「娘が母親を絞殺」した事件の裁判で、“不知火判事”の他に類を見ない被告人質問で法廷の景色が一変! シリーズ化熱望の新感覚ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/28

不知火判事の比類なき被告人質問
不知火判事の比類なき被告人質問』(矢樹純/双葉社)

 導入当時こそ市民への負担が騒がれた「裁判員制度」だが、いつのまにか定着してきた。とはいえ、いざ裁判員になってみない限り、実は裁判の実際の流れというのはあまり知られていないのではないだろうか(ドラマでも大抵、山場だけがピックアップされるし)。このほど登場した新感覚ミステリー『不知火判事の比類なき被告人質問』(矢樹純/双葉社)は、そんな一般には馴染みの薄い「法廷」こそが「現場」となる。あとは量刑を決定するだけ…のはずの法廷で「何か」が起こる連作短編は、漫画原作者から作家となった著者ならではのあざやかな手法で読ませる上に、裁判の基礎知識までわかってしまうというお得(!?)な一冊だ。

 フリーライターの湯川和花は、ある日、先輩のピンチヒッターである裁判をレポートすることになった。「中学時代から不登校でニートだった娘が母親を絞殺」というその事件に、被告が自分と同年代だったことで興味を持っていた和花だが、裁判の細かい流れには驚きと退屈を行ったり来たり…そんな中で衝撃的な人物が登場する。左陪席(裁判長の左手側)の不知火(しらぬい)春希裁判官が、それまでの検察・弁護人双方のやりとりをまるで無視したかのような予想外の質問を被告に投げかけ、事件の真相を白日のもとに晒して法廷の景色を一変させてしまうのだ。

 不知火判事の質問は「他に類を見ない質問」と法曹関係者の間で囁かれていたものであり、それこそがまさに物語のキーとなる(実際、本書のタイトルでもある)。その質問は突飛だが、さまざまな証拠書類を精緻に読み(法廷に持ち込む書類も誰よりも多く、まさに山のようだ)、被告をいつのまにかするどく観察、そして繰り出されたものだ。法廷にいる面々は狐につままれたかのように唖然とするが、実はその質問をきっかけに事件の背後に迫り、そこにある悲しい人間ドラマをくっきりと浮き上がらせて、事件の行方を変えていくのだ。

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 第一の事件で不知火判事に興味を持った和花は、その後も不知火判事が関わる事件のルポを続ける。第二話は飛び降り自殺を試みた男性が通りかかった男性を巻き込んだ事件、第三話は会社役員の男性が愛人とされた従業員に殺害された事件、第四話は半グレ系の人物が強盗殺人未遂と強盗殺人を起こした事件…事件記者として和花は自分なりに取材で事件に肉薄するが、常に不知火判事はその斜め上をいく。実際、読者的には和花の目線がリアルに思えるのだが、不知火判事はこれを楽々と覆していくのだ(!)。

 探偵でこそないけれど、不知火判事はいわゆる安楽椅子探偵的といえるかもしれない(なにしろ法廷には人一倍の資料を持ち込み、さらには人間観察も怠らない)。思わず「そんな考えがあったのかー!」と推理力自体にも驚かされるし、その考察を本人に突きつけ、事実を吐露させるまでの「人の心」の洞察力にもジンとくる。あわせて回を追うごとにライターの和花がどんどんたくましくなるのも見もの。不知火判事の動向とともに、目が離せないシリーズになりそうだ!

文=荒井理恵