黒柴の“マジック”が起こす小さな「奇跡」。知らないうちに人生が好転! 大人気シリーズ第2弾『迷犬マジック』

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/1

迷犬マジック2
迷犬マジック2』(山本甲士/双葉社)

 犬と一緒に散歩をしていて、近所の人と話をするようになったり、道端で知らない人に話しかけられたり…そんな経験のある飼い主さんは多いのではないだろうか。自分ひとりなら絶対に挨拶すらしないような相手にも、犬がいるだけで不思議と心の垣根が取り払われてしまうのは、まさにドッグ・マジック!――山本甲士さんの『迷犬マジック』(双葉社)は、謎の黒柴が人生に小さな光を灯すハートウォーミングな連作短編シリーズだ。

 迷い犬のマジックは、ある日突然、屈託を抱える誰かのもとに現れ、思いがけない「出会い」を引き寄せてくれたり、まるで全てを見通してでもいるかのように「幸せへの入り口」に導いてくれたりする。2021年に初登場したそんな魔法犬の物語は多くの人の心をキュンとさせ、このほど待望の『迷犬マジック2』が登場した。前作同様、物語は春夏秋冬の4編。移ろいゆく季節の中で、つかの間の飼い主とマジックの息の合った交流にほっこりさせられて、なんだかジーンとして、「犬と過ごすっていいなあ」とあらためて思わされる一冊だ。

 たとえば第一話の「春」は、小4の賢助にマジックが魔法をもたらす。母子家庭の賢助は、母親がつきあっている男性・重との微妙な距離に悩んでいたが、ある日家に帰ろうとするとマジックが後をついてくる。どうやら迷い犬のようだが賢助の家はアパートなのでどうしようもなく、重の家で飼い主が見つかるまで預かることに。マジックが気になる賢助は、日頃の微妙な気持ちは脇に置いて重と夕方の散歩をすることを日課にし、散歩を通じて重という人間を知るようになっていく。

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 続く「夏」では喧嘩っぱやくて職も失い自暴自棄になっていた男のもとに、「秋」は息子の夢を理解できずに疎遠になってしまった父親のもとに、「冬」は娘や孫を失い生きる気力すら失いかけていた老婆のもとに、それぞれマジックが現れる。孤独だった彼らにマジックは寄り添い、次第に笑顔を取り戻させていくことになるのだ。

 実はマジックは、臨時飼い主が自分の力で「自分なりの幸せ」を発見できるようになると、安心したかのように去っていってしまう。つかの間の飼い主たちはショックを受けるが、いつかこの日がくることは内心わかっていたようにも見える。やがてマジックが残してくれたものの大きさと自分の変化に気がつき、しっかり前を向く。その清々しさに、なんだかこちらも元気をもらえる気がする。

 何の変哲もない犬がそんなに人を幸せにするなんて信じられないと思う人もいるかもしれない。だが犬というものは、実際に人と人の距離を近づけ笑顔にしてしまう不思議な力を持っている(実は筆者もシバ犬(♀)飼いで、ちょっと怖そうだった近所のご主人がうちの子のために専用の水飲みの器まで用意して待ってくれるようになった経験がある)。そんなワンコの底力が物語のベースになっているからだろう、マジックが起こす奇跡の数々に「本当にこんなこともあるかもな」とうれしくなるのだ。

 マジックがつなげてくれるのは、近所の人たちだったり、通学中の女子高生だったり、小学生や老人だったりとの小さな「縁」の数々だ。だがそんな縁が重なって、私たちの「日々の暮らし」は支えられているもの。マジックはそんな当たり前のことにも気がつかせてくれて、なんだか安心してほっこり。あなたもこの本でマジックとの時間を味わってみてほしい。

文=荒井理恵