YOASOBIが向き合った、巨大な壁。小説『はじめての』を通して、Ayaseとikuraが見つけたもの

文芸・カルチャー

更新日:2022/10/4

YOASOBI

 島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都という直木賞受賞作家4名による小説集『はじめての』(水鈴社)。この4人の作家による4つの小説を題材に、4曲の新曲を書き下ろすという前代未聞のチャレンジに挑み続けているのがYOASOBIである。現在発表されている“ミスター”“好きだ”の2曲を聴けば、きっと伝わるだろう。YOASOBIの代名詞とも言える、一筆書きのように美しく、流麗な流線を描きながら進んでいくメロディと、その旋律のポテンシャルを最大限に表現してみせる歌声、そしてその掛け合わせによって生み出されるセンチメンタリズムはやはり見事で、『はじめての』という作品に込められた4つの魂は、YOASOBIをして新たな「発明」に導くほどの、本物の感動を教えてくれるものだ。だが――というか、だからこそ、YOASOBIは巨大な壁に向き合っている。Ayaseとikura――2020年代の音楽シーンを颯爽と革新してみせた若きふたりが自ら語ってくれた、貴重な「本音」が語られている。

 ふたりが『はじめての』という作品に対峙することのプレッシャー、そしてその結果、新たな名曲を生み出していくことの得難い実感。今、『はじめての』とYOASOBIという才能がぶつかり合うことで生まれる、ヒリヒリするような緊張感と喜びを、ぜひ読み取ってほしい。YOASOBIの音楽のありようを熟知するROCKIN‘ON JAPAN小栁大輔氏によるインタビューをお届けします。

取材・文=小栁大輔、写真=北島明(SPUTNIK)

 

ミスター

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YOASOBIにおいてのikuraは、とにかくこの世界観を構築していくための、最大限できることを全部全うする。それがikuraだと思っている(Ayase)

――今回の企画はそれぞれの小説が「はじめての」というテーマになっていて。となると、YOASOBIとしても、「初の体験」であったり、ピュアな気持ちを曲に落とし込んでいくことになって、今までとはまた違う作業だったと思うんだけども、そのあたりはどうですか?

Ayase:「はじめての」っていうテーマでやったからには、YOASOBIとしての「はじめての」もいろいろ入れていきたいというのはあって。今までの楽曲も何かしらチャレンジはしてはいるものの、こういう機会だからこそやれる曲を作ろうと。始まりから関わらせてもらっている企画なので、遊びが利かせられるし、自分たちがおもしろいと思えたものに、即オーケーを出せるから、「こういうのもやってみたかった」「こういうのやってみたらどういう反応が来るんだろうな」っていう挑戦的なアプローチはできるなと。

――それはAyaseくんの言葉にするとどういうアプローチになるんでしょう。

Ayase:“ミスター”に関しては、シティポップな感じに仕上げました。新しいやり方だったということもあったし、いきなりこの曲が世にドーンと広まっていくイメージはそこまでできてなかったんですけどね。作ってる段階ではもちろん自信満々だし、これまで以上に、好きなように作らせてもらったと思います。

――うん。

Ayase:どっちかというと、ボカロP・Ayaseに近い感覚で作ったかな。その感覚のままに作りつつ、YOASOBIとしての受け取られ方を考えて、どうすれば広く聴いてもらえるか、その訴求の仕方を考えて。勉強になりましたね。

――ikuraちゃんは、どう歌っていこうと思ったんでしょう。とても難しい曲だけども。

ikura:これまでYOASOBIのikuraとしてレコーディングに向けて向き合ってきたものの、集大成を持っていきました。作品を読んで思い描いていたものと、実際にAyaseさんから音源が届いて自分でコーディネートしていく作業をみっちりやって。歌詞カードにすっごく書きこんでいきました。自分が2年間ikuraをやってきて、「これがYOASOBIの最新のやりたいことです」っていう気持ちでレコーディングに臨んで。Ayaseさんのクリエイティブとikuraのクリエイティブを合致させられたし、最高のものができたと思っています。なので、この作品に対する自分のパフォーマンスにおける悔いは一切ないですね。

「また新鮮なYOASOBIの顔が見れた」とか「やっぱりYOASOBIはこうやって来てくれるよね」っていう部分に、刺さっている感じもあって。と同時に、今まで世に発信して、最初にもらってきた反響ともまた違うなっていう実感もありました。ほんとにふたりのクリエイティブの中では最高傑作だと思えたし、すごいものを作れたと思ってます。

――今ikuraちゃんが「ふたりのクリエイティブが合致した最高傑作」と話してくれたけども、これまでもそうだったと思うんですよ。でも今回は、また違う実感があったと。

ikura:今回は、特に落ちサビから後半にかけて、歌詞が大幅に変わったりもしたし、その場でどう歌うか、歌ってみて決めていくところも多かったんです。その中で、何も考えずに、ただ作品のことだけを思って歌って。作品の主人公は、ロボットではあるけれども人間のような心を持ち始めている。でもその感情すらも人工的に作られたもので――難しい感覚を、身体に入れてやってみようっていう実験的な歌だったんですけど、1回目に出たテイクがすごく良かったんですね。最初に、「一度、自由に、思ったようにやってみて」ってAyaseさんに言われて、歌ってみたらいいものができた。そういう意味で新しい発見と合致を感じたんです。経験として新しかったです。

――Ayaseくんも、今回はかなり試行錯誤しながら、練り込むように曲を作ったんだと思うんですけども。それこそ、テクニカルに。

Ayase:ああ、そうですね、かなりテクニカルに作りました。

――そこでの気づきとしては、ikuraという人のボーカルがいかに多くの実験を許してくれるのか、その力を当てにしながら作った感じもするし。

Ayase:それはもう、間違いなくそうですね。今までにない系統で作った曲だったりすると、スタッフさんに言われるわけです。「これはちょっと受け入れられにくいんじゃない」「洋楽に寄せすぎじゃない」とか。でも、僕はそういうときも、「いや、りらちゃんの声が乗れば絶対大丈夫ですよ」って言うんです。それは安心要素としてある。僕の作った音がアンバランスだったとしても、彼女が日本語の歌詞で歌ってパフォーマンスすれば、絶対にJ-POPになるっていう。その信頼と自信があるから遊べるんですよね。

――ikuraちゃんも、これまで以上にikuraを全うしようという。

ikura:それはめちゃめちゃ意識してました。YOASOBIにおいてのikuraは、とにかくこの世界観を構築していくための、最大限できることを全部全うする。それがikuraだと思っているので。レコーディングも、絶対できないって思うことも「はい、やりましょう」「はい、次。次。次のテイク」って、私はロボットかって思うぐらい追い込んでいったので。この作品をいい作品にするために、自分はとにかく歌を乗せようっていう感じですね。でもそういうふうに新しい曲を作るときに、私の声だから大丈夫だよって思ってくれてるっていうのは今初めて聞いた(笑)。そんな話をしてるなんて知らなかった(笑)。

Ayase:“群青”ぐらいから言ってるんです。「ああ、りらちゃんの声が乗れば大丈夫かあ」って(笑)。

ikura:1年半ぐらい知らなかったです。嬉しいです。

Ayase:でもそれだけ、彼女の声をみなさんが聴き馴染んでくれて、ベースができ上がったなっていう実感がある。今回はだからこそのチャレンジをしたいっていうところもあって。

――今回歌を歌っていくうえで、多くのことを書き込んだり、試行錯誤したりしたわけですよね。どのあたりがそうさせたんでしょう。

ikura:最初の声色を選ぶ時点ですね。ちょっとした声の、どの成分を引き出してくるか、すごく悩んで。それはなぜかというと、アンドロイドだけれども、感情が育ってきているので、その心情を、物語をまだ読んでない人にとってもスッと入ってきて、燃え上がるようなものにしたかったから。音的にはシティポップですし、もちろんポップ的な要素はあるんですけど、闇みたいな部分はちゃんと残したくて。声色はかなりこだわりましたね。

――その闇、悲しみの部分やネガの要素もきっちり表現したいということだけども。そこでやっぱりすごいと思うのは、そういった試行錯誤しながら、ikuraちゃんの中での迷いや苦労を音楽に乗せないというか、そのしんどさを聴き手に割り勘させないというか、そういう強いマナーみたいなものを感じますね。

ikura:ありがとうございます。たしかに、自分の中で考えていることはいろいろあるんですけど、出すものに関してはクリアでありたいというか。正確なものを出したいっていうのはあります。

――“ミスター”はその「正確なものを出したい」という大前提を守るのがこれまで以上に大変だったんじゃないかと。

ikura:ああ、そうですね。大きいプロジェクトの第1弾だったこともありましたし。私も曲を作る人間だからこそ、YOASOBIにおいての曲を作る葛藤はやっぱり……自分のクリエイティブじゃ理解し得ないくらい深いところにあると思うので。そこはいつもほんとに大変だなあって思ってます。

――もはや、YOASOBIは国民の欲望に向き合わなきゃいけないから(笑)。

ikura:そうですね(笑)。

Ayase:だからこの曲以来、曲が書けなくなっちゃって。ほんとに2ヶ月ぐらい1曲も書けなくて。あり得なかったので、そんなことは。かなりキツい時期が来ましたね。

――ああ、そうだったんだ。Ayaseくんにも、そういう時期が来たんですね。

Ayase:うん。曲が書けなかったことなんて、これまで一度もなかったので。書けないというか、書く気になれなかったんです。今はもう曲を書いてるんですけど、部屋の中をウロウロしてるだけ、みたいなことはこれまでまったくなくて。音楽も聴かなくなっちゃったんですよね。で、何を聴いてもいいと思えなくなっちゃって。今までだったら一曲いい曲を見つけたら狂ったようにその曲ばっかり聴いてたんですけど。ちょっとヤバいなと思っていたときに、以前から周りの人にずっと「いいよ」って言われてながらも聴いていなかった米津玄師の“PLACEBO”を聴いて(笑)。で、ちょっと作る気が復活してきたんです。

――そうなんだ。そんなAyaseは初めてでしょう?

Ayase:そんなAyaseは初めてでしたね。音楽を嫌いになったわけでもないし、作曲に興味が持てなくなっちゃった。作りたいと思えない。かといって別の娯楽に挑戦したいとかじゃないんです。曲は作りたいと思っているのに、音楽に触れていたいと思えないっていう。そんな時期が、1ヶ月、2ヶ月ありました。

――そういうAyaseくんをikuraちゃんはどういう思いで見ていたんだろう。

ikura:その時期、若干落ち着いてたんです、活動自体が。YOASOBIの春休みみたいな期間があって。でも現場で1週間に1回くらい会って、そこで曲が全然できない姿を見ていて。で、私もその頃、幾田りらとしての制作の期間だったので、そのつらさを一緒に感じてはいて。Ayaseさんの曲が進まないのこととは意味合いが全然違うし、すべてを理解しているわけじゃないんですけど。でも、今までも納期がヤバい、今月中にあと3曲みたいな、そういうハードルをギリギリで乗り越えているときから、ちょっと違うフェーズに入っている雰囲気は感じてました。でも私もAyaseさんのことを完全にわかるわけではないし、乗り越えられるものなのか、ずっと続いていくものなのかもわからなくて。「とにかくAyaseさん、頑張ってください」って願っているしかない。今年の1月、2月あたりからYOASOBIの新しいフェーズが始まった感はありました。

――YOASOBIの第1フェーズというか、何を見ても刺激になって何を見てもいいものができるという状態から、新しいものを作るにはちゃんと理由が必要だという、そういうタームに入っているのかもしれないですよね。それは必然的な変化だとも思うし。

Ayase:苦労しましたね。音楽を聴いて、いいと思えるセンサーがなくなっている以上、自分が生み出すメロディさえも、いいのか悪いのかの判断がつかなくて。いつものような感覚で、手癖でメロディを作ってみました、というやり方だったら、「ああ、俺っぽい曲だなあ」とは思うんですよね。で、そこから遊びを利かせたメロディを作ってみたりして。2021年は、そうしたうえで、そもそもいい曲とは何かとか――売れるのか/売れないのか、世に広まるのか/広まらないのか、みたいなことをめちゃくちゃ考えてきたんですよね。2020年はそんなことを考える暇もないぐらい、現状に追いつくのに一生懸命だったので。

 21年はそういうことを考えて、パブリックイメージの広がり方も含めて、アプローチの仕方を考えまくった。その結果として、何が正しいのかわからないっていうフェーズに入ったんだろうな、今年は、ということなんですけど。メロディはポンポンって浮かぶほうだったけど――で、実際、ポンポン浮かんでくるものの、いいのか悪いのかの判断がつかない。で、そもそもいいって何? 売れたらいいの? 俺だけがカッコいいと思ってたらそれでいいの? どっち?みたいな根本的な悩みにぶつかった感じはありますね。

 自分のクリエイティブに対しての疑心暗鬼というか。自信がないというか、単純にわからないみたいな。どれもいいとも思えるし、どれも伸びない気もするな、みたいな感じだったんですよね。自分から生み出されるアートの価値観をどこに置くか。何を大事にしながらアーティストをやるのか。YOASOBIにおいてやろうとしていることは何なのか。それが一度わからなくなるタイミングだったんだろうなと思う。それだけ、このプロジェクトで向き合うものがデカいということです(笑)。だから僕の2022年は、この答えを探す旅だと。で、これをちゃんと乗り越えられたら、きっと2023年にはまた何かを見つけられるだろうと。

――極めて本質的な話ですね。

Ayase:すべてのアーティストが思っていることなんでしょうね。なかなか大変ですね、これはね。やっぱり売れなかった時代が長かった分、怖がってるんでしょうね、きっと。

好きだ

音楽に対する自信だけはずっとあふれてます。この根拠のない自信をさらに形にしなきゃいけないという不安はありますけど(Ayase)

――これもまた、YOASOBIの本質論になるんですが、Ayaseくんが曲を作るときには、ikuraちゃんの歌はどのぐらい鳴ってるんですか?

Ayase:う~ん、YOASOBIの曲を作るときはもう、ずうっと鳴ってますよ。

――ずっと鳴っている。

Ayase:鳴ってますね、うん。メロディを打ちこんだ時点で。ド〜って鳴ったらド~はもうこの人の声で流れてくる感覚ですね。

――じゃあ、そのikuraちゃんのボーカルを素直に際立たせる形で、メロディを作ることもある?

Ayase:いや、そこはあまりないかな。曲を考えている段階では、とにかく自分がいいと思うメロディを作ろうっていうのが先ですね。だけど、これはikuraには合わないんじゃないかということは、今のところないですね。ikuraの声には、そんなに相性が悪いものがあるような気がしない。そういう食材なんですかね。

ikura:食材(笑)。

――ikuraという人のボーカルの力はとてつもないと思う。本当にすごいと思う。

Ayase:マヨネーズ。

ikura:マヨラー?(笑)。

――(笑)だから、もっと当てにしてもいいのかなとも思う。それだけ難しい作業をしてるということだよね。今回の『はじめての』という企画は本当に難しいんだと思う。

Ayase:そうですね。難しかったみたいです、やっぱり。小説を曲にするのは難しい(笑)。これまでのことを振り返っても、ほんとによく書いてきたなあって思う瞬間ありますもん。

――ただ、“ミスター”で言うなら、よくこのフレーズをちゃんと書いたなあと感動したのは、最後の《叱ってよ》っていうフレーズで。あれを書けたのはすごいなあと思ったんだよね。

Ayase:あれは……書きましたね(笑)。あれは僕の好きな歌詞ランキング、トップ3には入ってます。いや、ベスト1ですね。もうあのフレーズが書けた時点で、そこから逆算で書き出したんです。この《叱ってよ》っていう結末につなげるために。そういう楽しさはあるんです。そう、そういう楽しさってすごくあるんです。ただ、時間がかかるだけで(笑)。言葉を探す旅に出なきゃいけないし、何度も小説を読まないといけない。でも、そのひとつのピースが埋まったらパシーンって進んでいく。この気持ちのよさは、たぶんYOASOBIの作り方にしかない。だから、また、探しに行きたいですね。

――《叱ってよ》探し。

Ayase:《叱ってよ》探しですね。「これ!」っていうきっかけの一発目を見つけるみたいな作業をこれからもやらないといけないですね。

――最高だし、ikuraちゃんもそう思うでしょう?

ikura:あそこはもう――ちょっと安い言葉になっちゃうかもしれないですけど――エモエモですよね。私も全部あのフレーズに捧げました。音域的にも捧げなきゃいけない音域で、ほんとに心も身体も《叱ってよミスター》ってなりました(笑)。

――(笑)あのフレーズに魂があるね、この曲は。

Ayase:本当にあのフレーズですね。もう一生この話できちゃう(笑)。ほんとにいい経験にもなったし、こういうチャレンジができて、いろんな気づきがあるのもこの『はじめての』においての収穫ですね。

――大変なハードルだけども、ここからも大いに期待してます。

Ayase:4作品を作り切った頃には、きっとまた全然違うYOASOBIになれる気がします。毎曲毎曲これだけの反省と「俺の考えは甘かったのか」みたいな自問自答をやっていくわけなので。俺はいつになったら完璧な人間になれるんだろうと(笑)。一生勉強していくんでしょうね。

――今まではね、一筆書きで書いたら「名曲」っていう、そういう時期もあったんだと思うし、そうじゃない時期もあるんでしょうね。

Ayase:ほんとそう思いますよね。“夜に駆ける”を作るときに悩んで、自分の中で導き出してた音楽家としての思想が、今考えたら子どもだったり甘かったりもするんですけど。でも、そんな青さで作った曲が広がってくれたことは事実だし、あのときのあの青さは、あの青いときにしか出なかったと思うし。タイミングといろいろが、うまく絡み合ったときに名曲が生まれるんだなと。いや、達観しそうですね(笑)。でも、音楽に対する自信だけはずっとあふれてますから。

――うん、大丈夫。

Ayase:はい。

ikura:(笑)。

Ayase:この根拠のない自信をさらに形にしなきゃいけないという不安はありますけどね。「自分には才能なんてないかも」と思ったことは1回もないですけど、ちゃんと余すところなく届けられるのだろうか、という不安はあります。この自信と不安に向き合いながら、丁寧に丁寧に作っていけば、また光明が差してくるはずという思いで頑張ります(笑)。