フィルターバブルもエコーチェンバーも嘘っぱち? SNSでは「分断しているように見える」だけなのか?
公開日:2022/8/30
ソーシャルメディアは人々を感情的にし、「見たいものだけを見る」というフィルターバブルや、自分と同じ意見の人との呼応によってエコーチェンバーを生じさせ、意見の異なる人たち同士の対話を不可能にし、分断を引き起こしている――という「通説」がある。
これに対して「違うんじゃないの?」と再考を促すのがクリス・ベイル氏の『ソーシャルメディア・プリズム SNSはなぜヒトを過激にするのか?』(みすず書房)だ。
著者はデューク大学社会学および公共政策教授であり、ソーシャルメディアのデータを計算社会科学の手法を用いて研究している。
全体の数%しかいないアクティブで攻撃的な人が大量に書き込むことによって、そうではないタイプの穏健・中庸な人たちはそれらを見てうんざりし、また、そういう人たちに絡まれると疲弊するので、沈黙してしまう。
結果、分断が実際に加速化しているというより、穏健派が不可視になる一方で極端な意見同士が煽り合うことによって「分断しているように見える」――というのが、多数の調査や取材をもとに導き出したベイル氏の主張である。
実はこの結論は、日本でネット炎上に関してやはり定量的に調査・分析している計量経済学者の田中辰雄・慶應義塾大学経済学部教授が『ネット分断への処方箋』などで示していることと近い。
『ネット分断への処方箋』では、ネットへの書き込みが過去1年以内に60回を超える人は全体の0.23%だが、この60回以上書き込んでいる人の書き込みがネットへの書き込み全体の50%を占めており、過去に炎上に参加したことがある人は全体の1.79%、ネットで政治争点について意見表明する人の数は過去1年に限ると2~3%しかいない、と示す。
こうしたラウドマイノリティがいくらでも発信できるがゆえに、ネットは荒れて見える。また、実際、意見の異なる相手の主張を理解しながら丁寧に議論を展開しようとすると両極から感情的に攻撃されるため、そういう人たちは撤退していく。
ベイル氏と田中氏の分析結果にはほかにも共通点がある。
「SNS上では異なる意見も目に入る構造になっており、実はエコーチェンバーは言うほど起こっていない」
「時系列で追うと、SNSを使い始めた人がそれよりも以前と比べて過激になる・攻撃的になるといった傾向はほぼ見られない」などだ。
国民性もメディア環境も異なる日本とアメリカで、相互に独立して行われた調査から似たような分析結果が出てくるということは、かなり信憑性があるように思える。
つまり『ソーシャルメディア・プリズム』に書かれているのは「SNSがヒトを過激にする」という話ではない。「もともと過激な人がSNSを使うことで過激ではない人々を黙らせ、分断が起きているように見える」ということだ。
ではどうすればいいのか?
SNSがもたらす問題に対する解決策の提案も、ベイル氏と田中氏は似ている。
SNS側の仕様を変えればいい、というものだ。
たしかに「人間がSNSによって変えられてしまう」わけではないのだから、大量の攻撃的な書き込みを抑制するか、見えない(言われた側に届かない)ようになれば、ネット上の言論はマシになるだろう。
実際Twitterにはクソリプ防止機能が付き、日本でも荒れ放題だったYahoo!ニュースのコメント欄にもようやくメスが入り始めた。
『ソーシャルメディア・プリズム』ではSNSにまつわるクリシェを覆す分析が読めると同時に、「ネットの言論空間から居心地の悪さが少しずつ取り除かれていくのかもしれない」という希望を持たせてくれる。
文=飯田一史