ミッフィーの生みの親、ディック・ブルーナの仕事の流儀
公開日:2022/9/3
世界中で愛され続けているミッフィーの作者、ディック・ブルーナ。この度復刊された『ディック・ブルーナ 永遠のデザインとことば』(KADOKAWA)はそんな彼の哲学や絵本づくりへのこだわりが詰まった至極の1冊だ。今回は、特に印象的だった彼の制作秘話を本書から抜粋してお届けする。
手描きの線は「心の震え」
コンピューターの時代がやってきて、それがいかに便利な道具であるかを力説されても手描きの線にこだわり続けたというブルーナさん。
手描きの線はわずかな心の迷いも映し出されてしまうため、納得のいく線を描くことは簡単なことではない。ゆっくりゆっくり筆を進めて描かれたブルーナさんの“線”は、それだけで心に温かみが灯されるようだ。
100枚以上のスケッチでこだわりを追求
手描きにこだわるブルーナスタイルは、まずトレーシングペーパーにミッフィーの絵をスケッチするところから始まる。100枚以上描いてようやく「これだ!」というミッフィーの形が見つかることもあったのだそうだ。
「ミッフィーを描くのはとても時間がかかります。それはすべてをできるだけすばらしく描きたいと思うからです」という彼が残した言葉からは並々ならぬこだわりが感じられる。
悲しみの表現にたくさんの涙は必要ない
大きな悲しみを表現する際、普通ならたくさんの涙を描いてしまいそうなところだが、ブルーナさんは違った。悲しみの大きさを表現するのに多くの涙は必要ないと考えたのだ。
この考えがよくわかるのが『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん』という絵本。おばあちゃんが亡くなり、ミッフィー(うさこちゃん)が初めておじいちゃんが泣いているのを見て衝撃を受けるという内容なのだが、おじいちゃんの涙はご覧のようにたった1粒。しかし、その悲しみの深さはひしひしと伝わってくる。
ブルーナさんが涙を描くときはいつも、最初は3粒、4粒と描いてみるものの、結局1粒だけになることが多かったそう。100粒の涙よりも1粒の涙のほうが効果的だとわかったからだそうだ。
新作執筆にはいつも緊張感を
長年ミッフィーを描き続けてきたブルーナさんでも、新作に取り掛かる際は緊張してすんなりと始めることができなかった、というからおもしろい。
いつかはやらなければいけないとわかっているのに、今やらなくてもいいことをやって、ちょっとだけ先送りにしてしまう。新作を描く際は、まずスタジオを歩き回り、鉛筆を削ったり、筆の用意をしたり…などしてからなんとか描き始めていたそうだ。
今回紹介した事柄以外にも、絵本作家になるまでの思いや家族愛にあふれた人生観など、『ディック・ブルーナ 永遠のデザインとことば』(KADOKAWA)にはブルーナさんが描き続けてきた約60年間の流儀が詰まっている。彼が生きた軌跡を辿り、ゆるぎないデザイン哲学にふれることは、私たちの明日を生きる活力源になるかもしれない。
文=宮本香菜
【プロフィール】
ディック・ブルーナ
1927年、オランダ・ユトレヒト生まれ。絵本作家、グラフィックデザイナーとして世界的に活躍。その温かみのある手描きの線、鮮やかな色使い、観る者の想像力に訴えるシンプルで大胆な構成の作品で、世界中の子どもから大人まで幅広く愛されている。約60年にわたる創作活動期間を経て、120作を超える絵本を刊行。2017年永眠。享年89歳。