えてきました。

――それぞれに生き方も立場も異なるキャラクターが大勢出てきますね。本作ではそれが群像劇形式で描かれているので、一人ひとりの心情がぐっと理解しやすくなっています。

住野さん:茜寧の単一視点に絞ってしまうと、彼女のマイノリティ性がきちんと描けないと思ったので群像劇にチャレンジしました。結果として、ぼくの作品史上、最多の登場人物になりましたよ。名前のあるキャラクターが20人くらいいるんじゃないかな。でもその分、奥行きが出たとも思っています。

小説を通して、読者と一緒に遊びたい

――これまでの作品でもそうでしたが、住野さんは10代の子の繊細な気持ちを描き出すのがお上手ですよね。

住野さん:ありがとうございます。それはきっと、ぼくがまだまだ子どもだからでしょうね。加えてこれは極論ですが、小説を書く上で大人には理解されなくてもいいと思っているからかもしれない。ぼくは10代の頃にいろんな小説に出合って、本当に感動したんです。そのときの気持ちをいまの10代の子たちに届けられたらなって、だからぼくは書いているんですよ。もしも10代の子たちが「この世界でずっと生きていくの、嫌だな」と落ち込んでいるとしたら、ぼくの小説が、ちょっとでも前を向くきっかけになったらいいなと。

 ただ、「救ってあげたい」とかそんな尊大な気持ちを抱いているわけでもなくて。ぼく自身は小説に救われたんですけど、自分が救えるかどうかを考えると、「救える」なんて偉そうなことは言えないんです。

――本作には、小説家も登場しますが、そのキャラクターが小説への想いを吐露しています。

住野さん:彼女はぼく自身ではないんですけど、それでも小説は弱いという主張には共感します。街を歩いていて建築現場を見かけるたびに、「この人たちはこんなにすごいものを作っているのに、ぼくが作っているものは衣食住になんら関係ないものなんだな」って思うんです。小説って、生きていく上で必要ないものですよね。なくたって死なないですし。ただ、あったら良いものだな、と思います。

 実は小説家をやっていくにつれて、小説をどんどん好きじゃなくなっていくような感覚があったんです。絶対に10代の頃のほうが小説を愛していたし、小説家になる前の方が純粋に好きだった。だけど、小説家になってみて、「小説には力がある」「この世界に小説は必要だ」といった主張を目にするたびに眉唾だな、と思うようになった。それもあって、自分にとって小説とは何かを追求したくて、小説を絡めたストーリーを書いてみたんです。

――書き終えたいま、どんな気持ちですか?

住野さん:小説との付き合い方を見直すことができましたし、愛憎全部持った状態で、これからも小説家をやりたいと思えました。

――それはよかった! 住野さんのファンは喜ぶと思います。

住野さん:これまでも答えてきたことですが、小説って「娯楽」以外の何物でもないと思うんです。たとえば、読んで人生が豊かになるとか、読んで語彙力を得るとか、そんなの二の次だと思っていて。ただの娯楽でしかない方がいい、と。

 でも最近はもっと「遊び」と捉えるようになってきました。たとえばライブハウスに行ったりすると、バンドマンがファンに向けて「今日はみんなで遊ぼう!」って言うんですよ。それと同じで、ぼくも小説を通して、読者さんと遊びたいなと思っています。だからもしも、「なんかひとりだな」と思っている読者さんがいたとしたら、ぼくの小説を遊び相手だと思って読んでもらいたくて。

書きたいことはたくさんある

――小説を通して、作家・住野よると読者が一緒に遊ぶ。ワクワクしますし、「ひとりじゃないんだ」と心が温かくなりそうです。

住野さん:そもそも自分を振り返ってみると、元々何かを得ようと思いながら小説を読んでいたわけじゃなかったんです。「読んでいて楽しい」「一緒に冒険している気持ちになる」みたいな気持ちが読書の動機でした。もちろん、大人になったいまは知識を得るために読書することもあります。でも、ぼくが本を読むようになったきっかけを作ってくれたのは、「なんか面白そう」という本を書いてくれた小説家たちだった。だからぼくも、その人達みたいになりたいんです。

――そのためにも、読者に「遊び」と捉えてもらえるような作品を書いていかれる。

住野さん:そうですね。だから、今後もいろんな作品を出していくつもりで。ぼくのなかで、『君の膵臓をたべたい』『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』を「春の花三部作」と呼んでいて、『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』、そして今回の『腹を割ったら血が出るだけさ』を「秋の植物三部作」としています。これらは世界観がつながっているわけではないんですけど、それぞれに描きたいことが似ているんです。だから、最初の三部作が好きな人からは、「だんだん作風が変わってきていて、好きじゃない」なんて言われてしまうこともあって。でも作風を変えているわけではなくて、やりたいことが別にあるってだけなんです。

――これからもさまざまな作品を読ませてもらえるのが楽しみです。ちなみに、気が早いかもしれませんが、次回作の構想などは決まっていますか?

住野さん:実はですね、もうすでに次回作を書き終えているんです! 筆が遅いので、ぼくにとっては快挙なことで(笑)。『君の膵臓をたべたい』と『か「」く「」し「」ご「」と「』のキュンとする部分を抽出して、ギュッと絞った感じの作品です。これまではちょっと歪んだ愛情表現をするキャラクターばかり書いてきたんですけど、次回作はすごくシンプルで真っ直ぐな片思いの物語を書いてみました。いつ刊行されるかはまだ決まっていませんが、楽しみにしていてください。