なんで蟹? 花田菜々子さんが、東京・高円寺にひらいた本屋「蟹ブックス」は、店主の色より“お客さん”

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/17

蟹ブックス

 ここ数年、小規模の個人書店の開店が目立っている。また書店に限らず、本を中心とした「場所」としても様々な業態で本と人が出会う場所が増えている。

 そんななか、今年9月1日に東京の高円寺にまたひとつ小さな本屋がオープンした。

 2022年2月に閉店した日比谷コテージの店長だった花田菜々子さんが店主となる書店「蟹ブックス」だ。

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 それまで企業が運営する書店で働き活動していた花田さんが、独立し自分の書店を持つにいたった思い、そして「蟹ブックス」のこれからを聞いた。(2022年8月29日インタビュー)

(取材・構成・撮影=すずきたけし)

蟹ブックス開店まで

花田菜々子さん

――花田さんは書店員であり、エッセイや様々な媒体で書評やブックレビューなどで本を紹介しています。再び書店員として自分で本屋を始めることになりましたが、花田さんが「本を売る」ことにこだわる理由はなんでしょうか?

花田 20年以上書店員をやっていたので、本を売ってないほうが不自然になってしまうというか、良い本を見つけたらただ紹介するだけでは満たされなくて、「置いて、売りたい」というところまでやりたいのが自然な感じなんです。

 本屋に毎日出勤して、入ってきた新刊を眺めたり、スタッフたちとあれこれ話したりが自分の生活に根付いているからだと思います。

――前職のお店が閉店してから今まで、書店員ではなかったご自身はどんな気持ちでしたか?

花田 本屋をいくつか回ったりして良い本を見つけても、それを仕入れられないし、フェアやイベントもできないのが歯がゆかったですね。ただ、いつも以上に本屋では良い本がたくさん目について「全部買いたいけど今日はこの本だけにしよう」とか、本を買うことが楽しくて本屋がワンダーランドに見えましたね。欲しい本がありすぎる! 本屋さん大好きです! って本屋ハイになってました(笑)。

――これまで会社からお給料をもらっていた書店員から、自分の本屋を持つ書店主になったわけですが、現在の書店をとりまく商環境はとても厳しくなっています。それでも書店を自ら始めるにあたって不安などはありましたか?

花田 前職(日比谷コテージ)のお店が閉店するまでは、自分でお店やりたいとかは全然なかったんです。縁があって会社からお給料もらって書店員ができていて、それは気楽だし、いろんなことできたし、ひとりだけではできない体験もあったので、そこにはなんの不満もなかったです。ただ閉店しちゃったから行く場所がない(笑)。

 再就職としてまた書店で働くことも考えましたけど、手元にはギリギリだけど開業できそうな資金があったので自分で本屋をやれる。それならやらない理由はないし、自分で本屋をやるほうがリスキーならそのほうがいいかと思いました。

 あとスタッフとして一緒にやっていく2人(柏崎沙織さんと當山明日彩さん)もいたので、いろいろな条件が揃って、「じゃあやるか」という感じでしたね。

左から當山さん、花田さん、柏崎さん
左から當山さん、花田さん、柏崎さん

――「蟹ブックス」は花田さんと柏崎さん、當山さんで始められたわけですが、この3人で始めようとしたきっかけはなんだったのでしょうか

花田 2人はもともと日比谷コテージで一緒に働いていたんですけど、そのコテージが閉店すると聞いたとき、私は原稿を書ける場所が自宅以外にあったら最高だなと思っていて、彼女たちは自分の仕事を受けられる場所が自宅以外にあったらいいなとか、アトリエのような場所があったらいいなとそれぞれが考えていて、3人の思惑がだんだん噛み合ってきて、じゃあシェアオフィスでもやろうかと思ったんですが、だったら本屋にしなきゃ損じゃない? となったんですね。

――本屋を始める前に、まず自分たちの活動の場を作ろうとしたのが先だったということですか?

花田 そうです。そもそも私ひとりでこの場所に本屋を構えて、本の売上だけで生活していくのは難しいですしとても無理ですが、私は原稿仕事の収入も少しあるし、2人も自分の仕事があり、ここのシェアオフィスの家賃を負担しながらお店も運営できる。お互いにメリットがあったから、という感じですね。

蟹ブックスのお店作り

蟹ブックス

――蟹ブックスの本は花田さんが選書をしているそうですが選書の傾向は?

花田 自分が人文や社会学のジャンルが好きなので、そういうものが強めになってますね。自分の中のスタンダードな本という感じで、あまり背伸びして難しい本を置くこともできないし、これまでやってきたお店の影響も受けていると思います。あとは高円寺という場所をイメージして、周辺には良い本屋さんもたくさんあるので、自分のところは少し振り切ってもいいのかなと思ったりして本を選びました。

――書店のオープン時の品揃えはスタンダードというか、「とりあえずこんな感じです」という品揃えから始まり、開店して売れてるものを見ながら来店客にチューニングしてお店作りをしていくと思いますが、今の品揃えはどのような感じでしょうか?

花田 いまの棚の本は「見せ」の棚なので、オープンしてからお客さんが来て、売れている本を見ながらコール&レスポンスで品揃えが作られていきますよね。そこが楽しいところなので、今の品揃えはまだ仮の姿って感じですね(笑)。

――オープンし始めの品揃えは来てくれるお客さんの反応を探すセンサーのようなものですね。

花田 そうですね。高円寺のお客さんとか、蟹ブックスのお客さんがどういう人たちなのかを見つけられてからやっとお店が始まるというか、それが楽しみですね。

――お店に入った第一印象は花田さんの前々職である「パン屋の本屋」でした。規模的に同じくらいだと思いますが、「蟹ブックス」ではお客さんとの距離もあのころと同じくらいになりそうですね。

花田 日比谷コテージのころはひとりひとりのお客さんと本の話をゆっくりできたことはあまりなかったんですけど、「パン屋の本屋」のことを今振り返ると、もうお客さんのことしか覚えてないくらいなので、そうなってくれるのも楽しみです。

蟹ブックス

クラウドファンディングと本の仕入れ

※書店の仕入れ条件には大きくわけて「買切」と「委託」のふたつがある。「買切」はその名の通り書店が本を買い取って販売する。「委託」は期間内であれば返品が可能だが、大手取次との契約が必要。

――蟹ブックスではクラウドファンディングの支援金と花田さんの自己資金で本を仕入れることになりますが、前職と比べて仕入れや本の見え方、考え方に変化はありましたか?

花田 ありがたいことに、蟹ブックスは取次さんを通して委託で仕入れることができることになったので、仕入れた本の見え方は今までとあまり変わってないですね。委託になったことで返品もできるので、品揃えも柔軟にできるのが良いですね。

――在庫の入れ換えが可能になることで、品揃えの新陳代謝も進みますね。

花田 仕入れを買切でやると、返品しないことが前提の名作やロングセラー、3年、5年経っても色褪せない素晴らしい本をメインにお店を作っていくことになると思います。もちろんそういうお店作りも素晴らしいですけど、私はもっとくだらない本とか、人から忘れ去られる本も好きなので、軽い本もあるような幅広さを蟹ブックスでも提示していきたいなと思っています。

――委託で本を取り扱えることで、本が身軽にもなるということですね。

花田 そうですね。買切では品揃えが自分の思いや主張を投影した本や、良書ばかりになってしまいがちですが、委託によって仕入れの基準が身軽になって、自分が“無”になれますからね。

――“無”になれるというのは、花田さんの主張や思いを品揃えに出すのではなく、あくまでお客さんが主体でお店を作っていくということでしょうか?

花田 手癖も含めて、自分の思いや主張といった「私らしさ」はどんなに抑えようとしても勝手に出てしまうものなので、そうして出てきた単色の「自分色」はつまらない色だと思います。それよりも場所や人が起こしてくれる化学変化が好きですし、それが本屋をやる醍醐味だと私は思ってます。

――開店資金としてクラウドファンディングで支援を募ったわけですが、結果として達成率は当初の目標金額の100万円を大きく超える489万円の支援が集まりました。

花田 めちゃくちゃ嬉しかったですね。そしてもうズルはできないなと思いました(笑)。当然リターンはありますけど、応援のお金だから借金と違って重たいお金ですね。けどその重たさもまた良いと思っていて、ある種の共犯関係というか、オープン前にクラファンですでにお客さんと関係が始まっているというのは自分にとってありがたいことですね。

蟹ブックス

――最後に、蟹ブックスの屋号はなぜ蟹なんですか?

花田 ひとことで言うなら「なんかいいかな」なんですけど、ほかのお店と屋号が被らない、検索で出やすい、呼びやすい、ほかの読み方がないのでブレがないということですね。あと、屋号には力が入ってない軽さが欲しかったんですよ、ダサい感じの。お店への思いのない、無意味な名前がよかった。

――さきほどの品揃えで自分が“無”になれるということや、屋号を選ぶにしても花田さんご自身の思いを乗せていないというのは、蟹ブックスの店作りに共通していて面白いですね。

花田 基本的に私自身ではなく並んでる本とか、来てくれるお客さんに価値があると思っているので、あまりそこに自分が出ないかもしれませんね。

――著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)で書かれた体験から、花田さんは他人への興味関心がとても強いことがわかりました。

花田 他人が好きだし、人との緩い繋がりが好きなんです。そこにまた別の人が入ってくるのも楽しいと思いますし、そうした繋がりの中で本を売りたいし、やりとりをしたい。これから自分がやっていくことはそうした本屋だなと思いました。結局、人と繋がるために本屋をやるのかもしれませんね。

蟹ブックス
電話番号 03-5913-8947
営業時間 12:00~20:00
定休日 年末年始
アクセス JR高円寺駅から徒歩4分

花田菜々子さん

花田菜々子 はなだ ななこ
1979年東京都生まれ。書籍と雑貨の店「ヴィレッジヴァンガード」に入社し全国各地で店長を務めた後、「二子玉川 蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長、「HMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長……と約20年間さまざまな本屋を渡り歩く。2022年9月、東京・高円寺に「蟹ブックス」をオープン。
また、自らの実体験を綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)は6万部超えのベストセラーとなった。