今秋、玉森裕太主演で連続ドラマ化! 心の機微に触れる、切ない医療ミステリー『祈りのカルテ 再会のセラピー』知念実希人インタビュー
公開日:2022/9/7
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』10月号からの転載になります。
医師国家試験に合格した新米医師は、2年間の臨床研修を経験することになっている。研修期間中は、内科、外科、小児科、産婦人科、救急などを数カ月ごとにローテーション。幅広い知識と技術を身につけたうえで、将来の専門科を見定めるとともに、医師にふさわしい人格を育む大切な2年間となっている。
(取材・文=野本由起 写真=You Ishii)
『祈りのカルテ』は、そんな研修医・諏訪野良太を主役に据えた医療ミステリーだ。2018年に第1弾が発売されると、患者たちが秘めた思い、彼らとの心の交流が「泣ける」と話題に。今年10月からは『祈りのカルテ 研修医の謎解き診察記録』として、玉森裕太さん(Kis-My-Ft2)主演の連続ドラマも放送される予定だ。そしてこのたび、ドラマ化に合わせて約4年半ぶりの続編が刊行される運びとなった。
「前作は5話構成でしたが、連続ドラマは全10話。それなりの専門知識がないとシナリオを作れないので、10話分のストーリー案を私が考えることになりました。せっかくだからと、それを小説にしたのが『再会のセラピー』です。ここに収めた以外に、シナリオの概要だけ書いたものもいくつかあります」
同シリーズは、各科で研修を行う諏訪野が患者と向き合い、彼らの行動に隠された事情をひもとく連作短編集。さまざまな謎を通し、患者の内面を浮き彫りにするミステリーとなっている。
「医療と本格ミステリーを組み合わせた短編は、すでに『天久鷹央の推理カルテ』シリーズで書いています。他にどんなものがいいかと考え、患者さんの心の機微を解きほぐすような医療ミステリーを思いつきました。謎解きは、患者さんが何を考えているのか解き明かす“ホワイダニット”がメイン。医療ミステリーとヒューマンドラマを掛け合わせたシリーズです」
配属される科によって、診療内容はもちろん雰囲気や先輩医師の人柄も大きく異なり、病院の裏側を覗き見するような楽しさも味わえる。
「例えば外科系は体育会系ですし、内科系は文化系。診療科によって特徴も違うので、それらを対比すれば内情を知らない方には新鮮ですし、お仕事小説のように楽しんでもらえるのではないかと思いました」
各科で起こる事件の数々 3編を貫くテーマは家族愛
今回描かれるのは、3つの診療科を舞台にした人間ドラマ。「天久鷹央の推理カルテ」シリーズに登場する医大時代の同級生・小鳥遊優、研修医の鴻ノ池舞とともに居酒屋で語らう中で、諏訪野が研修医時代のエピソードを披露するという回想形式で物語が綴られる。
最初の短編「救急夜噺」は、救命救急部が舞台。次から次へと患者が運びこまれてくる中、諏訪野が対応したのは元ヤクザの秋田という男だった。意識混濁状態で救急搬送された秋田は、原因不明のけいれん発作を二度も引き起こす。強く入院を訴える彼は、一体何を企んでいるのか。諏訪野は、「救急部の誰かに、復讐をしようとしているのでは」と疑うが……?
「今回収録した3編は、どれも映像化が前提。ドラマにした時に、どう見えるかを意識しながら書きました。中でも『救急夜噺』は、サスペンス色の強い一作です。先方からのオファーもあり、事件性の高いエピソードにしています」
続く「割れた鏡」は、美容手術を要求する女優・月村空良の物語。すでに何度も手術を重ねているため、これ以上はリスクが大きいと先輩医師は判断するが、空良は一歩も引こうとしない。諏訪野は彼女の胸中を探るうち、双子の妹・海未がカギを握るのではないかと思い至る。一般的にはなじみの薄い形成外科の内幕も語られていく。
「形成外科は、切断された指を再接着したり、顔面骨折を治療したりと、幅広い手術を行う診療科です。中には、美容形成手術を行う病院も。ビジュアルがわかりやすいため、ドラマに向いているのではないかと考えました。外見は精神と密接に繋がっているため、美容形成外科は“精神外科”と呼ばれることも。今回はなぜ彼女は手術を強く望むのかをひとつの謎とし、そこに意外な真相を当てはめつつ、人間ドラマを入れることで物語の質を上げていきました」
作中では、先輩医師が整形手術と美容形成手術の違いを諭す場面もあり、形成外科医の矜持も語られる。
「本来は、整形も形成外科の技術をしっかり体得したうえでやるべき手術です。ですが、金儲けのために、研修が終わるとすぐに美容整形の世界に飛び込み、未熟な手術をする医師も少なくありません。もちろん、きちんとした技術を持ち、プライドを持って施術を行う医師もいますが、玉石混交の世界。そういった現状にも軽く触れました」
最後の「二十五年目の再会」で、諏訪野が研修に向かったのは緩和ケア科。患者の心身の苦痛を和らげ、最期を看取る診療科だ。ゆったりとした時間が流れるこの病棟で、諏訪野は顔見知りの患者・広瀬秀太の心の内に迫っていく。
「疾患を治すだけが、医療ではありません。治せるものなら治したいですが、どうしても治せない人たちもいる。そういう患者さんができるだけ苦しまず、より良い最期を迎えられるようお手伝いするのも、医療の重要な役割です。そういった側面もあると知っていただきたくて、この科を描きました」
このシリーズでは“日常の謎”を扱うことが多いが、こちらの中編では刑事事件を扱っている。25年前、不動産会社の金庫から1億円以上の現金が盗まれ、当時警備員をしていた広瀬が犯人として逮捕、起訴された。広瀬は無罪を主張するが、盗まれた金の一部が自宅で発見され、懲役刑を科せられてしまう。広瀬の言うとおり、これは冤罪なのか。汚名をそそぎ、未練のない最期を迎えてもらうため、諏訪野は当時のことを調べ始める。だがそれは、諏訪野自身の人生にも大きな影響を及ぼす事件だった。
「前作の最後は、諏訪野が循環器内科に進むことを決意するエピソードでした。今回も、諏訪野の人生と大きく関わるような話で締めくくろうと思ったんです」
3編に通底するのは“家族愛”。サスペンス色、ミステリー色を強めてはいるものの、前作同様、読後は胸に静かな感動が広がっていく。
「ドラマを意識して書いた3編ではありますが、一冊の本としても楽しめるものでなければなりません。そこで、3編に共通するテーマとして家族愛を描きました。小説は小説として、単体で満足していただけるような作品になったと思います」
ひとつの謎を際立たせる短編の醍醐味
最近は長編を書く機会が多かった知念さんだが、短編ではまた違った魅力が発揮されている。執筆にあたり、長編と短編で異なるテクニックを駆使していると話す。
「短編は、ひとつの謎、ひとつのテーマをいかに魅力的に見せるかを意識します。長編は、軸を作ったら複雑な伏線を張り巡らせ、最後は解決に向けて一気に収束させていく。設計図をしっかり引いて、建物を作るような感覚なんです。それが大変であり、面白さでもあります」
取材の際、かたわらに置いた手帳には創作のヒントになりそうなワードがずらりと書かれていた。まだまだ短編のネタは尽きないようだが、「祈りのカルテ」シリーズ第3弾にも期待していいのだろうか。
「ドラマの反響にもよりますし、今はまだ考えられないですね。ただ、短編の物語なら、僕は書こうと思えばいくらでも考えられますよ」
知念実希人
ちねん・みきと●1978年、沖縄県生まれ。医師。2012年、第4回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、『誰がための刃 レゾンデートル』で作家デビュー。その他の作品に「天久鷹央の推理カルテ」シリーズ、「死神」シリーズ、『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』『真夜中のマリオネット』などがある。