「珈琲店タレーランの事件簿」10周年! シリーズを重ねた今しか書けない、驚きと企みに満ちたミステリー
公開日:2022/8/9
油断も隙もないとは、まさにこのことだろう。シリーズ10周年を迎えても停滞することなく、むしろギアを一段上げて加速。「えっ!?」と驚く読者を小気味よく抜き去っていく、実にしたたかな一作ではないか。
と、本書を紹介する前に、まずはシリーズのおさらいをしておこう。累計250万部突破の「珈琲店タレーランの事件簿」(宝島社)シリーズは、その名の通り、京都の純喫茶タレーランを舞台にしたミステリー。2012年に刊行された第1弾は岡崎琢磨さんのデビュー作でもあるため、今年はシリーズ10周年かつ岡崎さんの作家生活10周年ということになる。
珈琲店タレーランに持ち込まれる謎を解くのは、バリスタの切間美星(きりまみほし)。美星さんの名推理はもちろん、常連客・アオヤマ君との遅々として進まない関係もひとつの見どころとなっていた。だが、6巻ではついにふたりが恋人同士になり、アオヤマ君はタレーランで働き始めることに。そして、1巻と同じ8月4日に発売された8巻『珈琲店タレーランの事件簿8 願いを叶えるマキアート』では、彼らふたりがコーヒーフェスティバルでの事件に巻き込まれることとなる。
イベント運営会社の中田朝子に依頼され、平安神宮前の岡崎公園で開かれる「第1回京都コーヒーフェスティバル」に出店することになったタレーラン。このイベントは、かつて関西バリスタ大会で競った「イシ・コーヒー」など計6店舗が参加し、来場者にコーヒーを飲み比べてもらおうという趣向。来場者の投票でチャンピオンを決めるとあって、どの店も入念に準備を進めていた。
だが、やがて迎えたイベント初日、夫婦で営む「太陽珈琲」のペーパーフィルターに切れ目を入れられるという妨害事件が発生。さらに、翌日にはタレーランにも魔の手が忍び寄り……! 美星さんは、一連の事件を解決に導き、犯人を突き止めることができるだろうか。
10周年記念作とあって、3巻に登場した「イシ・コーヒー」の石井をはじめ、シリーズでおなじみの人物も登場。8巻から読み始めてもミステリーとしては十分楽しめるが、既刊で描かれたエピソードも織り交ぜられているため、シリーズを読んできた読者ほど感慨深い内容になっている。
しかも、シリーズの中でもこのタイミングでしか描けないストーリーになっているのが心憎い。ネタバレになるので詳しくは語れないが、これまで一段ずつ積み重ねてきたステップがあるからこそ、今この時にしか見えない景色を驚きをもって眺めることができる。シリーズに親しんできたファンこそ、「やられた!」感を味わえるはずだ。
岡崎さんによると、同シリーズは「ライフワークのようなもの」だという。今後の続刊にも期待せずにいられないが、まずは10年続いたこと、そして最新作が常に最高傑作を更新し続けていることを喜びたい。8巻は今この時に読んでこそ楽しみが増すので、もしシリーズを離れていた人がいるとするなら、この機を逃さず読んでほしい。
文=野本由起