頭の回転、速いだけがいいの? じっくりトコトン考え抜く「遅考術」のススメ

ビジネス

更新日:2022/10/11

遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」
遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』(植原亮/ダイヤモンド社

 賢い人と聞くと“頭の回転が速い”というイメージがある。しかし、考えるスピードは、必ずしも大事ではない。「気をつけないと間違える場面」や「多様な可能性を考慮すべき場面」などでは、ゆっくりと時間をかけて思考することが求められる。

 書籍『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』(植原亮/ダイヤモンド社)はタイトルからも伝わるとおり、「じっくり深く考える」ための方法を学べる1冊だ。“頭の体操”のような問題を解きながら学べるのが楽しく、登場人物たちの軽快な会話形式で進む解説も分かりやすいのが、本書の特徴だ。

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生年月日やDNAがまったく一緒でも「双子」でない2人とは?

 本書の登場人物は「遅考術」を指南する“先生”と、社会人生活で日常的なミスに悩む“早杉”と“文殊”の3人だ。本書の序盤で先生は、遅く考えられるようになる「一つ目のコツは、一度あえて『否定』してみる」ことだと、生徒の2人に述べる。本書から、このテーマに関連した以下の例題を紹介してみたい。

コースケとエイジは見た目が実にそっくり。本人たちに尋ねてみると、身長や体重が同じなだけでなく、生年月日や両親までがいっしょなのだそうな。なんならDNAも一致するとのこと。ところが、それでも2人は双子ではないのだという。
――はて? いったいそんなことがあるのだろうか? 一番もっともと思われる仮説を考えてみよ。

 パッと思い浮かんだ発想を「まずはいったん否定する。『Aではないのではないか』と自問する」という思考のプロセスが、このテーマでの最初のステップだ。例題では、問題文の時点ですでに「コースケとエイジ」が「双子」である可能性は否定されているので、別の視点から考えてみなければならない。

 そこで、次は「条件を何度も確認する」というステップを踏んでみる。条件の「見落とし」はないかと、注意しながら考えてみれば「別の仮説を思いついたりする可能性」も出てくる。例題の場合は「生年月日や両親までがいっしょ」「DNAも一致する」といった点に改めて注目するのがポイントだ。

 最後のステップは「もっともだと思える仮説にたどり着くまで、あれこれ粘り強く考える」のみ。想像力を働かせながら、ネットなどの「文献を参照」し、「他の人と相談する」のも選択肢だ。本書の例題では、生徒の“文殊”がふとつぶやいた「昨日の夜にちょうど『おそ松さん』を見ていた」の一言で、例題が求めていた「一番もっともと思われる仮説」が導き出された。

 ズバリ、例題の答えは「コースケとエイジは、三つ子(もしくはそれ以上)だった」とする仮説。「双子」と思い込むと頭を悩ませる問題であったが、「いったん否定して答えを留保するというコツ」を押さえておけば、いずれは一番しっくり来る答えにたどり着けるのである。

誤解をもたらす言葉「あなたのせいで負けたんじゃない」

 言葉の選び方次第で、相手に誤解を与えてしまう場合もある。特に、テキストだけで相手に意思を伝えるネット上のコミュニケーションでは、対面の会話以上に慎重に考える必要もある。次に紹介する例題は、そんなシチュエーションにも関係してくる「曖昧な言葉」に関する問題だ。

以下はSNSで交わされた会話である。このやりとりによりトラブルが生じたらしいのだが、いったいなぜだろうか?

「今日は動けなくてごめんね。負けちゃったけど、次は勝てるように、またチームのみんなで頑張ろうね。」
「何言ってるの。今日はあなたのせいで負けたんじゃない。」

 先述の例題と同様に、登場人物たちの軽快な会話で展開する解説では、“先生”に指南される“生徒”の2人が議論を交わしていく。

 生徒の“早杉”は「負けたけれど、チームメイト同士で励まし合う美しい場面」と解釈したが、もう1人の生徒である“文殊”は「SNSで交わされた、とあるから、会話といっても文字だけ」だと気がついた。

 例題の文面をよく見ると「あなたのせいで負けたんじゃない」は、2つの意味を持つ可能性があると分かる。一方は「あなたのせいで負けた、ということはない」という「否定の意味」で、もう一方は「あなたのせいで負けた、ということに間違いはない」という「事実確認の意味」だ。

 例題で「トラブルが生じた」理由は、1人目の発言者が後者の「事実確認の意味」で捉えたからである。直接の会話では「話の流れ」「表情や声のトーン」で意味を捉えやすいが、テキストでのやり取りには注意が必要であり、ここでもまたじっくり文面を考える「遅考力」が試されるのだ。

 本書では、他にもさまざまな例題が用意されている。頭を使うのも楽しく一気に読み進めてしまうのだが、そうしたなかで思い浮かんだのが古くからの格言“急がば回れ”だった。近頃は“タイパ”を気にするなど、とにかく効率化を求める風潮も目立つ。しかし、ときにはじっくりと考えてみる時間も必要だと気づかされた。

文=カネコシュウヘイ