話し相手が「死にたい」と言いだしたときに、必要な死生観/悪魔の傾聴⑤
公開日:2022/10/17
『東京貧困女子。 彼女たちはなぜ躓いたのか』(東洋経済新報社)や、2度も劇場映画化された「名前のない女たち」シリーズ(宝島社)など、長年、AV女優や風俗、介護に関する社会問題を取材している、ノンフィクションライターの中村淳彦氏。3000人超を取材してきたインタビューのプロが、ついに明かす「悪魔の傾聴テクニック」が1冊に。『悪魔の傾聴 会話も人間関係も思いのままに操る』(飛鳥新社)の中から、本音を知りたい相手に使えるテクニックを、全5回でお届けします。
相手が「死にたい」と言いだした
【NG】 死んだらダメだよ!
【OK】 どうして死ぬの?
最後にもう一つ「死に慣れる」を加えることによって、メンタルをさらに強固にさせたいと思います。
いま生きている人は、誰も死んだことがありません。
死生観は老若男女、階層、職業、性格を超えて人それぞれです。戦後の日本は平和な時代が続いたので、死ぬのは悲しいこと、自殺は最悪な行為という共通認識があります。
『死ぬこと以外かすり傷』というベストセラーもありました。平和な時代が続いた日本では、死に対してセンシティブになる傾向があります。
死に対する過剰反応は、産業や政治を動かすこともあります。
具体的には、過剰な医療や介護、新型コロナウイルスに対する過剰な報道や政策などです。
死に対しての慣れがなく、死という言葉や概念にセンシティブになるのは、悪魔の傾聴ではマイナスです。
メンタルを盤石にするために、死生観の「心のセンタリング」が必要になってきます。
「死」というワードに過剰反応しない
誰もがざわつく「死」というニュアンスが、相手の語りからでてきたとき、聞き手は過剰反応してはいけません。冷静に心のセンタリングを保ちます。
人は誰でもいつか死にます。冷静に耳を傾ける心の調整が必要です。
具体的には、「自殺は悲しい最悪な行為だけど、人には自殺する自由もあるのでは」「長生きが幸せって、本当?」「人命優先も理解できるが、経済をストップしたら自殺者はもっと増える」みたいな、一歩引いて死を考える感覚です。
みなさんも悪魔の傾聴をしていると、いずれどこかで「(相手が)死にたい」という話がでてくることになります。正解はないですが、筆者がどう対応したか実際の場面を紹介します。
当時24歳の女性から、すでに用意している「遺書」を渡されたことがありました。女性の表情は真剣でした。
筆者「死ぬの?」
女性「うん。たぶん、というか死ぬしかないかな。でもMのツアーに行かなきゃならないから、年末までは生きていると思う」
筆者「なんで?」
女性「人生、嫌になったから。なにもないし、汚すぎるし。自殺を止めようとする人がいるじゃないですか。そういう人、すごく嫌。わたしに死なないでほしいのはその人たちのエゴであって、関係ないもん。なにもしてくれないのに、死なないで! とかいう人が多すぎるよ」
(中略、飛び降り自殺する予定の自宅マンションの屋上に移動)
女性「ここから飛び降りたらグチャグチャになるよね。薬飲んで助かっちゃったときは本当に苦しかったから、絶対に死ねるためにここなの。決めているの」
筆者「死にたいっていつも思っているの?」
女性「日常茶飯事だよ。見慣れた風景だもん。実は今も死にたいし、昨日も死にたかった。あの遺書を書いたときも一晩中、ここで悩んで躊躇した。一気に飛んじゃったら楽になるのにね」
筆者「怖いよね。無理だよ」
女性「怖い。すごく怖かった」
筆者「痛いだろうし」
女性「うん」
筆者「死ぬのやめれば?」
女性「飛び降りたくても、ここから飛べる自信はないし、いままで何十回ってチャレンジしているけど、どうしてもできない」
筆者は女性の「死にたい」という言葉を冷静に聞いて、即座に死にたい理由を尋ねています。死に慣れていないと、冷静さを失って、心がざわついてしまうことでしょう。そして、相手の死にたい気持ちを否定する間違った反応をしてしまいがちです。
女性は12階建ての自宅マンションの屋上から飛び降りることを決めていました。どうやって死ぬつもりなのか確認するために、エレベーターで一緒に屋上まで上がりました。屋上の柵から見下ろすと、とても飛び降りることはできません。足がすくんでしまいます。
「怖い」という感情を共有して、そこでの傾聴を終わらせました。
筆者が「死に慣れた」のは、この24歳女性のときのように、死にたい気持ちのある女性の話を最後まで傾聴して、さらに後に介護の仕事に関わったことでした。
要介護高齢者は次々と死んでいきます。いちいち死を悲しんでいられません。
人は生まれて、死んでいくことが普通であることを理解したわけです。
POINT 死に慣れる