一瞬たりとも油断できない! 密林の脅威に殺人事件、クセの強い登場人物…エンタメ感満載の冒険サバイバル小説

文芸・カルチャー

更新日:2022/8/29

ロスト・スピーシーズ
ロスト・スピーシーズ』(下村敦史/KADOKAWA)

 ときには地に足の着いた、それでいてスケール感の大きい小説を読みたい。そんな気分にうってつけなのが下村敦史氏の『ロスト・スピーシーズ』(KADOKAWA)だ。

 まずプロローグからして、舞台はブラジル北部。登場するのは金の採掘に明け暮れる、荒くれ者の男たちだ。そのうちのひとり、ロドリゲスが出会ったクリフォードという男。アメリカの大手製薬会社に勤める彼は、南米アマゾンの奥地に向かうチームのボディガードを探していた。目的は、〈奇跡の百合(ミラクル・リリー)〉。かつて〈ロシアの秘密〉とも呼ばれた不老不死の妙薬パフィアの新種で、まるで白百合のような花を咲かせることから名付けられた。さらに根から抽出される成分には、がんの特効薬を生み出せる可能性があるという、幻の植物。植物研究者の三浦も、クリフォードのオファーを受けてチームに参加することになるのだが……。

 どうやら三浦には〈奇跡の百合〉とは別のところに、隠された目的があるらしい。情報を求めてスラム街に住む物知りの老人を訪ねてみたらば、すでに何者かに殺されていた。さらに、三浦の手帳を狙う謎の男たちに襲われ、出航した船まで追われるはめに。別の理由で追われる身となった植物ハンターのデニス、強引にチームに加わった環境問題を学ぶ女子大生ジュリアとあわせて計5人、腹に一物も二物も抱えていそうなメンバーばかり。獰猛な獣にいつ襲われるとも限らない、密林の脅威と戦うだけでも命がけなのに、それぞれが抱える秘密が露見するにつれ、新たな殺人事件にも巻き込まれていく。まさに息つく暇もない怒涛の展開が続き、ページをめくる手が止められない。

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 密林には、セリンゲイロと呼ばれる人たちが住んでいる。木から抽出したゴムの原料で生計を立てている彼らのなかにも、日本人がいた。10歳の息子をひとり育てる、高橋という男である。戦後の移民政策で、ブラジルへと渡った両親とともに、森で暮らすことになった彼は、緑の地獄のとらわれ人となった。夢見た新天地などどこにもなく困窮していた子ども時代、同じく移民である男が放った〈希望は苦しみの種だべ。育てても何にもならね。諦めたほうが楽なこともある〉という言葉は、重々しく響く。三浦たちだけじゃない。〈騙されることにうんざりしてる〉という言葉を漏らすほど、裏切られ続けた歴史をもつセリンゲイロの人々。子どもはみんな犯罪者だとみなされ警察から暴力をふるわれる場所で育ったジュリア。軽々しく希望なんて口にできない、夢を見ることなんてできない重たい背景を背負って、みな、密林の大地を踏みしめている。

 三浦たちが遭遇する事件はすべて、憎悪や絶望、悲しみといった負の感情が、長い年月をかけて複雑に紡ぎあげられた結果だ。遠いブラジルで、あるいは密林の奥地で起きることだから、読者である私たちには関係ない、とも言えない。私たち自身が背負う歴史も、かの地にしっかりと根付き、今なお繋がっている。そうして、今また新たに起きようとしている負の連鎖を止めるため、三浦たちは目の前の現実に挑むのだ。

 命がけの冒険サバイバル小説でありながら、サスペンスでもあり、大河小説でもある本作。重厚感のある怒涛の展開に、一気読み必至である。

文=立花もも