“闇”を栄養に変える2人が生み出す物語! 声優・悠木碧『キメラプロジェクト:ゼロ』×住野よる『腹を割ったら血が出るだけさ』対談
更新日:2022/9/30
声優として活躍する悠木碧さんが企画・原案・キャラクターデザインを担当する「YUKI×AOI キメラプロジェクト」。同プロジェクトから誕生した漫画『キメラプロジェクト:ゼロ』(双葉社)が、9月12日に刊行された。悠木さんがシナリオを、ひつじロボさんが漫画を担当した本作は、人間が発する言葉の力をエネルギーにする生き物「キメリオ」たちを主役にした、可愛らしさと怖さが交ざり合う“闇甘”ファンタジーだ。
その悠木さんとかねてより作品上で浅からぬ縁をもつのが、大ヒットを記録した『君の膵臓をたべたい』でデビュー以降、数々の人気作を生み出し、7月27日に最新作『腹を割ったら血が出るだけさ(通称:ハラワタ)』(双葉社)が刊行されたばかりの作家・住野よるさん。
互いの作品を愛好し合うお二人の、初めてとなる対談がこのたび実現。それぞれの最新作誕生の背景から双方の作品への思い入れまで、深く語っていただいた。
(取材・文=嵯峨景子)
――悠木さんは、住野さんの小説『麦本三歩の好きなもの』のオーディオブックで朗読を担当されたり、ブルボン「濃厚チョコブラウニー」と住野さんがタイアップしたオーディオ小説『no doubt』に出演されたりと、住野さんの作品とご縁がありますね。
悠木碧さん(以下、悠木):住野さんの作品に初めて出会ったのは、『麦本三歩の好きなもの』でした。そのときは恐れ多くもと言いますか、どんな作風の方なのかすら知らなかったんです。でもオーディオブックを収録してるうちに、いつの間にか私自身が「三歩」にされている感覚があって。住野さんの文章を読んでいると、食べてもいないのに(作中に登場する)ブルボンのお菓子の味がするんですよ(笑)。他にも、様々な、あ~わかる~という感情が詰まっていてめちゃめちゃ感動して。私の中で忘れられない一作ですね。最初は仕事だったはずなのに、素敵な読書体験をさせてもらいました。
住野よるさん(以下、住野):三歩をやっていただいたときは、声優さんの底力って本当にすごい!って思いました。人って、こんなに意図的に「噛める」んだって(笑)。三歩に命が吹き込まれて、本当にそこにいるような感じがしました。自分の作品以外でいうと、悠木さんが声を担当されたキャラクターで好きなのは、『ワンパンマン』のタツマキですね。
悠木:あー、嬉しい!
住野:もともと原作がすごく好きなんですけど、アニメで悠木さんが吹き込まれた声を聞いたときに、「そう! こんな声こんな声!」って思って。
悠木:ありがとうございます! 実はタツマキは、私に指名でいただいた役だったんです。。指名でいただくお仕事の場合って余計に、聞いた方々の反応がどうなのか、ドキドキしてるものでして…。だからちょっと今、ホッとしてます(笑)。
住野:少なくとも僕の中のタツマキはあの声です!(笑)。
――ではまず、悠木さんが企画・原案・キャラクターデザインを手掛ける「YUKI×AOI キメラプロジェクト」について伺います。本作には、言葉の力をエネルギーにして活動する「キメリオ」というキャラクターたちが登場します。これはどのように着想されたのでしょうか?
悠木:声優という特性上、日頃からいろんな人がいろんな意図で書いた台詞やト書きなどを読んでいるなかで、もはやこれらの言葉自体が生き物だよなと感じていたんです。それを擬獣化できたら、可愛いんじゃないかなと。今はインターネット等を通じて、いろんな形で排出された言葉に触れることが身近な時代で、それによって傷ついたりすることも多い。でも、そんな言葉たちが可愛い存在になることで、少し許してあげられたり、もっと大事に扱えたりするんじゃないか。そんな作品になったらいいなと思って始めました。
――漫画『キメラプロジェクト:ゼロ』では悠木さんがシナリオを、ひつじロボさんが漫画を担当されています。シナリオはどのように書かれているのでしょう?
悠木:私は仕事上、脚本に触れることが多いので、脚本体で書くことにしました。それぞれのシーンがどういう状況なのかだけ伝われば、あとは極力省いた方がひつじロボ先生にもわかりやすい。その取捨選択が、最近やっと掴めてきたところです。先生がそれをしっかり汲み取ってくださって画が上がってくるので、そのコミュニケーションが楽しいし、勉強になることも多いですね。
住野:『キメラプロジェクト:ゼロ』を読んで、闇が深い人なのかなと思いました(笑)。
悠木:30歳にもなって私がただ可愛いだけのものを作ってたら、しらけるかなって(笑)。それから私は、欠点というのは人間の可愛い部分や、愛せる部分だと思っていて。何事も長所を尊敬して短所を愛したい、と思っているんです。それで、人間の短所を凝縮して物語にしてみたら、登場人物がどんどん死んじゃって…(笑)。
住野:おこがましいんですけど悠木さんは僕と似た性質を持っておられるのかなと思いました。物語上の悲しみやつらさみたいなものを、“栄養”として捉えてるように感じたんです。これをどうやって着地させるんだろうって、今からすごく興味があります。
悠木:連載が最終的にどうなるか、一応ざっくりは決めてあります。そこに向けて、少しずつ闇の濃度を上げて(笑)。いや、でも本当に悲しさとかって“栄養”感がありますよね。
住野:めちゃめちゃ怖いなと思ったのが、第3話なんですよね。家族にまつわる不幸が語られるエピソード自体の怖さもそうだけれど、最後に主人公のカルパがその家族に対して起こす行動も、いい話っぽく見えて、やっていることはめちゃくちゃ怖い。
悠木:カルパは唯一の人工キメリオだから、人間とキメリオ両方の倫理感のハイブリッドになっている。主人公だし、カルパがどう育っていくのかがこの先、話の肝になってくるじゃないですか。というなかで、カルパが最初に起こした行動があれだったのが怖いですよね(笑)。間違って学んだ人工知能みたいな怖さというか。実は私が最初に書いたのが第3話で、この作品の方向性みたいなものを決めてくれた回なんです。人が発した言葉をキメリオが食べて、それによってキメリオの身体が毒されてしまう設定は、キメリオと人間の立場をわかりやすく表現するものですし、思い入れ深いですね。実はその次の第4話が衝撃的だってみんなに言われます(笑)。第4話はデスゲームをやりたくて。
住野:僕は、むしろ第4話に入ってちょっと安心したんですよ。第4話のキメリオの方が、ちゃんと悪が存在してるから。第3話の方がいい話っぽいのに怖い。その倫理感のねじれみたいなものが、奥深いなと思いました。
悠木:こんなに読み込んでもらえてると思ってなくて、めちゃくちゃ嬉しいです! そう、第4話で活躍するキメリオのフライデーは人間を殺せちゃうけれど、人とふれあっている期間が長いから倫理感そのものは人間寄りなんですよね。カルパの方がヤバい奴だと思うから、これからどうなるのか(笑)。
――住野さんが7月に刊行された最新作『腹を割ったら血が出るだけさ』についても伺います。「愛されたい」という感情にとらわれた女子高生や、自らのストーリーを作り続けるアイドルなどが多くの人物が登場する群像劇ですが、本作を着想したきっかけは?
住野:アイドルとして活動されてきた綾称さんと髙井つき奈さんにお話を伺う機会があって、お二人をモデルにした登場人物を書きたいなというところから始まったんです。それが本作に登場する、樹里亜と朔奈という二人のアイドルです。
悠木:樹里亜と朔奈からだったんだ!
住野:でも、綾称さんや髙井さんをそのまま書くのは違うと思いましたし、樹里亜と朔奈はお二人をもとにしているけれど、別人格のキャラクターです。とはいえ、ご本人たちのエピソードをそのまま使っているところもたくさんあって。朔奈が作中で「みんな早く私を推して、大切にされればいいのに」とツイートするんですけど、あれは髙井さんが実際にしていたツイートとほぼ一緒なんですよね。
悠木:うわー、マジか!
住野:お二人のかっこいいところをぎゅっとしたかったのが、樹里亜と朔奈です。でも、特に樹里亜が持ってる二面性はアイドルさんに限ったことじゃないし、あらゆる人の話にしたいとも考えるなかで、メインキャラクターとして女子高生の茜寧が生まれたという感じです。
悠木:『腹を割ったら血が出るだけさ』は登場人物全員に共感できすぎて、どの人物の視点で読んでも、こちらのことをすごく見られてるような感じがありました。「愛されたい」という感情の擬人化表現が何度も出てくるんですが、その中でも共感できたのが、「愛されたい」を自分でなんとかなだめているって部分で。あの感じめっちゃわかるんです。「なだめてるときあるよな~」って。あと、細かい情景描写でも好きなところがいっぱいあって。たとえば映画館の場面で、色のない黒から色のある黒に変わるという描写とか!めっちゃわかる! そうなる! って、テンションが上がりました(笑)。
住野:そんな細かいところに気づいてくださって、ありがとうございます。こういうときってどう反応していいかわからなくて、照れてます(笑)。
悠木:そうですよね、すみません(笑)。それと、樹里亜に関しては私の仕事とも微妙に近いので、こんなに頑張って自分のイメージやストーリーを構築している人もいるんだなって、感動したりしていました。私がわりとあけすけ派だから、自分との対比にもなりましたね。樹里亜は自分自身のキャラクター性を第一の商品としているけれど、私たち声優の場合はあくまで作品の中のキャラクターが第一の商品で、自分はその生産者というのも大きいかもしれません。ハンバーガーに入っている野菜を作った農家のおじさんやおばさんが例えばアサシンだったとしてもその野菜が安全でおいしければ食べる側にはあんまり関係ない、というのと同じで。樹里亜は自分のイメージを作り込んでいるんですけど、仕事を継続していく上で皮をかぶり続けるのって本当に大変だから、この子はいつかグラつくんじゃないかって、読んでいて心配になっちゃって。私はむしろ、全部あけっぴろげだけれども、それでも愛してくれる人はいっぱいいるって今までのファンの方々が教えてくれている。のびのびやらせてもらっているなと。
――ところで、『腹を割ったら血が出るだけさ』には、『少女のマーチ』という架空の小説が登場します。小説内小説が、いわば群像劇をつなぐキーアイテムとして用いられていますね。
住野:あまり望まれていない答えかもしれないんですけど、実を言うと作中小説が出てくる小説や、小説のことを褒めている小説って好きじゃないんです。それって結局、自分たち(小説家)のやってることをすごいって言ってるだけじゃないかと思ってしまう。でも今回、小説をもっと好きになりたいなと考えたのもあって、あえて嫌いなものに挑戦してみようと思って。同時に、登場人物の茜寧の設定はもともと、「住野よるのことを嫌いな女の子」なんですけど、それは僕のことを好きになってくれそうな人のことだけを書くのはフェアじゃないという考えから。並行して、僕が好きじゃないもの、僕を好きじゃない人を書いてみたんです。
あと、『少女のマーチ』のことでもう一つ言うと、『麦本三歩の好きなもの』の単行本の表紙ではモモコグミカンパニーさんが三歩役のモデルをされているんですが、モモコさんが読んでいる本の書名は『少女のマーチ』になってるんです。
悠木:えっ、じゃあ『麦本三歩の好きなもの』と同軸にある小説なんですね! へえー、面白い!
住野:あの時点で設定上、すでに『少女のマーチ』の作者である小楠なのかという作家は存在していて、それをお伝えしたらデザイナーさんが本を作ってくださって。作中でも、「小楠先生」って言葉が出てきますし。
悠木:うわ、そうか! 今めっちゃ感動してます! それを先生から直接聞けてるのすごいな(笑)。
――お互いに作品上では関わっていても、お会いするのは今日が初めてですよね。対談してみての印象はいかがでしたか?
悠木:『腹を割ったら血が出るだけさ』を読みたての状態でお会いしているので、話したいことがありすぎて、「わー、本物だあ!」みたいなテンションです。お顔も出されていないし、どんな方なのか情報もあまりなかったんですけど、人間でよかった(笑)。万一、キメリオのようなものが来てもおかしくないくらい、作品の中にいろんな人格が詰まっているから。人間じゃないか、CLAMPさんみたいに複数人の可能性もなくはないんじゃないかって。でも、今日お話しさせていただいて、うまく言えないんですけど、お一人の中にそれらが内包されているのがわかった気がします。
住野:僕はお会いしてみて、こんなに明るい方なんだ、って(笑)。僕の友人に悠木さんの大ファンの奴がいて、今度悠木さんにお会いするんだって話をしたら、最初にもらった情報が「(ネットゲームに)めちゃくちゃ課金する人だよ」だったので(笑)。
悠木:あはは! それはまあ、本当だけど! 経済を回してるんですよ! 一歩も出歩かずに経済が回せる(笑)。
住野:僕は誰と対談してもすぐ言葉に詰まってしまうので、リードしていただいてすごくありがたかったです。さすが、表に出て仕事をされている方だなって思いました。尊敬します。
――ちなみに、お二人が互いの作品をこれから読む人におすすめするとしたら、どう説明しますか?
悠木:『腹を割ったら血が出るだけさ』を読んでいる間、スクランブル交差点ですれ違っただけの、まったく知らない人の視点になって生きられるんです。それって、役を演じている感覚とも近い。役者ではない住野さんがこんなに人間を見ていることに畏怖も感じています。もちろん役者経験がなくても、読んでもらえればこの感覚は絶対わかるし、そこがまたすごく面白いんです。……ど、どうでしょうか?
住野:めっちゃいいことを言ってくださって嬉しいです! 悠木さんの『キメラプロジェクト:ゼロ』は、作中の設定とも重なりますけど、物語上の悲しみや闇みたいなものをおいしく自分の栄養にする体験ができると思うので、闇に触れる機会として読んでもらえたらいいなと思います。
悠木:おお、嬉しい! ありがとうございます!
住野:こちらこそ、ありがとうございました!