人間は感染症といかに向き合うべきか? 現実にあった悲劇を題材にした河﨑秋子新刊『清浄島』

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/27

清浄島
清浄島』(河﨑秋子/双葉社)

 2014年に三浦綾子文学賞を受賞して作家デビューして以来、19年に大藪春彦賞、20年に新田次郎文学賞を立て続けに受賞し、今年は『絞め殺しの樹』が直木賞候補になるなど、その実力が高く評価されてきた新進作家、河﨑秋子の新刊『清浄島』は北海道の礼文島でかつて実際に起きた出来事をモチーフにした長編小説だ。

 戦後復興期、昭和29年。北海道立衛生研究所に勤める研究者の土橋義明は、「呪われている」と流言を囁かれることもある北海の孤島、礼文島に単身で向かう。呪いなどと噂されるのは、この島特有の風土病が原因だった。その病にかかると、男女関係なく腹がせり出し始めて妊婦のように膨れ上がり、やがて黄疸が出て死に至るという。これは「エキノコックス」という寄生虫による感染症であることが判明するが、なぜ礼文島出身者ばかりに患者が発生するのか。土橋はその感染経路を突き止める動物調査を行うために、礼文島へ長期派遣されることになったのだ。

 土橋の主な仕事は捕獲器で捕らえたネズミや野犬、野良猫を解剖し、その体内にエキノコックスがいないか確認すること。もし、見つかればこれらの動物を介して人間に感染していることの証明となり、今後の感染予防につなげられる。そうした調査内容から時に白眼視されながらも、土橋は真剣に村のことを考えている村役場の山田や議員の大久保、愛犬トモと仲良く暮らす次郎少年といった島の人々との交流を深め、礼文島という土地のことを知っていく。やがて島の生活にもすっかり慣れた頃、土橋を礼文島に派遣した直属の上司である小山内科長が調査団を引き連れて来島。やがて小山内によって下された決断に、土橋と島民たちの心中は激しく揺れ動く――。

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 本作を読んで考えさせられるのは、人の健康と命を脅かす感染症を制御することの難しさだ。新型コロナウイルスのパンデミックで誰もが経験したように、感染拡大を防いで多くの人の命と健康を守るために日常生活を限定的に犠牲にしなければならないこともある。その犠牲をどこまで人は許容できるのか。土橋たちが礼文島で決行した「為すべきこと」の衝撃と残酷さは、これが現実にあったことだと思うと慄然として読み進めるのが苦しくなってくるほどだ。もちろん、土橋も苦悩する。恨まれ、憎まれ、それでもエキノコックス撲滅のため、とやるべき作業を進めていく。それは感染症対策としては正しいことなのかもしれないが、土橋たちがやったことをとても受け入れられないという島民の気持ちもよくわかる。そうした100パーセントの正解がない中で人間社会にとっての“最善”を目指すことが、公衆衛生を守るための道なのだろう。

 人類史は感染症との戦いの歴史だとも言われる。新型コロナウイルスのパンデミックが終息したとしても、いずれまた新たな未知の感染症が出現するはずだ。これからも人間は感染症と向き合い続けることになるし、人間社会を危機に晒すような恐ろしい感染症のせいで、大切なものを犠牲にせざるを得ないような事態が起こるかもしれない。そうしたときに、人はどのように行動すればいいのだろうか。

我々人間は、悔いて、後悔して、罪を背負って、努力するからこそ未来に選択肢を増やすことができる。

 本作はそこにひとつの視座を与えてくれる物語だ。

文=橋富政彦