神の子の宣告/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』㉞

小説・エッセイ

公開日:2022/7/28

オズワルド伊藤
撮影=島本絵梨佳

引っ越しをすることとなった。それ即ち、妹の扶養からルームシェアを経ての約5年振りの一人暮らしが始まることを意味する。正直言って不安しかない。僕みたいなもんは、2個もらったカギを2個失くし、夜の砂漠で救助でも求めているかの如く全電気を消し忘れ、払えないわけではない諸々の公共料金も払い忘れるに決まっている。元々が本当にだらしないのだ。妹やルームシェアの家族達に支えられながら、本当の自分に目をつむり続けてきたものの、もうごまかしがきかないくらいに鮮明な本来の自分の姿を思い出してしまっている。それはそれは鮮明に。「ゴミんちゅ」の姿が瞼の裏に浮かび上がってきているのである。

かといってなにを言ったところで、もう一人暮らしをすることは確定しているわけなので怯えてばかりもいられない。でもこの不安は拭えない。そこで、ここ数年自分が困った時にどのように気持ちを落ち着かせてきたかを思い出してみる。答えは簡単に出た。

ターザン先生に相談しよう

ターザン先生ってみんな知ってる? うーん、まあなにから説明したらいいのかなあ……まあまあ簡単にね? 本当に簡潔にひと言で言うなら「神の子」なの。わかる? うん、そうそう。「ゴッドチャイルド」ね。昔鬼束ちひろが、裸足であたしは神の子だって歌ってたけど、ターザンもその類。ターザンも神の子の1人なの。ターザンもゴッドチャイルドなの。ターザンと鬼束ちひろは姉弟なの。ゴッドチャイルズなのよ。なにをもって神の子としてるかというとね……実はターザンはね……ごめんこれまじここだけの話ね? ちょっともうちょいこっち来て? うん、本当あんま大きい声で言えないから。言うよ? まじ内緒ね? ちょっと待ってなんか言いそうだな。えっ、まじだよ? まじ絶対言わないでよ? えっ、じゃあ言ったらどうする? あっごめんごめん嘘嘘嘘! だるかったよね確かに! わかったわかった信じる信じるから! ごめんね回りくどくて。実はね? ターザンは……

タロットと手相で未来とか見れんの

えっ、なに急に黙って。ん? あっ占いじゃんて? そうだよ? 占いだよ? えっ、なにそっちが勝手に想像膨らましてただけじゃん。えっ? 神の子って言ったじゃんて? いやだから! 神の子くらい当たる占い師なの! じゃあ鬼束ちひろも占い師なのかって? いやそれは違うじゃん! 同じ神の子でもみんな同じ職業に就くわけじゃないじゃん! キングカズの息子さんだってお兄ちゃん俳優で弟格闘家だからね!? そこは自由じゃん! そこ揚げ足とるのは違うじゃん! うん……うん………うん、そうね、ちょっと熱くなっちゃったね。うん、こういう部分はね、俺の良いとこでもあるけど直さなきゃいけない部分でもあるなってわかってる。うん、まじ気をつける。ごめんね? コーヒー飲む?

コーヒーを飲んで落ち着いたところで、改めて僕はこのターザンという男に絶大な信頼を置いている。元々は大阪の後輩芸人であったこの男に出会ったのはちょうどルームシェアを始めた頃だった。僕も占いなんてあまり信用していなかったクチではあるが、とにかく当たるのなんのって。例えばこの時期に大きな仕事が入るだとか、M-1はこのネタでいくでしょうだとか。震えるくらい当たるのである。もちろん全てをターザンの言う通りに生きているわけではないが、要所要所で迷った時には参考として彼の意見を聞くこともしばしば。そんな彼に、7月初旬に新居のカギを受け取った僕は今回の引っ越しについてアドバイスを求めた。なかなかの長さだった為簡潔にひと言で言うと、

8月12日に引っ越してください

であった。僕は7月初旬にカギを受け取っている。1カ月近くもう住める家に住めないのである。というか仕事もあるしそんなピンポイントで引っ越し出来るかも微妙なところ。その旨を彼に伝えたところ、

枕だけ置けば大丈夫

とのこと。引っ越しが出来ないのならとりあえず新居に枕だけぶちこめば問題がないのだという。一連の流れを彼に伝えられた僕の反応は次のひと言のみであった。

仰せのままに

僕は5年振りの一人暮らしの行方をこの神の子にベットすることに決めた。果たして吉と出るか凶と出るか。みなさんにも是非、8月12日以降の僕の動向に注目して欲しいものである。

一旦辞めさせて頂きます。

オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。