ワイスを通して伝えたい『RWBY』という作品が持つ大切なテーマ――『RWBY 氷雪帝国』ワイス・シュニー役・日笠陽子インタビュー
公開日:2022/8/19
伝説のアニメ『RWBY』を知っているだろうか。
2012年、日本のアニメ作品に影響を受けたアメリカのクリエイターたちが3DCGアニメを作り、インターネット上で配信した。かわいらしい少女たちが巨大な武器を振り回し、キレのいいアクションを決める。日本の手描きアニメの気持ちよさとけれん味を見事に3DCGで描いていたのだ。この『RWBY』という作品はインターネット上で話題になると、日本のアニメ関係者からも注目を集める。そして、日本の声優による日本語吹き替え版が制作されると、日本語版DVD/Blu-ray Discの発売、そして劇場でのイベント上映、編集版のTV放送が行われたのだ。
人類を脅かすグリムと、ダストやセンブランスと呼ばれる力を駆使して戦う者たちがいた。15歳の少女、ルビー・ローズは、そんなグリムを退治するハンターを目指して、養成所であるビーコン・アカデミーに入学する――。制作開始から約10年が経った現在でもアメリカのRooster Teeth Productionsでは新作が制作されており、壮大な世界観とドラマが描かれるシリーズとなっている。
日笠陽子は『RWBY』の吹き替え版で、ワイス・シュニー役を演じている。ワイスはこの世界で最大の企業のひとつシュニー・ダスト・カンパニーのお嬢様であり、『RWBY 氷雪帝国』では重要なキーマンとなっている。
はたして彼女は『RWBY 氷雪帝国』のワイスにどのようなアプローチをしたのだろうか。ワイスというキャラクターと新作にかける思いを語っていただいた。
『RWBY 氷雪帝国』は、アメリカから贈られたラブレターのアンサー
――日笠さんは『RWBY』シリーズの吹き替え版に長く関わっていらっしゃいます。あらためて、『RWBY』シリーズの面白さや魅力をどんなところに感じていらっしゃるのでしょうか。
日笠陽子(以下、日笠):私が『RWBY』シリーズと出会ったのは吹き替え版を作るときです。スタッフの方が、日本のアニメーションを好きな海外のクリエイターが日本への愛を込めて作ってくださった作品だとお話をしてくださったんです。昨今では、キャストやスタッフが海外に行って、現地でイベントをするというのも珍しいことではなくなりましたが、当時は作品や声優さんが海を越えていくことはまだまだ珍しいことでした。アメリカで作られた『RWBY』が、逆輸入のようなかたちで日本にやってきて、日本語吹き替え版を作るという流れになったことはすごいことだなと。海外、そして日本と多くの方の思いがたくさん詰まった作品に関わらせていただいているんだなと感じていました。
――ワイス役はアメリカではKara Eberleさんが演じていらっしゃいます。アメリカの声優さんのお芝居から影響を受けることはあったのでしょうか。
日笠:ワイス役のKaraさんって声が低めな方なんです。従来の吹き替えのキャスティングでは、原音のお声に近い方がキャスティングされることが多いんですが、『RWBY』シリーズはそうではなくて、各自(声優)が考えるキャラクターを演じてほしいと音響監督から言われていました。
日本のアニメーション作品でお嬢様役と言うと、アニメチックにデフォルメされたセリフをしゃべることがあるんですけど、海外ではそもそもお嬢様言葉が存在していないみたいなんですね。ワイスも原音(英語)ではお嬢様言葉をしゃべっていないので、日本語吹き替え版では、そういうところを変えていったという感じがあります。
もちろん、原音から影響を受けたとことはたくさんあって。たとえばワイスがワンちゃんをかわいがるときに声が高くなるところとか、ワイスのチャーミングさは原音をかなり参考にさせていただきました。「ワイスって小動物に出会ったときに、こんなときめきかたをするんだ!」って(笑)。あと、基本的に海外のセリフの尺(長さ)に、私たちのセリフも入れていかないといけないので、お芝居のテンポは基本的に原音に合わせていくようにはしています。吹き替えのときは、片耳にイヤホンを入れて原音を聞きながら、マイクに向かってセリフをしゃべっているので、原音からの影響は間違いなくありますね。
――今回の『RWBY氷雪帝国』は、日本のスタジオ(シャフト)で手書き主体で制作されることになりました。このことについては、どんな思いがありましたか。
日笠:日本への敬意から生まれた『RWBY』シリーズが、今度は日本で制作されるということは、もはや逆・逆輸入と言ってもいいくらいですよね。こういう新しいチャレンジに関わることができて本当に嬉しいです。長く続くプロジェクトでもありますし、いろいろな方に愛していただけている作品になって良かったなと感じています。
以前、『RWBY』シリーズを作っている方々(制作元のRooster Teeth Productionsのスタッフ)が、日本の劇場公開のときに来日してくださったことがあって。そのときにちょっとだけお話をさせていただいたのですが、みなさんのお顔がずっとニコニコ、そしてウキウキされていて本当に楽しそうだったんですよね。そこに愛を感じました。『RWBY』シリーズという作品そのものがラブレターなんだなと思いました。そのラブレターにお返事を書くように、日本で新作の『RWBY』を作ったらこうなりますと、お贈りする作品が『RWBY 氷雪帝国』なのかなと。ぜひ、海外の方々にも見ていただきたいなと思っています。
シャフトさんが手がけてこられた作品は、日本のアニメーションの中でも特徴的で。登場人物の内面の奥底に入っていくジャンルの作品をお作りになっている印象があります。これまでの『RWBY』シリーズは基本的に、敵にド派手な戦闘で立ち向かうというものだったので、これまでのものとは違うものになるだろうなという予感がありました。
もともと『RWBY』にはあちこちにアメリカンジョークみたいなノリがあったりしたんですが、『RWBY 氷雪帝国』ではそういう感じはほとんどないんです。そこが面白いところでもあるなと思いました。今回はとくにワイスの内面も掘り下げていただいています。夢の世界に登場するネガワイスと呼ばれる存在は、私の中でも明確に形がなかったので、悩んだ部分ではあり、監督とかなり細かくお話をさせていただきました。そういう意味ではやりがいがすごくありましたね。
――今回の『RWBY 氷雪帝国』の第1話から第3話は『RWBY Volume 1』の内容を新たに手描きアニメとしてまとめたものでもありました。
日笠:結構緊張しました。演じ直すことってやはり緊張するものなんです。『RWBY Volume 1』の収録は約8年前ですからね。だいぶ若いなって自分でも思いますし(笑)、すでに『RWBY Volume 1』をご覧になっている方も多いでしょうから。
ただ、第1話の収録は4人(日笠陽子、早見沙織、嶋村侑、小清水亜美)で録ることができたんです。コロナ禍での収録だったんですが、みんなが出会ってチームRWBYが結成されるという、シリーズの中でも大切なエピソードなので、そこをみんなで顔をそろえて演じられたことが嬉しかったですね。おかげですぐにみんなでチームRWBYになれたような気がしました。吹き替え版は1本のボリュームがとても長いんですけど、今回はそれを30分アニメの中でまとめているので、かなりギュッとなっていてスピーディでしたね。緊張もするけど、懐かしくて。もう一度、演じさせていただくことがご褒美みたいに感じていました。
――あらためて初期のワイスを演じてみていかがでしたか。
日笠:近作の『Volume 8』になると、ワイスも大分みんなと打ち解けているんですが、初期のころ(Volume 1, Volume 2)のワイスは自分が一番なんです。「他の人のことは目にも入りませんわ」みたいな感じがあって。ルビーに食って掛かったりするんですよね。収録をしているときは、みんなで「懐かしいね」と話をしていました。実は、吹き替え版の収録のときも、なかなか4人がそろうことはないんです。もしかしたら初めて4人そろったんじゃないか?なんて話もしていましたね(笑)。やっぱりいっしょにお芝居できることが幸せでした。
ワイスの夢の世界を支配するネガワイスと向かい合って
――今回、新たなキャラクターとしてシオン・ザイデンが登場します。七海ひろきさんが演じられていらっしゃいますが、シオンの印象はいかがでしたか。
日笠:新しいメンバーが増えるというのはやっぱり嬉しいことです。『RWBY』ファミリーに新しい家族が増えるという感じがありますし、個人的には海外版の『RWBY』シリーズにもいつか、シオンが出てきたら良いなって思っています。七海さんとは残念なことに、ごいっしょに収録することはできなかったんですけど、映像を拝見して、七海さんがシオン役になった理由がわかったような感じがありました。性別も含めて、ミステリアスなベールに包まれているようで。視聴者のみなさんの視線をくぎ付けにするような個性の強いキャラクターだなと思っています。
――今回、ナイトメアの力で、ワイスの夢の世界が形成されてしまいます。ワイスの精神世界を思わせる空間に、ルビーたちは向かいますが、日笠さんからワイスの夢の世界をご覧になってどんな印象がありましたか。
日笠:衝撃でしたね。私は難しく考えちゃう癖があり、ひとつひとつのシーンに「これはどういう意味なんだろう」と考えてしまって。たとえばワイスの心象風景であったり、ネガワイスであったり、小さなワイスであったり、それぞれの意味合いを監督や音響監督に細かく聞いていきましたね。
――監督・音響監督とのやり取りの中で手がかりになったことはどんなことでしたか。
日笠:「ワイスとネガワイスは同一人物ではあるんですが、そのことを忘れているくらい、違う人として演じてほしい」と言われたんです。当初は、私も混乱していたので、ネガワイスにワイス感を残そうとしていたんですけど、ネガワイスの中に(ワイス自身が持つ)本音や葛藤のようなものが見えてきたので、私もだんだんネガワイスを掴んでいった感じがあります。後半はネガワイスにノってきたこともあって「ちょっとゆっくりしゃべってください」とか「ネガワイスが怖すぎます」とか言われたこともありますね。
――ワイスの夢の世界「氷雪帝国」ではワイスの家族に対する思いも具現化されて登場しますね。
日笠:そうなんですよ。当時、『RWBY』シリーズ本編でお母さん(ウィロウ・シュニー)とか、弟のウィットリー(・シュニー)はあまり描かれていないんですよ。だから、お母さんは病気なんですか?とかいろいろ聞きました(笑)。
――あらためて、「氷雪帝国」を夢の中で作り上げてしまうワイスという女の子をどのように捉えていますか。
日笠:ワイスは子どものころの心がまだ残っているのかなと思いました。たとえば、小さいころに欲しかったものがもらえなかったときの気持ちや、遊びたかったけど遊べなかったときの気持ち。そういう気持ちをすべて押し込めていたけど、きっと心の叫びみたいなものはいまだに残っているんだろうなって。でも、その気持ちがあふれてしまうと収集がつかなくなるから、この世界に決まりを作り出していて。そこに彼女の視野の狭さを感じますね。おそらくナイトメアはそういう部分を倍増しているんだと思うんですけど、それがワイスの抱いていた本音に近いものを表しているのかなって。この狭い空間を壊したら、もっと広い世界があるのにって私は思うんですよね。もしかしたら、その狭い世界をルビーたちが壊してくれるんじゃないかという期待感があります。
――いろいろなキャラクターたちと触れ合うシーンも多かったと思いますが、『RWBY 氷雪帝国』で印象に残っているキャラクターはどなたですか?
日笠:今回の『RWBY 氷雪帝国』で私が一番嬉しかったのはピュラ(・ニコス)ともう一度会えたことですね。ワイスはピュラといっしょのチームになりたいと思っていたこともあったし、あこがれていたところもあったので、今回ピュラが出てきたのは嬉しかったですね。
現在だからこそ意味がある、『RWBY』シリーズのテーマ
――ワイスが持っている、いわゆる差別意識、ファウナスに対する距離感も『RWBY 氷雪帝国』では描かれていきます。こういった描写を正面から描くところも『RWBY』シリーズらしいところですね。
日笠:そうですね。おっしゃられたとおり、海外で生まれた作品だからこそ、そういう描写があるのかもしれないなと感じていました。今回、日本で『RWBY 氷雪帝国』を作るときに、そういう描写をカットするという判断もありえたと思うんです。でも、今回、そういう判断をすることなく、正面から憎しみと悲しみを描いてくださった。それがありがたかったですね。
ワイスには彼女なりの憎しみがあり、ブレイクには彼女なりの憎しみがある。同時に、そこにはお互いに悲しみもある。ワイスのお父さんがやったこと、ワイスの一族がやったことを、ワイスの世代がつぐなうべきなのか。誰かが断ち切らないと、憎しみが憎しみを呼んで、さらに別の誰かの憎しみを呼んでしまう。そういう状況を、女の子たちを通じて描くからこそ、深みを増すところがあるんだなと私は感じていて。そういう題材をしっかりと『RWBY 氷雪帝国』で描いてくださってよかったなと。世界中の人が現在、向かい合っている問題なのかもしれません。
――ナイトメアはとり憑いた相手のオーラを吸収するグリムです。とり憑いた相手のネガティブな部分を強調した精神世界を作り上げます。もし日笠さんに、ナイトメアが宿ったらどんな夢の世界になると思いますか。
日笠:ちょっと私事で恐縮なんですけど、10年前に富士急ハイランドにロケで行ったことがあって、そのときに「戦慄迷宮 ~慈急総合病院~」っていうホラーアトラクションで撮影したんですね。でも、そのときにビビり散らかして、カメラスタッフをおいて逃げ出してしまったんですよ。それから10年が過ぎて、先日また同じ「戦慄迷宮」でロケをさせていただいたんです。もう私も成長したし、大人になったから大丈夫だろうなって思ったんですが、「戦慄迷宮」に入ったら、10年前と同じ場所で悲鳴を上げて、怖くなって逃げ出しちゃったんです。人間って変わらないなと。いや、むしろ悪化しているなって思ったんです。だから、私の悪夢が形になったらきっと「戦慄迷宮」みたいになるでしょうね(笑)。
――日笠さんの悪夢を攻略するのは、相当難度が高そうです! 最後に、今後展開していく『RWBY 氷雪帝国』の物語をどんなふうに楽しんでほしいとお考えですか。
日笠:後半の話数でワイスがある1フレーズを口にするんですけど、実はそのフレーズに、ものすごく時間をかけて収録をしたんです。監督やディレクターさんとみっちりといろいろ話をさせていただいて、スタッフのみなさんがどういう思いでこのアニメーションを作っているかという話までも伺いながら収録しました。実はアフレコスタジオではなく、歌録り用の別のスタジオで録ったんですよ。そうやって録ることができたフレーズがあるので、それをぜひ楽しみにしていただきたいです。あと、最終話のワイスの表情が本当にすばらしいんですよ。きっとみんなが好きなワイスの表情を見ることができると思いますので、そのラストまでぜひお楽しみいただけたらと思います。
取材・文=志田英邦
プロフィール
日笠陽子(ひかさ・ようこ)
主な出演作品は、TVアニメ『SHAMAN KING』麻倉葉役、『呪術廻戦』庵歌姫役、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』フレイヤ役など。
オフィシャルブログ:https://lineblog.me/hikasayoko/