大事な人といるはずなのに孤独を感じるときに。江國香織さんの詩集が寄り添い、痛みを和らげてくれる
更新日:2022/10/17
ひとりで感じる孤独より、誰かと一緒にいて感じる孤独のほうがつらい。かつて、一世を風靡した歌姫がそう歌っていたように、身近にいる人の心が遠く感じられたり、最愛の人に本当の自分を分かってもらえていないと感じたりするなど、ひとりぼっち以外の孤独を感じる日が時にはある。
そんなどうしようもなくつらい日、そっと心を包み込んでくれるのが『すみれの花の砂糖づけ』(江國香織/新潮社)という詩集だ。
江國香織氏といえば、繊細さや人間の脆さも感じ取れる恋愛小説を多数生み出している人気小説家。紫式部文学賞を受賞した『きらきらひかる』(新潮社)はアルコール依存症の妻と同性愛者の夫との生活を描いた斬新な内容であったことも、大きな話題となった。
本作は江國氏による、初の詩集。大人になったからこそ分かる、ままならなさや寂しさがありありと綴られており、まるで自分の心を見透かされているような気持ちになる。
結婚生活で感じる孤独を包み込んでくれる詩の数々
大人が孤独を感じる瞬間は、さまざまだろう。例えば、結婚生活。互いの間にある問題を見て見ぬふりし、心がすれ違っていくことがある。向き合わなければと思うのに、口火を切ると余計に溝が深まりそうな気がして仮面を被ることが夫婦にはある。
「二月五日」という詩には、まさにそうした悲しみが描かれている。似たような経験をしたことがある筆者は胸が締め付けられた。
きょうは スイートにすごそう 結婚記念日だから。私たちがまだ一緒にいることを あなたが よかったと思ってくれてるといいんだけど。(中略)ここには何の問題もないというふりをしましょう 二人で きょうは
また、「妻」という詩も、筆者の心を揺さぶった。
“妻” そのばかげた言葉のひびき これはほら あれに似ている “消しゴム” ちょうど おなじくらいの言葉の重さ
彼女という肩書きしかなかった頃は、それよりもワンランク上の存在であるように思える「妻」というポジションがたまらなく羨ましかった。けれど、いざ手に入れ、年月が過ぎ、自分に対してどんどん無関心になっていく夫の変化を目にした時、この詩に出会い、泣いた。心にあった悲しみを丁寧に言語化してくれたように思えて。
その記憶と、あの頃の孤独感が蘇ってくるから、この詩は今でも私の中で特別なものになっている。
家庭内で感じる孤独は、はけ口を見つけることが難しく、適切な言葉で感じている痛みを表現するのも困難だ。だからこそ、本作のように静かに寄り添い、心についた傷に共感してくれる書籍で痛みを和らげるのも、ひとつの自己救済法だ。
秘めた孤独感を繊細に表現した詩が多く綴られている本作はきっと、あなたの心も軽くしてくれる。
子どもの頃の私が顔を覗かせる詩も収録
早く大人になりたい。昔はそう思っていたのに、誕生日が来なければいいとか1日だけでも子どもに戻ってみたいだとか、叶うはずがない願望を抱くようになったのは、いつの頃からだったろう。
あんなにも憧れた「大人」だったのに、いざなってみると不自由なことが多かった子どもの自分のほうが眩しく見える…。本作には、そうしたもどかしさも綴られており、真っ白な心をもった自分を思い出す。
中でも、特に心に刺さったのが「ちび」という作品。
ちびだった なまいきだった めだけはいつもあけていて なにもかもみてやると おもっていた
人に合わせることや流されることを覚えた自分にも、こんな風に力強く生意気に生きていた時期があった。自分を曲げずに物事をしっかり見ようとしていたあの頃の私が、もし今の姿を見たら、どう感じるだろうか。つい、そんなことを想像し、胸が痛んだ。
そして、「おやつの時間」の一節も自分を振り返るきっかけを授けてくれた。
いくつものおやつを いくつもの日々のヨロコビを かみくだき かみちぎり しゃぶり あじわい ながめ なめとり かみしめ たのしみ のみこんで あたしはこんな にんげんになった
たくさんの経験をし、いろいろな感情を心で整理して、成長していった自分。これから先も喜びだけでなく、さまざまな孤独や悲しみも噛みしめ、味わい、飲み込んで、私という人間を形成していきたい。そう思わせてくれる力も、この詩にはあった。
子どもと大人、どちらの自分とも向き合うことができる本作は、悩んだ時や現状に満足ができない時にこそ、手にとってほしい1冊。詩を通して、自分の本音を知り、これからの生き方に想いを馳せてみてほしい。
文=古川諭香