3回フラれても椎太のことが好きでたまらない高校生の由舞。4回目の告白を「もうがまんできない!」【森絵都 ヒカリノタネ】/はじめての④
公開日:2022/10/16
直木賞作家4人と、“小説を音楽にするユニット”YOASOBIがコラボレーション! 島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都による短編小説集『はじめての』をYOASOBIが楽曲化し、「文学」「音楽」そして「映像」から物語世界をつくりあげていく話題のプロジェクト。企画テーマ「はじめて」をモチーフに書かれた珠玉のアンソロジー『はじめての』から、各話の冒頭部分を全4回連載でお届けします。第4回は、“はじめて告白したときに読む物語”、森絵都著「ヒカリノタネ」をご紹介します。
取り返しのつかないものを取り返す。
そのために私は旅立った。
目のくらむほど遠い彼方への旅。
私の思いを、もう一度、彼にとって初めてのものとするために。
彼への思いを、もう一度、私にとって初めてのものとするために。
*
「ヒグチ、助けて」
その夜、何かがあふれた。夕食後、自分の部屋で柿ピーをぼりぼり貪っているうちに、私は急にいてもたってもいられなくなって、小学校からの親友に電話をした。
「私、やっぱり椎太が好きだ」
ヒグチのリアクションは薄かった。
「知ってるよ。もう耳に……」
「タコができてても、また聞いて。ピンチなの。私、もうがまんできないかも」
「何が」
「告白」
「あー」
五秒ほど続いた「ー」のあと、ヒグチのさめた声がした。
「ま、こうなる気はしてたよ。時間の問題だったね」
「そんな他人事みたいに言わないで」
「みたいじゃなくて、他人事だし」
一瞬、通話をオフにしかけたものの、相手はヒグチなのだと自分に言いきかせて思いとどまった。
「だったら、その落ちつき払ったクールな目で見て、教えてよ。私、どうすればいい?」
「どうもこうも、告白、がまんできないんでしょ」
「うん」
「じゃ、するがいいさ。おなじ相手に四回目の告白を」
「ぐさ」
四回目。そのしょっぱい数字が胸を刺す。
「かんたんに言ってくれるけど」と、私は声を落とした。「四回目ともなると、さすがに私も考えちゃうんだよ。これまで三回フラれてる相手にまた告白してうまくいく可能性あるのかな、とか。いいかげんしつこいって椎太に引かれちゃったらヤだな、とか。ヒグチ、どう思う?」
「椎太のことだから引いたりはしないと思うよ」
「じゃなくて、うまくいく可能性」
ヒグチが沈黙した。正直だ。
「いいから言って。遠慮なんてヒグチらしくないよ。これまで三回フラれてる相手にまた告白して、ハッピーエンドの可能性ってどのくらい?」
「なら言わせてもらうけど、砂漠で四つ葉のクローバーを見つけるくらいの難易度?」
正直すぎる。私は通話をオフにした。
砂漠で四つ葉のクローバー。限りなく0パーセントに近いヴィジョンに鼻の奥がつんとなる。涙の出口をふさごうとベッドに飛びこんだら、油断していた鼻水でまくらカバーがぬれた。
わかってる。すべてはあきらめが悪い自分のせいだ。
フラれても、フラれても、フラれても、どうしても思いを断ち切れない相手――椎太を初めて意識したのは、今をさかのぼること十年前、まだ小一のころだった。恋なんて言葉も知らないまま、私はいとも軽やかに告白し、軽やかにフラれた。その後も初恋を引きずりつづけて、小六で二回目の玉砕。中二で三回目の失恋をしたときには、さすがにもうつぎはないと思った。
私は永遠に椎太の彼女にはなれない。この現実を受けいれるしかない。このままだと、椎太のことが好きすぎて、自分のことが嫌いになってしまう――。
椎太にいつまでも執着している自分。
椎太ばかりを目で追い、椎太の目ばかりを気にしている自分。
椎太以外には目をくれず、自分の世界をみみっちくしている自分。
そんな自分にほとほといやけがさしていた私は、三回目の撃沈のあと、これをバネに生まれ変わろうと決意した。「脱・椎太!」。ヒグチにそんな宣言をして、ありあまる情熱をほかへ向けるため、一大決心の末に女子バレー部へ入部。教室でもSNSでも積極的にともだちを増やして、椎太一色だった日々をぬりかえようとした。椎太を目で追ったら罰金十円、というルールを作ってそこそこ小銭を貯めた。
なのに、どうしても、椎太とちがう高校を受験することだけはできなかった。
「坂下もおなじ高校なんだってな。よろしく!」
椎太からさわやかな笑顔(とても過去に三回自分をフッた相手とは思えないような)で言われたとき、私は高校三年間、なんとしても「長年の友」というポジションを死守しようと心に誓ったのだった。凶器と紙一重のこの笑顔を曇らせちゃいけない。多くを求めさえしなければ、私は女ともだちという安全地帯に居座っていられる。
幸いにして、高一も高二も椎太とはクラスが分かれた。接点が少なければ感情の波も立たない。ときどき廊下ですれちがいざまに「よっ」と声をかけあうだけの関係。それでいいと思った。それで平和だった。それなのに――。
ピンポン。ふいにインターフォンが鳴り、私は湿ったまくらからはたと顔をはなした。
扉ごしにママの声がしたのはその数秒後だ。
「由舞、ヒグチ来てるよ」