立場の違う医師2人と看護師が最前線でウイルスと闘ったとき――知念実希人が描く、コロナ禍の医療現場のリアル!

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/25

機械仕掛けの太陽
機械仕掛けの太陽』(知念実希人/文藝春秋)

 2020年初頭、中国・武漢で発生したウイルスの存在がニュースで報道されるようになったときには、誰もこんなマスク生活が長く続くとは予想もしていなかっただろう。一時期に比べればだいぶ日常生活が戻ってきたとはいえ、まだ新型コロナと人類の闘いは完全には安心できない状態だ。これまで何度も医療逼迫の危機が叫ばれ続けてきたが、一体何が現場では起きていたのだろうか。

 人気作家で医師の知念実希人氏の最新刊『機械仕掛けの太陽』(文藝春秋)は、武漢のニュースから2 年半、コロナとの闘いの最前線となった医療現場のリアルを描いた感動の人間ドラマだ。「機械仕掛けの太陽」とはズバリ新型コロナウイルスそのものを指す。現役の医師として新型コロナを目の当たりにしてきた知念氏だからこそ描ける、鬼気迫る現場の壮絶さと緊迫感に圧倒され、思わず息をのむ。

 呼吸器内科を専門とする大学病院勤務医・椎名梓は、シングルマザーとして幼児を育てながら高齢の母と同居していた。2020年、お正月明けの夕方の団欒タイムに流れてきた「中国武漢で原因不明の肺炎相次ぐ」という不穏なニュースに梓は胸騒ぎを覚えるが、ほどなくして悪い予感は的中。謎のウイルスの脅威が静かに迫る中、コロナ病棟の担当者として最前線に立つことを打診される。同じ頃、結婚目前の彼氏と同棲中だった同病院の救急部の看護師・硲瑠璃子は、独身であるがゆえにコロナ病棟での勤務を命じられる。激しく動揺する2人だったが「医療従事者」としての原点に立ち戻り、梓は感染予防のために家族と離れてビジネスホテル暮らしを、瑠璃子はコロナを軽視する彼からの感染を防ぐために寮へと住処を変え、コロナとの闘いにのぞむ。

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 コロナの脅威は拠点病院だけでなく、もちろん地域の町医者にもおよぶ。70代の開業医・長峰邦昭は、息子にはそろそろ引退を考えるように勧められている中、高齢で持病もある自身の感染を恐れながらも、現場に立つことを決意する――3人はそれぞれの立場に苦悩しながら、恐怖と闘いながら、心をすり減らしながら、それでも未知のウイルスと闘い続ける。

 現実とシンクロするリアルすぎる物語世界は、フィクションではなく、まるでドキュメンタリー映画を見ているかのよう。リアルすぎて当時の不安を思い出し、読むのがしんどくなってくる人もいるかもしれない。だがあのとき現場ではこんなことが起こっていたのか、医療従事者はこんな気持ちでいたのか…この物語が教えてくれるのは、そうした「発見」の連続であり、多くの人が直視しておくべきことだろう。おそらくあまりにも知らなかった自分を省みて、いかに危うい橋を渡っていたのかと戦慄する人もいることだろう。そしてあらためて、この物語のように現実に多くの医療従事者が身を呈して、私たちの社会を必死に守ってくれていることに感謝するはずだ。

 新型コロナとの闘いはまだ終わったわけではない。そしてまた新たな脅威がいつ、どこで生まれるかわからない。社会がゆるみはじめた今だからこそ、これからの自分が「賢明な選択」をしていくためにも、本書で新型コロナと人々の闘いをリアルに振り返っておくのは大いにアリだ。

文=荒井理恵