TVアニメ『ユーレイデコ』とは何か?――霜山朋久監督とサイエンスSARUが描き出す、新時代のジュブナイル作品

アニメ

公開日:2022/8/29

ユーレイデコ
©ユーレイ探偵団

 ユーレイになりたい!

 SNS、メッセンジャーアプリ、ケータイ、マイナンバー、ありとあらゆるものが自分とつながっている。数十年前に比べたら、生活は多少便利になったのかもしれない。でも、そのぶん妙なストレスを感じることも増えた。メールですぐに返事を返さないと相手が不安に思うかもしれない。メッセンジャーアプリで既読無視をすると誤解を招いてしまうかもしれない。SNSを更新しないと体調を崩しているのかと疑われるかもしれない。友だちのSNSに「いいね」を付けておかないと無視しているように見えちゃうかもしれない。

 四六時中誰かに見られている。年がら年中誰かを見ている。そんな相互監視のような日々に疲れてしまうときがある。全てのネットワークからログアウトして、誰からも知られず、誰からも見られず、ひとりきりで自由に羽根を伸ばす時間があってもいいじゃないか。

©ユーレイ探偵団

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『ユーレイデコ』は、そんな自由を味わいたくなってくる作品だ。本作の舞台は情報都市トムソーヤ島。この島で暮らす人たちは、視覚情報デバイス「デコ」を装着することを義務付けられている。この「デコ」はいわばARグラスのようなもの。この島を見ると、建物や風景が色とりどり、デコラティブに飾り立てられ、さまざまな情報を知ることができる。この「デコ」はネットワークで島のシステムとつながっており、常に最新の情報に更新されているのだ。

 そして、この「デコ」を使うと、島の住人が付けた「らぶ」を数値化して見ることができる。「らぶ」とは、SNSにおける「いいね」のような評価のこと。自分にまつわる「らぶ」(島民からの評価)が集まると、島内でさまざまなサービスを受けることができるという。

 本作の世界観をたとえるならば、SNS化された相互評価社会をモチーフにしていると言えるかもしれない。島民は「デコ」を通じて、それぞれの行動に「いいね(らぶ)」を贈りあって、健全な社会を作り上げているというわけだ。TwitterやInstagramのチェックが欠かせない我々にとって、なかなか身近な世界観ということができるだろう。もしかしたら、十数年後には実現していそうな世界だ。

ユーレイデコ

ユーレイデコ

 この作品が面白いのは、「デコ」で飾られた世界と、「デコ」がない世界のふたつを描いていること。「デコ」が壊れたり、失ったり、登録ができなかったり、さまざまな事情から「デコ」を装着できない人たちは、島民として認められず、「らぶ」の恩恵を受けることができない。「デコ」を付けた島民からは見えない存在になる。でも、彼らは普通に暮らして生きている。「デコ」を持たない彼らは、自分たちのことを「ユーレイ」と呼び、住民登録がないまま、島の片隅にあるスラムで暮らしているのだ。

 ユーレイといっても、彼らは死んだあとに化けて出るような存在じゃない。死ぬどころか、生まれたことすら知られていない者たち。見えないけれどいるもの。あらかじめ存在しないもの。この物語はそんな「ユーレイ」たちの視点で描かれていくのだ。

 スラムで暮らす、ユーレイたちは元気だ。社会からはみ出したからといって、悪人や犯罪者というわけではない。「デコ」や「らぶ」の恩恵が受けられないという、暗さやネガティブさはどこにも感じられない。むしろ、彼らには「デコ」から解き放たれたことによる明るさやポジティブさがある。「デコ」に縛られていないからこそ、どこにでもいけるし、何でも見ることができる。たとえるのなら、その清々しさは、SNSやメッセンジャーアプリの束縛から解放されたときのような気分と言えるのかもしれない。

 ベリィは「ユーレイ」と名乗るハックやフィンと出会い、「デコ」では見えなかった現実を知る。見たくないものを見えなくする「デコ」から解き放たれ、見たことのない場所へ向かう。テクノロジーを介した現代のジュブナイル作品なのだ。

ユーレイデコ

ユーレイデコ

 本作を手掛けたのは『夜は短し歩けよ乙女』『犬王』を監督した湯浅政明氏と、『交響詩篇エウレカセブン』『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ) 2021』を手がけた佐藤大氏。ふたりはこのSNS的な世界観を生み出すと、『鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星』『スペース☆ダンディ』『夜は短し歩けよ乙女』『DEVILMAN crybaby』で作画監督を務め、『SUPER SHIRO』でチーフディレクターを務めた霜山朋久監督とサイエンスSARUのスタッフがカラフルで楽し気なトムソーヤ島を描いた。

 そして、本作を鮮やかに染め上げるのが音楽だ。

 音楽を担当するのは、クラムボンのミト。映画『心が叫びたがってるんだ。』(横山克と共同)や『ワンダーエッグ・プライオリティ』(DÉ DÉ MOUSEと共同)など、数多くの作品に精力的に音楽を提供しているアーティストだ。今回は彼がKOTARO SAITOとYebisu303といったアーティストたちとともにバリエーション豊かな音楽的な世界を作り上げている。作曲家、ピアニストのKOTARO SAITOはアディダスや星野リゾートなどのCM音楽などでスタイリッシュな世界を生み出すアーティスト。Yebisu303はアナログシンセサイザーのプリセット製作を担当するなど、デジタルサウンド、テクノを得意とするアーティスト。現実空間の劇伴をミトが担当し、仮想空間(劇中では「超再現空間」と呼ばれる)の音楽をKOTARO SAITOとYebisu303が担当することで、三者のアーティストとしての個性と、作品としての広がりを生み出しているのだ。

ユーレイデコ

 ユーレイになってみたい。

 SNSやメッセンジャーアプリ、ケータイやメールといったデジタルの束縛から解き放たれ、ユーレイになって自由を得てみたい。そんな自由な冒険を描いている意欲作。1800年代に記された「トムソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」がジュブナイル作品の名作と言われているように、AR技術やVR技術が当たり前となった数十年後に語り継がれ、名作と言われているときが来るかもしれない。

取材・文=志田英邦

TVアニメユーレイデコ
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