スパイ容疑で取調べは当たり前。61歳の報道カメラマン・宮嶋茂樹氏が見た! 報道されない戦地ウクライナの実情
公開日:2022/8/15
いまも戦火が続くウクライナ。3月上旬、日本のメディアが現地入りを躊躇する中、不肖・宮嶋こと報道カメラマンの宮嶋茂樹さんはいちはやく現地入りし、文春オンラインで緊迫する戦地の様子をウクライナから送り続けた。このほどその貴重な記録が『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』(文藝春秋)として出版された。戦争の真実、そして報道カメラマンという仕事について、さまざまにお聞きした。
(取材・文=荒井理恵)
目を背けずに見てほしい現実
――目を背けてはいけないという強い意志を感じて、一気に読みました。
宮嶋茂樹氏(以下、宮嶋) ありがとうございます。新聞やTVでは報道できない写真だからこそ見てほしいものですね。
――もともと文春オンラインで連載されていたわけですが、記事のアップ日を見ると取材からそんなに間がなく。どのように進められたんですか?
宮嶋 幸か不幸か3月上旬の一番危なかった頃のウクライナに入れたんですが、そのときは首都・キーウに外出禁止令が出ていたんですね。どうせ外に出られないんだったらということで、その間に根を詰めて書きましたね。
――書いている間も砲撃の音とか聞こえてくるんですか?
宮嶋 3月中旬は砲撃音よりライフルのパラパラという乾いた音でしたね。誰も外を歩いていないので、ちょっとでも動くものを見たらナーバスになって撃つんです。電気をつけていたら標的になるんで「なにしとんじゃー。早く消せ」ってホテルのスタッフも飛んできますし。お酒も売ってないんで、お酒を飲まないのがこんなに健康的でいいというのがよくわかりました(笑)。
――こうした生の情報を届けてくださるのはすごくありがたいことです。大手メディアもいなかったということですし。
宮嶋 プロの強みは、感情的にならず冷静に見られる、割と集中的に「ここだ」というところを取材できるので広く浅く、ときには深くと微妙なバランスをとれることでしょうか。私の場合はプロといっても写真ですので「こういう見せ方をしよう」と考えながら撮ることですかね。
――思わず目を背けたくなるような現実の前でも、ですか?
宮嶋 そこはやっぱり冷静に見ていますね。被写体のひとつということで割り切って、計算しながら撮っています。たとえばブチャの戦争犯罪の現場を撮った時は、被害者が女性だとわかりやすいように工夫したり、世界中のジャーナリストを背景に一列にならべてみたり、フォーカスのあわせ方とか、そうしたことを冷静に考えていますね。同業のカメラマンが「感情をコントロールするのが大事だ」って言ってますが、まさに喜怒哀楽をうまくコントロールしながらやるのがこの仕事だと思います。ただ今回、ほかの現場と違ったのは、イラクやコソボでは向かって来るのがNATO軍や米軍で、彼らは混乱も招きましたが「解放軍」だったのに対して、今回は行く前から来るのは強い方でしかも「侵略軍」なわけで、そこは非常に怖かったですね。
スパイ容疑で取り調べられたことも
――ロシアの情報操作が問題になっていましたが、正しい情報を見極めるのもプロには大事ですよね。
宮嶋 とはいえウクライナが言っていることを一方的に信用するのも危険ですし、ロシアが言ってることもまともなことがあるかもしれないということで、そのへんの天秤感覚は難しいところでしたね。ただ今回に限っては、どちらを信じるかといえばやっぱり目の前に見えるもの(ウクライナ側)なわけで、相手(ロシア側)はいきなり他人の家に入ってきたんですから。ウクライナでの取材は絶対撮るなというものはありましたが、たとえばブチャで「ロシアじゃなくウクライナ軍が殺した」とかいう地元の人を取材してても取材を止められることはありませんでした。一方のロシアでは「軍に関するフェイクニュースを流すと禁錮15年」で、しかもフェイクかどうか決めるのは当局ですからね。ただ、私も体験しましたが、ウクライナでまともに取材しているカメラマンは、少なくとも1回はスパイ容疑をかけられるというのはありましたね。
――どう調べられるんですか?
宮嶋 私の場合は子どもが遊んでいない公園を撮っていたら捕まりました。どこかにまずいものがあったのかもしれませんけど、そのまま警察に連れていかれて、建物の中が見えないように黒い袋を頭からかぶせられて手をひっぱられて。カメラの中はもちろんですけど、スマホの画像もみんな見られました。飯の写真に「なんでマヨネーズをいつもかけるんだ」と言われたり、お気に入りで入れてあった自衛隊の戦車の射撃訓練シーンを「なんでロシア軍の写真を持ってるんだ」と言われたりとかでしたが、結構大変でしたよ。どこだかわからないところで怖かったのですが、メディアの大小にかかわらずほとんどの人がやられてたので、はしかみたいなもんかってそこは覚悟しました。
――前線とかにも行かれるわけですが、本に書けない苦労話とかは?
宮嶋 実際本のとおりで、書けなかったことといったら、こっそり水のペットボトルにウォッカを持っていったことですかね(笑)。2ヶ月以上ウクライナにいましたが、ほんとの前線っていったら8時間。前線といってもそこらへんで銃を撃ち打ち合っているということではなくて、距離をとってずっとにらみあってる状態がほとんどですね。ただ私は8時間でもラッキーだったと思います。ほとんどが待機だったりもしますが、私たちの仕事は待つのも仕事ですからね。
――ドローン防衛戦の最前線ルポも凄かったです。
宮嶋 第一次大戦の戦車やら毒ガスやらからはじまって、今はドローンが戦場を支配するようになって。こんな時代が来るなんて誰も想像できなかったと思います。私が取材したのは偵察型ドローン部隊でしたが、ほかにも攻撃型とか自爆型とか、地雷をまくドローンもある。空中戦もドローン同士であるでしょうね。ほんと映画じゃないけど、AIに支配されるような時代になるかもしれないですよね。我々のイメージでは人間の代わりに機械が戦争する、でしたが、機械の代わりに我々人間が使われる、みたいなね。
日本は危機管理が足りない!?
――ロシア相手に抵抗を続けるウクライナ。行ってみて彼らのたくましさは何から生まれてくると思われましたか?
宮嶋 やっぱり「恨み」の文化というのがあると思うんです。実はウクライナはナチス時代のドイツに侵略されてもいるんですが、そのあとのソ連時代の方が長くて、みんなナチスよりロシアが嫌いって言うんですよね。今回、戦意が落ちないのは、二度とロシアの支配は嫌だという怒りがあると思います。怒りの発し方にもセンスがあって、ウクライナは静かに反対の意志を示すんですが、ほんとうに強い人たちというのはそうなのかもしれません。イラク戦争前は強敵だと言われていたイラク共和国防衛隊が意外と脆かったですし、北朝鮮とか中国とか軍事パレードしてカメラの前で強がってる人たちというのは意外と脆いような気がします。本当に強い軍隊というのは表に出てきませんから。
――本の中では「日本人、ぼやぼやしてるな」的なことも書かれてましたね。どんな点が足りないと思われましたか?
宮嶋 危機管理ですね。日本とロシアとの間は海を隔てているとはいえ、国後島との間は17キロです。ロシアは核を持ってますし、同じく隣国である中国も北朝鮮も核を持っています。しかもどの国とも親しいというより敵対している。ウクライナの人は当初みんな陸路で逃げましたけど、日本はそうはいかない。真っ先に空港施設をやられたら、じゃあどう逃げるかってなるでしょう。なんでも「話し合いで解決しましょう」と言いますが、ロシアはそれが通用する相手じゃないっていう現実を目の当たりにしてもまだそう言っていたり、防衛装備にもまったく無関心だったり…。あとは食料ですよね。食料自給率は、戦前の日本より少ないので、もしなんかあったらあっという間。一月経たずに餓死者が出るレベルでしょう。
――ほんとにそれぞれが考えていかなければいけないですよね…。
宮嶋 あとひとつ言っておきたいのは、あっちでは新型コロナ、まったく無視なんですよ。毎日何人ロシア軍に殺されたかって数字は発表しますが、何人感染したかなんて一秒も放送しませんから。
どうせ行くなら究極の現場へ
――それにしても宮嶋さんは、何に惹きつけられて、ものすごい火事場みたいなところに飛び込んでいかれるのでしょう。
宮嶋 僕は高校時代からこういう世界に憧れてたんですよね。どうせ行くなら人が命のやり取りをする究極の現場だろうと。もちろん功名心もありますし、うまくいけばすごい報酬を得ることができるとか総合的に考えてね。あとは、やっぱり現場の魅力でしょうね。言葉は悪いですけど、ひとつの独裁政権が壊れる時なんかを目の前にすると、オリンピックなんてもう小学校の運動会レベルでね。それを一回見てしまうと抜けられなくなる。
――なるほど。受け手は写真からメッセージ性みたいなものを読み取りますが、撮る側の現場間はもっと「ドライ」というかなんというか…。
宮嶋 私の場合は基本的に見る人に任せるんで、愛と平和とかそういうのをこめるのはイヤなんですよ。どっちが悪いのかはあなたが判断してください、だから目を背けるなっていう。実際、見る人によって全然違ったりもしますし、能書きは書かなくても、戦争の写真撮ってるんだから平和が大事に決まってんだろうっていう。
――今回、最初は行く気がなかったともありましたが。
宮嶋 腐れ縁の新聞社のカメラマンからケツを叩かれるようにして行ったんですが、彼も行きたかったんで、社を説得する理由として「フリーも行ってますよ」がほしかったんだと思います。最初は不安でしたよ。不安は危ないという意味でもそうなんですが、ビジネス的にも今から行って何が撮れるのかと。みんな「すぐにロシアが占領するだろう」と思ってましたからね。そうなったらお金はかかるわ、何も撮れない可能性もあるわ、と。
――費用というのは自分で用立てしていくんですか?
宮嶋 今回はいろいろでしたが、基本的には自費で行って、撮ったものをいろんなメディアに見せて売る。あるいは連載があれば、少し多めに出してもらえないか交渉するとか。
――なるほど。ちょっと賭けみたいなところはあるんですね。
宮嶋 そうですね。ただお金もそうですけど、プロである以上はやっぱり発表しないことには。発表するところがないとただの観光になっちゃいますから。そこはお金を抜きにしてがんばりますね。
「無関心」ではいてほしくない
――現場には年配者も多いとのことですが、こういう世界に若い人に飛び込んでほしいと思われますか?
宮嶋 いや、まったく逆ですね。「来んな!」と(笑)。脅威であり嫉妬であり。まあ冗談ですけど、半分本気です。とはいえ仕事としては若い人向きですよ。やっぱりフットワークの軽さとか動きが違いますから、どんどん出てきてほしいとは思います。ただ、若いだけに無駄な動きも多い。その点、私たちが今も残っている理由は「要領の良さ」でしょうね。
――恐怖感はキャリアを重ねるごとに変わってきましたか?
宮嶋 最初の頃は、恐怖はまったくなかったんです。私が20代の時って、まだベトナム世代の先輩が多くてみんな自慢するんですよね。成田闘争なんかもあった時も、すごく痛い目にあい凄かったと報告しても全否定されるんです。「そんなことベトナムと比べたらたいしたことない」と。なのでそんなおっさんらを見返したいと思っていて、弾がひゅんひゅん飛んでるとこも全然怖くなかった。それが家庭ができたり、年をとったりして、段々言い訳を考えて、行かないようになったりとか…。
――被写体から罵声をあびることもある仕事ですよね。
宮嶋 ものすごいですよ、ほんと。殺されるんじゃないかってくらい。ほんとに辛いですけど、こういう仕事してれば、多かれ少なかれ、誰にでもあることなんで、そこはしょうがないと思いますね。イルピンではちょっとほんとにまずい感じで逃げ出したりしましたけど、そこは程度問題ですね。よくきれいごとを言う人もいますけど、私は「ジャーナリストは嘘をつかない」とか「真摯に向き合えばわかってもらえる」みたいなことを言うつもりはまったくないし、時には嘘もつきますよ。知ってることを知らないって言ったり、知らないことを知ったかぶりしたり。そういう駆け引きも当然しますし、撮るなってところでも発表する価値があるなら撮ることだってある。隠し撮りもあります。我々の商売はそんなもんです。戦争の現場にのこのこ行くわけですから、彼らにしたら「なんだこいつ」ですからね。それは当然ですよね。
――そのタフさみたいなものってどこから来るんでしょうね。
宮嶋 クラフトマンシップでしょうね。ガキの時からカメラに親しんで、4年間大学で写真を専攻して、社会人になってからもカメラとずっとつきあってきて。やっぱりそこはクラフトマンシップ、職人気質でしょうね。ライバルがいるなら負けたくないし、それは人間として当たり前というか、どの人も同じだと思います。
――そしてもう行かないといったウクライナにはすでに2回。また行かれるつもりだそうですね。
宮嶋 ウクライナは行きますね。別の紛争地となるとわかりませんが、ただ状況に応じて、使い勝手によってはこんな老兵にもやることがあるなら行きたいなとは思います。40代くらいの時には「50で引退だな」とか言ってたのに50になり、55で引退をのばし、今61なんで。まるで大仁田厚ですね(笑)。
――(笑)。最後に本書を通じて、読者に伝えたいことをお願いします。
宮嶋 「無関心」でいないでほしいですね。国際社会が無関心だとシリアみたいになってしまいます。国力の圧倒的な差がありますから、ロシアのやりたい放題でウクライナが追い詰められていってしまいます。そこは忘れないでいただきたい。今も爆撃は続いていて、他人事じゃないということをぜひ伝えたいですね。
不肖・宮嶋、2度のウクライナ取材の記録
東京拘置所に収監中の麻原彰晃の姿をとらえるなど、数々のスクープ写真で知られる不肖・宮嶋こと宮嶋茂樹さん。戦場カメラマンとして、これまでイラク、アフガニスタン、コソボなど多くの紛争地を取材してきました。その不肖・宮嶋が3月初旬から4月中旬、5月中旬から6月まで、これまで2回、戦下のウクライナを訪れた際の記録が、8月10 日に発売される『ウクライナ戦記 不肖・宮嶋 最後の戦場』(1,980円)。写真も満載です。
「怖い……今度こそ帰ってこれないかもしれん」 これまで数多の戦場を撮影してきた不肖・宮嶋が漏らしたこの一言からも、ウクライナの現場の厳しさが伝わります。リビウからキーウ、そしてハルキウに入り、ウクライナ軍の最前線、そしてウクライナの住む人々を撮影しました。テレビでは伝えてられないウクライナの現状をとくとご覧ください。