長年愛され続ける『ミミズクと夜の王』のコミカライズがついに完結! 漫画家・鈴木ゆう氏と原作者・紅玉いづき氏が思いを交わす

マンガ

公開日:2022/10/5

(左)紅玉いづき氏(右)鈴木ゆう氏

 2007年に電撃文庫より刊行された、紅玉いづき氏のデビュー作『ミミズクと夜の王』(KADOKAWA)。今なお深く愛され続ける同作は、時を超えて鈴木ゆう氏の手によりコミカライズされ、この秋、堂々完結! 最終巻となる4巻の刊行を記念して、今年2月にデビュー15周年を迎えた紅玉いづき氏と鈴木ゆう氏の対談が実現。コミック収録用に新たに短編を書きおろした紅玉氏の、同作に対する想いとは? 鈴木氏は原作からどのようなメッセージを受け取ったのか。お話をうかがった。

(取材・文=立花もも 撮影=川口宗道)

『ミミズクと夜の王』の新装版
コミック『ミミズクと夜の王』4巻

紅玉いづき(以下、紅玉) 時期を同じくして『ミミズクと夜の王』の新装版が、15周年企画の一環として、完全版と名がつき刊行されましたが、実は、コミカライズのほうが企画としては先に進行していたんですよ。私にとって『ミミズクと夜の王』は十分すぎるほど愛してもらった作品なので、改めて完全版を出すのは、すでに刊行されているものを不完全とするみたいで、躊躇いがあったんです。だけど、白泉社さんからコミカライズの打診をいただき、実際に刊行されたことで、物語にはいろんなかたちがあるのだと受け入れられるようになった。つまり、新装版は、コミカライズのおかげで刊行されたともいえますね。

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鈴木ゆう(以下、鈴木) 恐縮です……。これほど愛され続けている作品なので、私がコミカライズしていいものだろうか、と不安でたまらなかったのですが、マンガをきっかけに原作に出会ったという感想もときどきいただくので、原作の魅力がより幅広く伝わるためのお手伝いができたのなら、光栄です。

紅玉 原作は、かつては電撃文庫から、今はメディアワークス文庫から刊行されているので、どちらかというと少年読者のほうが多いんじゃないかと思うんですよ。でも実は、もともと集英社のコバルト文庫に応募しようと思っていた作品なので、『LaLa』に掲載されることで、少女たちの手にわたってくれる機会が増えたと思うと、嬉しいです。鈴木さんのコミカライズは、シンプルに、マンガとして非常に秀逸なので、読みごたえがありますしね。ネームをいただいた段階から「この人は、上手い!」といろんな方に言うくらい、毎回、感動しておりました。

ミミズクと夜の王

鈴木 2話のネームに「小説を超えた表現」とコメントを添えていただいたことで、自信をもって描けるようになりました。『ミミズクと夜の王』は、とにかく優しさに満ちた物語ですよね。奴隷として、人ではない扱いを受け、虐げられながら孤独に生きてきた彼女が、それでもひたむきに頑張る姿に、みんなが愛を注がずにはいられない。何があっても前を向こうとする彼女に、私自身、明日を生きる勇気をもらいました。あと〈人肌って甘いよね。食べたら美味しいんかなぁ〉とか〈傷が。あるとね。あったかいんだよね〉とか、ミミズクのセリフ一つひとつに、この子はどんな人生を送ってきたのだろうと惹きこまれてしまう力があって、印象的でした。

紅玉 私の文章はちょっとクセがあって、苦手な人もいると思うんですが、自分がいちばん気持ちよくなれる文章を書こうと思うと、そうなってしまうんですよね。句読点の打ち方も、校閲さんから指摘を受けるくらい変わっているんですが、呼吸の位置で置いているので、どうしても変えられない。でも、私が文章を書くうえで意識している間(ま)を、鈴木さんはとても丁寧に表現してくださったので、嬉しかったです。キャラクターの表情も素晴らしくて、個人的には2巻のラストに登場したクローディアスが印象的でした。国王の後継ぎでありながら、手足を動かすことのできない彼の物語は、外伝として書いていますし、彼のことはかなりちゃんとわかっているつもりだったんですけど「この場面ではこんな顔をしていたのか」と驚かされた。私以上に、鈴木さんのほうがよくわかっているのだと思ったくらい。

ミミズクと夜の王

鈴木 恐縮です……。

紅玉 それと、最初にディア(クローディアス)のキャラデザインを2パターンいただきましたよね。でも私、その違いがどうしてもわからなくて。紙を重ねて、かなりじっくり吟味してみたんですが、「どちらがよろしいかと聞かれても!?」と混乱するくらい、同じに見えた(笑)。でもあれはきっと、輪郭の線が違ったんだろうな、とあとから気づきました。

鈴木 あ、そうです。すみません、細かいのを送りつけてしまって(笑)。最初は輪郭を丸く描くことで幼い印象にしていたんですが、もう少し大人びていてもいいんじゃないかという話が、担当編集者との間で出て。次期国王であるのに体が思うように動かない、その重責と葛藤が顔つきに出ていてもおかしくないよな、と思ったんです。年齢と顔つきから見える印象を同じにするか、ちょっとギャップがあるようにするか、それだけで表情の作り方がけっこう変わってきてしまうので、悩んだんですが……結局、幼いほうに寄せました。

紅玉 どの登場人物も、はっきりとした年齢や外見はあえて描写しないようにしていたので、ご苦労なさっただろうと思います。年齢的にはたぶんミミズクよりちょっと下です、と言うことくらいしかお答えできなくて。でも改めて読み返してみると、クローディアスのキャラクターをものにされているな、と感じるような表現ばかりでした。わりと、自分の書いた話で泣けるタイプの人間なんですが、最終巻を読んで、ミミズクたち以上に、ディアの姿に泣けてしまったのは、鈴木さんが描いてくださったからこそだと思います。

鈴木 よかった……。

紅玉 実は、原作刊行当時、担当編集者から、もっとディアを丁寧に描かなくてはならない、と言われて応募原稿からかなり修正を加えたんです。彼にとって本当の救いとは何か、あのころの私では力不足で向き合いきれていなかったものを、鈴木さんが掬いとってくださった。だから「それでもあなたの息子です、父上」というセリフが、自分が想像していた以上に、沁みたんだと思います。

鈴木 でも、私が掬いとれたとしたら、やっぱり、原作にすでに描かれていたことだからだと思います。コミックの巻末には、紅玉先生の書き下ろし短編が毎回収録されていますけど、それを読むたび、脇役のように見えるキャラクターにもちゃんと人生があって、描かれていない場所で世界は動いているんだということを実感しました。短編のおかげで、メインキャラクター以外を描くのも、楽しくなったんです。

紅玉 私のなかでは、一冊だけでは完結しきれない、派生する泡沫みたいなものは絶えず存在しているんです。完結して時間がたった作品のなかには、どうしてもその筆には戻れない、というものもあるんですけれど、『ミミズクと夜の王』ならできると思いました。実は、短編を書くにあたって、本編を読み返すことはしていなかったんですけど、ちゃんと体が覚えていたんですよね。『ミミズクと夜の王』に続いて、姉妹編である『毒吐姫と星の石』も新装版として刊行されたんですが、そこに収録するために『初恋のおくりもの』という番外編を新たに書き下ろせたのも、コミカライズに短編をつける作業をしていたおかげだと思います。コミカライズのおかげで、昔からの読者さんも「また会えて嬉しい」と感想を寄せてくださいますし、コミカライズしていただいて、本当によかったです。

鈴木 私のほうに寄せられる感想は、新規の読者さんも多いので、みなさん「ミミズクの幸せをずっと願っています。最後がどうなるのか気になります」と。やはり、奴隷だった身の上だけでなく、ミミズクはずっと、過酷な立場に置かれているので……。フクロウと出会い、せっかく居場所を見つけたと思いきや、むりやり引き離されてしまいますし。

紅玉 かなりかわいそうで痛々しい場面が続くので、鈴木さんの優しくて柔らかいタッチでどこまで真に迫れるのか、というのは私としても注目していたところなんですが、煉花をとりにいって崖から落ちたミミズクが、死にたかったはずなのに生きたいと気づく場面は、胸を突くものがありました。あとは、フクロウの記憶を失ったまま、城で暮らすミミズクが、すべてを思い出して聖騎士アンディの手を振り払うところ。城のみんなに優しくされたことで、人間らしさや女の子らしさを身に着けていったミミズクが、記憶の底に眠る獣のような自分をとりもどす。その対比も素晴らしかったです。

鈴木 アンディも、城の人たちもみんな、ミミズクのためを思って行動している。それはまぎれもない優しさですが、ミミズクが求めるものとは違っているんですよね。悪意がないどころか、無償の愛に近いものを注いでいるのに、それが相手のためになるとは限らない。切ないな、と思いながらも、でも、アンディたちの優しさがなければ救えないものがあるのも事実で。

紅玉 優しさでは救われない、ということを私は書いたのだと思うんですよ。優しさとはこういうものだよね、とくりかえし提示されるものが、最終的には選ばれない。真に相手を想うことと、ただ優しい人間でありたくて行動することは違うのだ、ということも書きながら考えていたような気がします。ミミズクがフクロウに言う「たいしたことじゃあないわ」というセリフは、個人的にいちばん思い入れが深いのですが、まわりから無力だと思われて守られていたミミズクが、最終的にみずから戦うことを選び取る。その決断は彼女にとって苦しいものかもしれないけれど、フクロウが与えてくれたものに比べたらそんなのは大したことじゃない。そういうことを、描きたかったのだろうな、と。

鈴木 優しさには、たくさん種類があって、そのどれを選ぶのか、選びたいのか。大切にしたい人と向き合って考えることが大事だな、というのは、私もコミカライズしていくなかで感じたことでした。

紅玉 本当に、よく掬い取って、描いてくださったと思います。ありがとうございます。15周年企画として『ミミズクと夜の王』のPVが制作されたのですが、そこに流れる曲を聴きながら読むと、また世界観がふくらんでいくんじゃないかなと思います。ぜひとも、鈴木さんの描き出す『ミミズクと夜の王』を最後まで見届けていただければ幸いです。

鈴木 そしてもし原作を読んだことがない方がいらっしゃいましたら、あわせてぜひ。マンガに入りきらなかった宝石のような文章が無数にあるので、小説でしか味わうことのできないミミズクの物語にも、ぜひこれを機会に出会ってください。