辻村深月氏、最新作『嘘つきジェンガ』で3つの“詐欺”を描く。一線を越えたら戻れない、嘘にすがりついてしまう人間の哀しみ
更新日:2022/8/25
自己肯定感は高すぎても低すぎてもしんどいけれど、たいていの人は、多かれ少なかれそのどちらかに寄っている。自分なんかどうせ、と卑屈になったり、どうして自分がこんな目に、と憤ったり、その繰り返しで生きている。その隙間に滑り込んで、甘い言葉で囁きかけてくるのが詐欺師だ。辻村深月さんの最新作『嘘つきジェンガ』(文藝春秋)は、ほんのちょっとの揺らぎを突かれてしまった人たちを描いた三編を収録している。
第一話「2020年のロマンス詐欺」の主人公・耀太は、緊急事態宣言が発令された2020年の4月に大学1年生となり、友達をつくることもできず、東京でひとりぼっち。飲食店を営む両親からの仕送りも減り、生活費を稼ぐためにバイトしなくてはならないのに、雇ってくれるところもない。そんな彼に手を差し伸べたのが、地元の幼なじみ。与えられたリストの人物にメールを送るだけでお金がもらえるというバイトの紹介だった。
メールをするだけだから犯罪じゃないという言葉に乗せられ、バイトを始める耀太は、やがて取り返しのつかない場所まで足を踏み入れてしまうのだが、〈ひっかかりやすい人リスト〉なるものと、偽のプロフィールをSNSアカウントつきで与えられた彼が、本当に何も気づいていなかったはずがない。自分は特別だと信じたがっている、ひっかかりやすい人たちに呆れながら、自分だけは安全圏にいると信じていた耀太もまた同じ穴のムジナだ。
第二話「五年目の受験詐欺」の主人公は、次男の中学受験の際、いわゆる裏口入学の紹介料を支払ってしまった母親の多佳子。第三話「あの人のサロン詐欺」の主人公は、憧れのマンガ原作者になりきって、十年間、ファン向けオンラインサロンで生計をたてていた“子供部屋おばさん”の紡。両親に心配をかけたくない一心だった耀太や、息子の幸せを思うあまり追い詰められた多佳子と違い、紡は完全に騙す側。肥大化した自尊心を慰めるために始めた彼女には、正直、同情する余地は少ない。……けれど、わかる、とも思ってしまう。本当は、マンガやアニメに夢中な自分を馬鹿にする周囲を、ありのままの自分で成功し、見返したかった。でも現実には、どう頑張っても、才能のない自分から抜け出すことはできない。だから、自分ではない誰かになりかわり、夢の中を生きることで、どうにか生き延びようとした。その切実さは、理解できてしまうのだ。
もちろん、理解できるからといって、普通はやらない。だけどまわりが勝手に勘違いして、なりかわるためのお膳立てが自然と整ってしまったとき、その道を絶対に選ばないと言える強さを、自分は果たして持っているだろうか、と思う。
「こんなに愚かだと思わなかった」と、百万円を支払った多佳子に、夫は言う。確かに、安易に現実を一発逆転させてしまおうとしたその瞬間の判断は、愚かだったかもしれない。けれどそれ以上に、彼らは、他の選択肢が目に入らないほどに追い詰められて、孤独だった。誰かに「あなたは特別で、選ばれた人間だから大丈夫」と言ってもらいたかったのだ。
それはきっと、騙す側も騙される側も、変わらない。もしかしたら読み手である、私たちもまた。
文=立花もも