ウクライナが身近になる…現地に取り残された日本人家族を描く凄惨な「実録的」小説『ウクライナにいたら戦争が始まった』
公開日:2022/8/12
まさかこんな戦争が起こるなんて思っていなかった。ロシア軍のウクライナ侵攻は世界中に大きな衝撃を与え続けている。日本人にとっても決して他人事ではいられないはずだ。だが、連日報じられる凄惨なニュースには心を痛めつつも、どこか遠い国での出来事のように感じてしまっている人は少なくないのではないだろうか。
そんな人に読んでほしいのが、『ウクライナにいたら戦争が始まった』(KADOKAWA)。時代の変化をいち早く作品に取り入れてきた松岡圭祐氏による「実録的」小説だ。突如戦場に変わった市街地で、日本の女子高生が目の当たりにした現実。この物語は、ウクライナで起きている事態を、私たち日本人にとっても起こりうる問題として眼前へと描き出していく。
主人公は、福島県南相馬市出身の17歳、瀬里琉唯(るい)。単身赴任中の父に会うため、彼女は、母と妹とともにウクライナを訪れた。滞在期間はビザが不要な3カ月弱。高校3年生になる春までの間、琉唯はキエフ(キーウ)郊外・ブチャの外国人学校のほか、日本語補習授業校に通う予定だった。
ブチャという町について、琉唯の父親は「福島でいえば相馬市」だと説明する。異国暮らしに身構えていた琉唯も、故郷と似た景色に、田舎はどこの国でも同じなのだと次第に安らぎを感じ始めていた。ブチャには平和しかないし、重大犯罪など起きようもない。スリの心配があるキエフより安心だし、自然災害ばかりの日本よりも安全かもしれない。人が少ない分、コロナ禍で密にならずに済むとさえ感じていた。だが、事態は突然変化する。ある日、ロシアによる侵攻が近いとのニュースが流れ、一家は慌ただしく帰国の準備を始めることに。しかし、新型コロナウイルスの影響で一家は自宅から出ることができない。ネットも通じなければ、テレビもうつらない。事情のよくわからない国での孤立、真偽がさだかでないニュース…。取り残された家族に悪夢のような現実が襲いかかってくる。
平和だったはずの町の変化には誰もがゾッとさせられるだろう。断続的に襲う揺れと轟音。その頻度は徐々に増していき、震動も強くなっていく。福島出身の琉唯は東日本大震災の余震を思い出すが、今起きている事態は人災そのものだということに愕然とする。そして、ブチャの町は琉唯の目の前で一瞬にして戦場と化してしまった。空に閃光が走り、民家の屋根が吹き飛ぶ。押し寄せる熱風と、薬品のような強烈な異臭、視界を遮る砂埃、骨の髄まで揺さぶられるけたたましい騒音、焼けるような喉のひりつき。子連れだろうがお構いなしに、防寒着姿の市民に銃弾が見舞われ、被弾するたび血飛沫があがる。そんな惨状を琉唯は目の当たりにすることになる。
松岡氏は、この物語を作るにあたって、「状況と日時、各事態の発生場所に関し、現在までの情報を可能な限り網羅し、また帰国者の証言などを併せ、できるだけ正確を期した」という。だからこそ、この物語には恐ろしいほどのリアリティがある。突然起こった戦争の生々しい描写には誰もが息を呑むだろう。
いまになってわかる。震災と同じだった。いつでも起こりうることだ。戦争は過去になっていない。ずっと地上のどこかでつづいている。
この物語は、ウクライナで起きている悲劇は決して他人事ではないことを教えてくれる。残念ながら、戦争は過去のことではないし、平和は当たり前ではない。いつ突然何が起こるのかは誰にも分からないのだ。読めば、遠い国のことと捉えていたウクライナのニュースが突然身近になる。一人ひとりがウクライナで起きていることを今一度考えるために、この本を読むべきではないだろうか。これは、私たち日本人の誰にとっても突然起こりうる問題。決して目を背けてはいけない物語だ。
文=アサトーミナミ