弘中綾香アナ「バラエティ番組のキャラ」と「本当の私」の間で揺れる理由。エッセイ集『アンクールな人生』執筆は“心のバランスを取るための作業”
更新日:2023/2/10
テレビ朝日のアナウンサー、弘中綾香さんによるエッセイ集『アンクールな人生』が9月14日に発売される。2年以上にわたる『ダ・ヴィンチ』での連載をまとめた本書は「私が私になるまでの物語をまとめました」と本人が語る通り、幼少期からテレビ朝日入社までを振り返る1冊となっている。
過去のエピソードを読み進めていくと、幼少期に「愛嬌だけがある女の子にはなりたくない」と思い至るなど、バラエティ番組で「女子アナの弘中ちゃん」として振る舞うことへの葛藤も見て取れるのが、テレビの人気者の本音を覗けるようでとても興味深い。
弘中さんファンには必読の1冊だが、「弘中アナって、自己主張の強いあざとい子でしょ?」と思っている人にこそぜひ読んでほしい。きっとイメージが180度変わるはずだ。
本インタビューでは『アンクールな人生』の内容についてはもちろん、「なぜエッセイを書くのか?」というテーマでたっぷりとお話を伺った。そこには人気女子アナウンサーならではの「本当の私を知ってほしい」という切実な願いが込められていた。
(取材・文=金沢俊吾 撮影=干川修)
思っていることを端から端まで伝えたかった
ー『アンクールな人生』は『純度100%』に続く2冊目のエッセイ本です。『純度100%』の冒頭で「書かなければ私の何かが崩れる」と書かれていたのは、今振り返ってもかなりの衝撃的でした。
弘中:やばいこと書いていますよね。超病んでいたと思います(笑)。
ー本当の自分を知ってもらうために「エッセイを書く」という手法を取ったということですが、数ある発信手段のなかで、なぜエッセイだったのでしょうか?
弘中:私が出演しているテレビ番組って、聞かれたことを瞬時に簡潔に答えるような瞬発力勝負が多いんですね。そうすると「本当は違うことが言いたかったのに……」みたいな後悔が生まれることがあるんです。
まあ、やっぱり私が担当しているバラエティ番組はエンタメなので、わざと面白おかしく話してしまったりするんですよね。
ーサービス精神みたいなものがあるのですね。
弘中:そんなつもりで言ったバラエティ番組での発言が、一人歩きしてしまうこともあって。
それでもう少しだけ、端から端まで私が思っていることを伝えてみたいと思ったんです。自分が責任を持って、一文字一文字お伝えしたいなって。もともと文章を書くことが苦にならないタイプだったので、Twitterというよりは数千字を使って書いてみたいと思いました。
となると、たぶんエッセイを連載させて頂くって形がベストだと思ったんです。
ー弘中さんは2019年に『弘中綾香のオールナイトニッポン0(ZERO)』でパーソナリティを務められ、90分おひとりでトークをされました。あの時もご自身の思っていることを自由に話されている印象を受けました。
弘中:『オールナイトニッポン0』は楽しかったですね!
喋るのも楽しいんですけど、私にとってラジオやテレビ、動画は「過ぎ去ってしまうもの」という感覚があるんです。もちろん好きなラジオ番組を何度も聴き返される方もたくさんいると思うのですが、私自身があんまり録音・録画を聴き返す人間じゃないからそういう感覚があるのかもしれないです。
ー過ぎ去ってしまうものよりも、残るものを作りたかった?
弘中:そうですね。本って、一度買ってしまえば何度でも読み返せますよね。あと、書き手からすると、何度も推敲できるじゃないですか。文章を書いて、何度も見直して直したりするなかで、より言いたいことがちゃんと伝わるだろうなっていう安心感があったんです。
読者がいることは心の支え
ーHanakoとダ・ヴィンチで2本の連載を続けて単行本にもなり、エッセイが読まれることで、本当の弘中さんを知ってもらえた実感はありますか?
弘中:少しずつですけど、確実にありますね。読んでくださった方とお話しする機会はなかなか無いのですが、今日みたいに取材のお仕事で私の本を読んでくださって、いろいろ感想を言ったり質問してくれるじゃないですか?
ーはい。
弘中:『アンクールな人生』の個別お渡し会もやらせていただきますけど、そうした機会があると「エッセイを通して、私のことをわかってくれた人がいる」と実感できるんです。
それはちょっとした支え……ちょっとじゃないですね、すごく支えになります。まあ、そんなに数は多くないと思ってるんですけど(笑)。でも、いるといないじゃ全然違うし。
ーその「支え」は、エッセイを書く前にはなかったものだった、ということですか?
弘中:これまでも、私のことを分かってくれる、ごく近しい友達はいたんです。学生時代からずっと一緒だった子は、私がテレビに出てる人とはまた違った面があるとか、ちょっと無理しちゃってると分かってくれていて。それが唯一の心のよりどころだったんです。それが、エッセイを書くことで、少し広がった感覚があります。
ーちなみに弘中さんが出された過去2冊、『純度100%』はエッセーといいつつ写真が多くて、『ひろなかのなか』はフォトブックでした。今回はもう写真がなくて、ひたすら文章ですね。
弘中:写真はないですね。インスタライブでも「写真を見たい人はほかの本を買ってください」と言っています(笑)。
ー写真は表紙に使われている証明写真風の1枚だけという。今回は本当にエッセイだけで勝負しているという印象がありました。
弘中:どんどんパイが狭くなっていく感じがありますよね。広く読んでもらいたい気持ちもあるのですが、YouTubeやテレビが好きで本を読まない人にとってはハードルが高いとは思います。
でも、少なかったとしても、読んでくれる方は絶対いると思うんですよ。だから、数少ない読んでくれる方に、ちゃんと届くといいなと思っています。
個人戦よりチーム戦
ーエッセイの内容についても少しお伺いさせてください。幼少期から就職活動までを振り返る本書ですが、中学受験のエピソードでは「人生は個人戦だ」と書かれていました。でもその後、高校大学と進むにつれてチームで取り組むことにやりがいを感じるように変わっていったのが印象的でした。
弘中:中学受験期はもう殺気立っていたので「個人戦!」って感じでしたね。その感覚が変わったのは、おっしゃる通り高校生ぐらいからだと思います。学校行事でクラス一丸となってがんばった経験をしているからですね。
ー高校の演劇発表会についても、とても活き活きと書かれていました。高校3年生のときは立候補してクラスのリーダーまでやられたという。
弘中:演劇発表会の経験はすごく大きかったですね。最初は乗り気じゃなかったのに、やっているうちに「これは面白いぞ」と気付いたんです。
チームでお互いがお互いの仕事を尊重し合いながら、それぞれの持ち場を担当する。すると、ひとりでは作れないようなすごく大きなものができあがるんです。そんな成功体験があって、チームでひとつのことに取り組むのが好きになったのだと思います。
ーこのエピソードを読んでいて、いま弘中さんは主にバラエティ番組で活躍されていますが、テレビ番組というチームの中で「女子アナの弘中ちゃん」みたいなポジションを、演じるとまでは言わなくても自覚的に担っているんじゃないかと思ったんです。
弘中:それはもちろんあると思います。たくさんの方々が携わってできている番組の中で、私は出演者のひとりの進行役として呼ばれています。それはもう「私がこうしたい」というよりは、番組の全体像を見て「こうしたほうがいいんだろうな」と考えてお仕事しています。
ー弘中さんは「あざとい女子アナ」みたいなレッテルを貼られることも多いと思いますが、それは自己主張した結果じゃなくて、番組から求められたことを粛々とやってるのだろうなと。
弘中:それはあるかもしれないですね。だから、すごく自己主張が激しい人に見えて、ちゃんと環境に適応しようと努力しているんです(笑)。そうした葛藤が『アンクールな人生』を読んでくださった方に伝わるといいなと思います。
「女子アナ」というレッテル
ーエッセイでは、幼少期のころにご自身の愛嬌を自覚されていて「ぶりっこなんて誰にもできるから、ただ愛敬がある子になりたくない」と思っていたと書かれていました。現在の「あざとくて自己主張が強い」とみられるような弘中さんのイメージとはギャップがあると思ったのですが、ご自身の中でどのように整理されているんですか?
弘中:それは……仕事をしているだけでは整理できないですね。少なくとも「女子アナ」へのレッテル貼りが強い今の世の中では(笑)。
それを頭の中で整理する作業が、私にとっては書くことなのだと思います。
ーなるほど。書くことで「女子アナの弘中ちゃん」と、本当の弘中さんのバランスを取るような感じでしょうか。
弘中:そうだと思います。やっぱり、画面に映っている私を見て「どうせ見てくれがいいだけだろ」とかちょっとバカにされるんですよ(笑)。それに対して「私はもっと深さがある人間なんだ」と主張がしたいためにエッセイを書いたんです。
会社で仕事をする上では、本当はエッセイなんて書かなくてもいいんですよ(笑)。
ーそうですよね。テレビ朝日の社員としてのお仕事だけでも十二分に忙しいですし。
弘中:でも、エッセイを書くことが、結局、私の仕事のバランスを整えてくれるんです。
会社に入って「愛嬌だけに見られたくない」と思って、文章を書いて。またテレビに出れば女子アナのレッテルを貼られて、それでまた文章を書いて。その繰り返しで今に至ってるんだと思います。
ー本書では女子アナだけでなく、女子校の学生、部活の女子マネージャーなど、ずっとレッテルを貼られてきた人生だったと振り返っていました。
弘中:なんというか、決めつけられるのがイヤなんです……イヤだけど、でも今までずっと楽しくやってるんですよね。
ーレッテルを貼られ続け、バランスを整えるためにエッセイを書いて、それでも女子アナの仕事は楽しいわけですね。
弘中:なんでしょう……難しいですが、レッテルを覆そうをするのが楽しいのかもしれないです。私の世間でのイメージを逆手に取ったというか。
たとえば台本の通りに読むんだけど、ちょっと自分らしく言ってみるとか。そういった積み重ねで「女子アナ」とカテゴライズされる中での自分の味を出していくのが、意外と楽しいんですよね。
テレ朝に採用された理由だけはわからない
ー『アンクールな人生』は、テレビ朝日の新卒採用試験が最後のエピソードとなっています。弘中さんは幼少期からご自身の愛嬌を自覚されていたり、自己分析がすごく上手な方だと思ったのですが、テレビ朝日に採用された理由だけはいまだにわからないと書かれていました。
弘中:採用試験から10年経ちましたけど、まだ俯瞰で見るには近すぎる出来事なんですよ。だから、まだ整理できていないんだと思います。あとは「私は〇〇で受かりました」なんて、あんまり言及したくないじゃないですか(笑)。
ーなるほど、近い。幼少期に愛嬌を自覚していたのも、大人になってから振り返って言語化できたということでしょうか。
弘中:そうですね。振り返ることで「あの時の私はこう思ってたんだろうな」って初めてわかることもあると思うんです。だから、もうちょっと時間が経たないと、なんでテレビ朝日に受かったのか、わからないかもしれないです。もちろん、うっすらと想像できることはあるんですけどね。
ーもっと時間が経って振り返ってたとき、また言語化できるかもしれないですね。ぜひまたエッセイにしてほしいです。
弘中:60歳ぐらいになったら、女子アナのお仕事のこともいろいろ書けると思います(笑)。でも、確かにそうなんですよね、その理由だけはちょっとよくわかんないんだよな。