「叱る」ことは相手のためになるのか? を脳科学の視点で考察する一冊

暮らし

公開日:2022/8/19

<叱る依存>が止まらない
<叱る依存>が止まらない』(村中直人/紀伊國屋書店)

 親や先生に理不尽に叱られたことをいまだに覚えていたり、自分が誰かを叱りすぎて後になって反省したり。本書『〈叱る依存〉が止まらない』(村中直人/紀伊國屋書店)は、そんな多くの人にとって身近な、“叱る”という行為に着目した一冊です。

 また、身近な行為だからこそ、本書のタイトル〈叱る依存〉という言葉にドキッとした人も多いのでは。現在目下子育て中の筆者もその一人で、夏休み中絶え間なく続く兄弟ゲンカをつい強く叱ってしまい、夜になって反省する日々を過ごしています。本書では臨床心理士・公認心理師である著者・村中直人さんが“人はなぜ相手を叱ってしまうのか”というそもそもの理由を追求。また“叱る側と叱られた側に起きる脳の反応を解説する”という脳科学的な視点から、“叱る”という行為がお互いにもたらす影響について伝えます。

なぜ人は相手を「叱る」のか?

 そもそもなぜ人は相手を叱るのでしょうか? それについて本書は、「叱る」という行動の中には、“相手に変わってほしい”という願いがある、つまり「叱る」=相手を変えるための行為であると解説します。確かに子どもが誰かを叩いたとき、部下が仕事でミスをしたときなど、叱るときには「あなたが取った行動は良くないことであるから、もうしないでほしい(=その行動を取らない人間になってほしい)」という願いがあります。そうなると、自分の権力が及ばない相手を「変えよう」と思う人はまずいないため、叱る側は相手が自分の権力下にあると考えている。つまり「叱る」というのは権力の行使であると著者は指摘。この指摘には、「自分は権力を振りかざして子どもを叱っているのかも」とハッとさせられました。

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「叱る」に効果はあるのか

 では人を叱ることで、相手は本当に変化するのでしょうか? 結論から言うと、答えは「NO」だそう。叱られた場合、叱られた側の脳の中では扁桃体や島皮質など「防御システム」と呼ばれる分野が活性化し、野生動物の場合の「戦うか、逃げるか」にあたる二択の判断を迫られる状態になります。それは危機回避、つまり今叱られている状態からどう脱するかという判断をするだけで、自分の行動を振り返ったり、今後の行動について考えたりする脳の領域とは全く異なるとのこと。近年の研究では、扁桃体が過度に活性化するようなストレス状況は、逆に知的な活動に重要だと考えられている脳の部位(前頭前野)の活動を低下させるとすら言われているのです。

「叱る」依存から抜けられない社会

 そんなことがわかってきたおかげか、近年虐待やパワハラなど、主に上下関係の中で生まれる暴力には名前がつけられ、社会的に厳しい目が向けられています。しかしその反面、例えば子育ての場面では、スーパーやレストランで騒ぐ子どもをほったらかしにしておくと「親のしつけがなっていない」と憤る人がいるのも事実。私も公共の場で子どもが騒ぐと、周囲から「ダメな親」と思われないように必要以上に子どもを叱ってしまうこともありました。また本書では、少年法の厳罰化や、先進諸国に比べて薬物中毒者への罪が重いこと(海外では罪として裁くのではなく、再発防止の治療につなげる考え方が注目されているそうです)などを挙げ、社会全体が叱る・罰するという行為に重きを置きすぎている現状も指摘します。

 ちなみに私が本書の中でもっとも心に残ったのは、「人はみな、“誰かに罰を与えたい”という感情を持っている」という言説。確かにSNSでのバッシングや勧善懲悪物語の人気を考えるとそれも頷けます。本書の最終章ではそれを認めた上で、どうしたら「叱る」を手放すことができるのかをレクチャー。

 すぐに「叱る」を手放すことができなくても、この本を読んで「叱る」を自分がいかに過信・多用してきたかがわかれば、それが問題解決の糸口になる。そんな一冊です。

文=原智香