予言がもたらす死の恐怖。「屍人荘の殺人」シリーズ第2弾『魔眼の匣の殺人』が待望の文庫化!
公開日:2022/8/12
今村昌弘さんのデビューは、まさに事件だった。2017年、第27回鮎川哲也賞を受賞した『屍人荘の殺人』(東京創元社)は、奇想天外な設定と端正なロジック、圧倒的なリーダビリティで、ミステリーファンにとどまらず多くの読者を魅了。同年の主要ミステリーランキングを席巻し、映画化、コミック化も果たすこととなった。
デビュー作から特大ホームランどころか、大気圏に突入するほどのドデカい一撃をかましたため、実を言えば第2作は楽しみであると同時に不安もあった。だが、衝撃のデビュー作を軽々と超えてくるのが、今村さんの末恐ろしいところ。2019年に刊行されたシリーズ第2作『魔眼の匣の殺人』(東京創元社)では新たな特殊設定を用いつつ、より精緻かつ衝撃度の高い謎解きを見せ、こちらもミステリーランキングに続々ランクイン。作家としての地肩の強さを見せつけた。
そんな傑作ミステリーが、このたび文庫化されることに。「待ってました!」と快哉を叫ぶ文庫派も多いのではないだろうか。
今回、神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子が挑むのは、ある予言をめぐる謎。オカルト雑誌『アトランティス』の記事を読んだふたりは、『屍人荘』事件にも関わる班目機関の手がかりを求め、同機関の元研究施設「魔眼の匣」を訪れることに。だが、そこで待ち受けていたのは、予想もしない惨劇だった。
人里離れた最奥地・真雁に存在する「魔眼の匣」の主であり、未来を見通す予言者である老女サキミは、ふたりにこう告げる。「11月最後の2日間に、真雁で男女が2人ずつ、4人死ぬ」──しかも、その予言を聞いた直後、施設と外界を結ぶ唯一の橋が燃え落ち、ふたりは9名の男女とともにこの地に閉じ込められてしまう。やがて予言通りにひとりが命を落とし、慄然とする葉村たち。果たして彼らは無事に生き残り、謎を解き明かすことができるだろうか。
外界から隔絶されたクローズド・サークル、ひとり死ぬごとに消える人形など、本格ミステリーのお約束を踏襲しつつも、本作は古き良き推理小説に新しい要素を加えている。その個性を際立たせているのが、“予言”の存在だ。超常現象を扱うミステリーは、能力者のインチキを見破ったり、不可解な現象を科学的に解明したりする展開が多い。だがこの小説の場合は、そうではない。予言を前提条件とし、そのうえで発生した殺人事件を論理的に解き明かしていくのである。つまり「もし予言通りに男女がふたりずつ死ぬことが決まっているとしたら、その場にいる人々は何を考え、どんな行動を取るのか」という特殊設定下での思考実験のようなミステリーになっているのだ。終盤、比留子が披露する推理は、見事というほかない。緻密に積み重ねられた論理の美しさに、圧倒されるはずだ。
しかも、ただ論理を突き詰めるだけでなく、理屈では割り切れない情を描いているのもこの小説の魅力。事件を否応なく引き寄せてしまう体質の比留子が、予知能力を持つ女子高生に見せる情愛、最後の最後にある人物があらわにした感情など、ままならない思いが入り乱れ、読者の心を大きく揺さぶってくる。
さらに、探偵役の比留子と助手役の葉村の関係も見逃せない。降りかかる災難から生き残るために謎を解く比留子、そんな彼女を支えたいと思いつつも守られてしまう葉村。シリーズ第3弾『兇人邸の殺人』(東京創元社)では、ふたりの関係にさらなる変化が生じるため、その前段を知るうえでも外せない1冊だ。
予言に支配された閉鎖空間での惨劇、磨き抜かれたロジック、“匣”に満ちる疑心と恐怖、比留子たちが繰り広げる人間ドラマ、班目機関をめぐる謎。ページを開いたら最後、一気読みせずにいられない傑作ミステリーを、ぜひ文庫でも堪能してほしい。
文=野本由起