『元彼の遺言状』『競争の番人』著者最新作! 戸籍で先祖を辿る? ファミリーヒストリーを追う探偵小説の新機軸

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/2

先祖探偵
先祖探偵』(新川帆立/角川春樹事務所)

 どんな生い立ちだとしても、誰にだって父母がいるし、先祖がいる。血筋を辿れば、思いがけない繋がりが見えてくる。それを知ることは、自分という人間を知る第一歩。自分は何者なのか。ルーツはどこにあるのか。もしかしたらそんな問いに答えるヒントを与えてくれるかもしれない。

先祖探偵』(新川帆立/角川春樹事務所)は、依頼人の先祖を調査する一風変わった探偵を描き出すミステリー小説だ。著者は、『元彼の遺言状』や『競争の番人』で話題の新川帆立氏。先祖を調査する上で鍵となるのが、戸籍の存在だ。戸籍の調査と聞くともしかしたら少々地味な印象を受けるかもしれないが、この物語で戸籍をもとにひもとかれていくのはあまりにも鮮やかな人間ドラマだ。次々と明らかになる人と人との繋がり。思いがけない事実。過去を辿るにつれて、今を生きる人たちの人生が動き出すこの作品には、生き生きとした人間の営みがある。

 主人公は「先祖探偵」として東京・谷中の路地裏に事務所を構える邑楽風子(おうらふうこ)。依頼人のご先祖様を調査する彼女のもとには、あらゆる依頼が舞い込んでくる。自分の先祖は有名な武将だと思い込んでいる男性や、曾祖父を探してほしいというサラリーマン、夏休みの課題で先祖を調べたいという女子中学生、息子の病は先祖の祟りではないかという母親…。お気楽な依頼から切実な依頼まで、その内容はさまざまだ。風子は、戸籍を読み解き、現地での聞き込み調査を進めることで、依頼人のルーツ、ファミリーヒストリーを詳らかにしていく。そして、顔さえ知らないはるか昔の先祖の暮らしぶり、生き様は、その子孫たちの心を救っていく。

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 多くの人にとって、戸籍を意識する機会は少ないだろう。だが、この物語を読んでいると、自分の戸籍が気になるとともに、自分の先祖にはどんな人がいるのだろうという興味が出てくる。そして、そんな好奇心とともに戸籍と向き合える自分は恵まれているのかもしれないとも気付かされる。幽霊戸籍や棄民戸籍、棄児戸籍、無戸籍…。この物語では戸籍をめぐる社会的な問題についても触れられていくのだ。

「先祖調査」を生業とする風子もまた、自身の戸籍に悩み、誰よりも自分のルーツを知りたいと思っている人間の一人だ。幼い頃、母親から捨てられ、施設で暮らしてきた彼女は、母親と再会できる日を20年以上が経った今でも夢見ている。母親は、風子と別れる前「名前も住んでいる場所も全て忘れなさい。何を聞かれても『分からない』と答えなさい」と告げ、姿を消した。言われるがまま、元の名前も暮らしていた場所も忘れてしまった彼女には、もう母親を探す術はないのだろうか。だが、クライマックスにかけて、風子のルーツ、母親の言葉の意味が明かされていく。

 これまで風子は、人は孤独なのが当たり前だと思っていた。どんなに友達がいても、家族がいても、一人同士が寄り添っているにすぎない。そう考えていた。
だが孤独であることは、どだい無理なのかもしれない。人の縁の中でしか人は生まれないし、生まれた瞬間から人の縁に組み込まれる。それは鬱陶しい蜘蛛の巣のようでもあり、大海に投げ出された救助ロープのようでもある。

 悲惨な生い立ちだったとしても、今どんなに孤独を感じていたとしても、私たちは決して一人ではない。私たちは一人ではこの世界に誕生しえなかった。人と人との繋がりが私たちをこの世界に生み出してくれた。この物語はそんな当たり前の事実を気付かせてくれる。読後、心が温かいもので満たされるこの物語はきっとあなたのことも勇気づけてくれるに違いない。戸籍を中心にすえた探偵小説の新機軸をぜひともあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ