榎田ユウリ最新作! 妻に家を追い出され、奇怪な住人とシェアハウスすることに!? ふたりのイケオジ、奮闘する
公開日:2022/10/13
「眼鏡」「イケオジ」「猫」……。読者の「ツボ」をこれでもか、と詰め込んだ『猫とメガネ 蔦屋敷の不可解な遺言』(文藝春秋)は、人気作家・榎田ユウリ先生の最新作だ。
主人公の幾ツ谷(いくつや)は、もうすぐ40になる理屈屋で融通のきかない公認会計士のメタル眼鏡。
彼は妻に一方的な離婚を切り出され家を追い出されてしまい、猫を拾ったはいいが、風邪をこじらせ入院し、伯母の遺産がもらえるかもしれないと取らぬ狸の皮算用でワクワクしたものの、熱中症になって倒れ、なんやかんやあって、「普通じゃない」蔦屋敷の住人達とシェアハウスすることになる。
幾ツ谷は彼らとの交流を通し、自分の半生を顧みることになるのだが――。
果たして遺産はもらえるのか。
離婚を回避することは出来るのか……!?
眼鏡イケオジ、崖っぷちの戦いが始まる……!!
――というのが、あらすじである。
本作の「読みどころ」は、大きく分けて4つあると思う。
1つは遺言にまつわる謎。このミステリー要素が気になり、先の展開が気になってどんどん読み進めてしまう。
2つ目は、個性が爆発している登場人物。
シェアハウスの最古参である神鳴(かんなり)は、幾ツ谷の天敵。イケメンで理知的だが、口が達者な経済学の准教授。眼鏡は黒縁ウェリントン。幾ツ谷と同じくもうすぐ40になる「イケオジ」だ。
彼は87歳で亡くなった幾ツ谷の伯母と極端に年の離れた夫婦であったといい、人口たったの2人という、えげつない田舎(離島)からやって来た純朴な美大生の洋(ひろ)の保護者代わりでもあるらしいのだが、「深夜に庭の穴を掘る」という奇行を幾ツ谷に目撃される。
他には、異臭放つ赤黒い染みを付けた衣服を洗濯室で洗う「ノッポ」と「チワワ」のような男性2人「キヨ」と「トモ」。深夜に奇声を上げる引きこもりの女性。
などなど、大袈裟でなく、本作に「個性的じゃない人」は出てこない。亡くなっているため回想でしか登場しない伯母の(神鳴)弥生さんですら、Dynamite級に遺品の個性が爆発している。
3つ目は登場人物の「関係性」。
特に、何かあればすぐケンカになる大人げない同世代&ダブル眼鏡の幾ツ谷と神鳴である。この2人の、あーでもないこーでもないと言ってる軽快でインテリジェンスなようでくだらない会話は、「永遠に読める……」と思えるほど面白いし、本人達は絶対に認めたくないだろうが、2人は似た者同士なので、ひょんなところで息が合ったりする。そんなところがまたエモい。
最後は、登場人物達の「人間味」だ。
幾ツ谷は「他人の気持ちなんて分からなくて当たり前」だと歩み寄ろうともせず、しかし賢いので相手を理屈でねじ伏せてしまうという……難アリな男性なのだが、なぜか愛おしく感じられる。
その理由は、誰しも「他人の気持ちを想像することの難しさ」を知っているからかもしれない。それを率直に言葉にし、また、そんな性格のせいで苦労しまくる幾ツ谷の姿に共感も出来て、彼がいじらしく見えるのだろう。
神鳴も似ていて、「強さ」「ふてぶてしさ」のほかに、「弱さ」「残念なところ」も持っている。その人間らしさが、またどうしようもなく愛おしく思えるのだ。
人はみな孤独だ。「分かり合う」ことは、とても難しい。だけど、だからこそ、人の優しさに救われることもある。人生捨てたものじゃないよと、本作はそんなことを感じさせてくれる物語である。
文=雨野裾