大人気ドラマの医療監修を務める現役医師の告白。医師として、息子として認知症の母を支える23年間の記録
公開日:2022/8/5
認知症という病には見知った家族を、ゆっくりと別人のように変えていくという残酷さがあり、家族はどうサポートしていけばいいのか悩まされてしまう。現に筆者も5年ほど前、祖母が認知症を発症し、戸惑いを覚えた。
家族が異変に気づいた時には、すでに症状が深刻になっている可能性もある認知症。そんな病をもし家族が患ったら、周囲はどう向き合い、支えていけばいいのか。
『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(森田豊/自由国民社)は、そんな難しい問いにヒントを授けてくれる一冊だ。
著者の森田豊氏は人気TVドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』の医療監修も務める現役の医師。本書では母親がアルツハイマー型認知症を発症した経緯や23年に及ぶ奮闘を紹介。医師としての経験や知識、母のケースから得た知見をもとに、認知症の予防や改善に役立つ情報も掲載している。
おしゃれでしっかり者の母が認知症に
著者は、自身の両親と二世帯住宅で生活。おしゃれでしっかり者の母は人に迷惑や心配をかけるのが嫌いで、家族を守ってくれる太陽のような存在だった。
だが、ある時から、身体的な異常が見当たらないのに「口が痛い」「胸が痛い」と家族を病院めぐりに付き合わせるように。買い物に行った際に買うものを忘れたり、テレビのリモコンの使い方を間違えたりと、物忘れも多くなった。
けれど、それらはどれも年を取れば誰にでも起こり得ること。家族はまだ深刻な問題だと捉えてはいなかった。
ところが1~2年するうちに、食べたり薬を飲んだりしたのを忘れることが増えた。身だしなみに構わなくなり、無気力状態のまま一日中テレビを見続けたり、外出を極端に嫌がったりするようにもなった。
そうした姿を見て、著者は認知症の可能性を考え精神科を受診させたが、母は主治医の前ではシャキっとするため、認知症の診断はされず。当時はセカンドオピニオンが一般的ではなく、認知症という診断なんてされたくない母の気持ちも鑑みた結果、積極的に認知症の検査を勧めることができなかった。
だが、その後、振り込め詐欺に遭うも被害に遭った事実を理解できない母の様子を見たことで、検査を受けさせなければと強く思うように。なんとか母を説得し検査を受けさせた結果、進行した認知症であることが判明した。ようやく治療をスタートさせたときには、最初の異変からすでに7年が経過していた。
医師として息子として向き合った、母の認知症という重大事態。そんな母に著者ら家族がどう接し、改めて「その人らしい人生」を楽しんでもらえるようになったのかが本書にはしっかりと綴られており、その努力に目頭が熱くなるとともに、大切な家族の支え方を学ぶことができる。
母の介護で気づいた認知症の予防法と対処法
認知症は痛みを伴わないため、本人は病識が持てず、周囲も異変になかなか気づけないことが多い。その怖さを身をもって経験したからこそ、著者は認知症を一歩手前の「軽度認知障害(MCI)」で食い止めようとアドバイスしている。
これは、本人が「何か変だ」と違和感を覚える、健常とも認知症とも言えないグレーゾーンの段階のこと。最近では、この段階で適切な対策や治療を行えば、発症を遅らせることができると分かってきているのだそう。
異変を感じた場合、まずはかかりつけ医に相談し、専門医へ繋げてもらおう。なぜなら、健康状態や性格、暮らしぶり、家族構成なども分かっている医師ならば適切な診断や治療へ進められる可能性が高くなるからなのだそう。
治療は大病院で……と思う人は多いかもしれないが、認知症の場合は大学病院などにこだわらず、患者の生活や家族構成などの背景も見て、その人に合った治療法を考えてくれる医師や医療機関を見つけてほしいと著者は助言している。
また、認知症の予防や進行を食い止めるには「対人接触」が重要であり、地域の繋がりだけでなく、50代、60代のうちから意識して人との繋がりを作る努力をしようとも著者は訴えている。
認知症の家族を支えていると、1日でも長く生きてほしいという想いと、あと何年生きるのだろうという相反する気持ちの狭間で苦しんでしまうことも少なくない。本書は、そんな苦しみを抱えている人にこそ響く。
息子として、医師として、自分がどのような過ちを犯し、その反省から何を学び、考え、どのように行動したのかを、恥をさらす覚悟で、包み隠さず書き綴ったつもりである。
そう語る著者の覚悟を受け止めながら、認知症との向き合い方を考える時間を持ってみてほしい。
文=古川諭香