大切なモノには、あなたの価値観が染み込んでいる――。ミニマリストのモノへの愛着

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/28

私は、持ちモノたちも生きている、と思うことにした
私は、持ちモノたちも生きている、と思うことにした』(ジン・ミニョン:著、簗田順子:訳/主婦の友社)

私は、持ちモノたちも生きている、と思うことにした』(ジン・ミニョン:著、簗田順子:訳/主婦の友社)は、韓国で人気のエッセイストであり、ミニマリストのジン・ミニョンさんの独特な「モノ」への視点が綴られている1冊だ。

私が日常で使っているモノたちにも、少しずつ私の価値観が染み込んでいます。

 だからこそ、自分を取り巻くモノたちは、私たちが「どんな人になりたいか」を表しているのかもしれない……という、ジンさん独自の切り口から本書は始まる。

 例えばジンさんは、「口紅」について「年を重ねる喜びを教えてくれる」と紹介しているのだが、「若い頃は似合わなかった口紅が、歳を経るごとにしっくりくるようになった」というエピソードに、私は激しく同意した。まさしく同じようなことを、私も感じていたからだ。

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 こういうところで、私はジンさんのエッセイにぐぐっと惹き込まれた。おそらく同年代であろう彼女に、等身大の共感ができたからだ。しかしジンさんは、ただの「女子あるある」を話したわけではない。

しっくりこなかった二十歳(はたち)の口紅が、化粧ポーチの必需品になったみたいに、時が流れないと楽しめないチャンスがたくさんある。(中略)流れた月日を恨めしく思うより、ありがたいと思える人になりたい。それって未来を生きていくための素晴らしいチケットになるんじゃないかな。

……と綴っている。

 年を取ることは、ネガティブに捉えられやすいけれど、負の面ばかりではないよと、口紅を通して教えてくれたのだ。

 また、「生活のスピードを調整してくれる」という「ラジオ」について。

 ジンさんは、手のひらサイズの卓上ラジオがお気に入りだという。今はスマホでもラジオが聴ける便利な世の中だが、敢えてジンさんは「ラジオでしか聴けないモノ」にこだわっている。

モノたちの機能がよくなるほど、使いこなすっていう経験は平面的になっているかも。アプリひとつで世界中のラジオが聴けるようになったけれど、周波数を合わせながら
気に入った放送に出会う偶然も、寝ても覚めても番組で頭がいっぱい、なんていう愛着もなくなっていない?

文明の発展が待つこと、未練を持つこと、切に願うことを犠牲にするのなら、私は進歩のスピードに逆らって、ひとつひとつ取り戻すつもり。その抵抗力を最初にくれた立役者がラジオかもしれない。

……と語る。

 彼女の視点は、独創的だが、共感できる。

 それはもしかしたら、私たちの心にもある、ポジティブだったりネガティブだったりする言葉にできない感情を、力強く洗練された文章で、表現してくれているからかもしれない。

 ミニマリストと言うと、「効率」や「機能性」を重視する、どこか「淡白な人」というイメージがあったのだが、ジンさんのモノへの見方は、深い愛着を感じた。

 私も自分の大切なモノを「じっと見つめて」、ジンさんのようにリストアップしてみようか。今まで気づかなかった自分の価値観に、出会えるかもしれないから。

文=雨野裾