この悲劇の連鎖は他人事ではない…息子を殺した犯人は、嫁の元恋人だった――嘘か本当か、一家は混乱の渦に! 雫井脩介氏最新作『クロコダイル・ティアーズ』

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/26

クロコダイル・ティアーズ
クロコダイル・ティアーズ』(雫井脩介/鉄人社)

 人を呪わば穴二つ、という言葉が読後に思い浮かんだ雫井脩介さんの『クロコダイル・ティアーズ』(文藝春秋)。息子の康平を殺された老舗陶磁器店の店主・貞彦と妻・暁美は、遺された息子の妻・想代子と幼い息子の那由太とともに暮らすことになるのだが、犯人が想代子の元恋人であり、さらには「想代子から頼まれて殺した」と裁判で証言したことから、関係に亀裂が入り始める。

 もちろんそんな証言は苦し紛れのいやがらせで、本当に疑わしいところがあれば、警察が動いているはずだ。それでも、一度芽生えた疑念は、そう簡単には晴れない。とくに、以前から康平は想代子に暴力をふるっていたかもしれないと怪しんでいた暁美は、同居を機に、疑念をますます深めていく。元恋人とはいえ、夫を殺した憎い犯人のことをいまだに「さん」付けで呼ぶのは、なぜか。自分と同じように、悲嘆にくれる様子もなく、夫のいなくなった生活を満喫し始めているように見える想代子は、店の仕事にあれこれと口を出すようになり、家でも職場でも、暁美の居場所は少しずつ奪われていく。もしかしてこれが、最初から目的だったのではないか。那由太も、本当に康平の子なのだろうか、と。

 実の姉や、姉に接触する記者からもたらされる情報は、暁美の疑いを深めるものばかり。それなのに夫である貞彦は、暁美に寄り添って話を聞いてはくれない。後継ぎである息子を亡くした絶望を、孫の那由太に店の将来をみることで、どうにか乗り越えようとしている彼は、那由太の母親である想代子のこともまた、守りたいのだ。その孤独もまた、想代子に対する反感に繋がっていく。こうなったら自分の手で真相を明らかにするしかないと、暁美は、犯人に会いに行くことを決めるのだが。

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 人は、けっきょく、誰に何と言われようと、自分の信じたいことを信じてしまうし、それを補強するための情報ばかりを集めてしまう。犯人が何度「想代子は関係なかった。あの証言は嘘だった」と言ったところで、無意味なのだ。ふざけた態度で言われれば「本当のことを言いなさい!」となるし、真剣な態度で詫びたとしても「それがまた嘘くさい」と疑うだろう。暁美は、想代子を疑っていたし、想代子が犯人であってほしかった。その根底には、そもそも、暁美は、想代子のことが“好き”ではなかったという、嫁姑間のわだかまりがあった。もちろん、康平から暴力をふるわれているのではないかと、身を案じてはいた。自分と合わないものは感じていたけど、良好な関係を保ちたかったからこそ、一定の距離を置くようにしていた。けれど媒介となる康平がいなくなったとたん、その関係はもろくも崩れ去る。かわいかったはずの孫のことさえ薄気味悪く見えるようになり、想代子への反感はすべて、彼女こそが真犯人であると信じる根拠に変わっていく。果たして、その母の直感は正しいのか。想代子は本当に無関係なのか――。感情の捻じれは、さらなる事件を呼び、一家を混乱の渦に巻き込んでいく。

 描かれる悲劇の連鎖は、どれほど平和に見える家族にとっても、決して無関係なものではない。ラスト、解決に導かれてもなお「本当はどうだったのか」が薄いヴェールに包まれつかみきれないところも、読んでいてまたおそろしいのである。

文=立花もも