「みをつくし料理帖」の髙田郁氏が描く、鉄道を舞台にした9つの感動の家族ドラマ
公開日:2022/11/3
今年は鉄道開業150周年となる記念の年。さまざまな特集番組やイベントなどでご存じの方も多いだろう。そんな節目の年に、「鉄道」の存在を「小説」で感じるのはいかがだろう。髙田郁さんの『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』(双葉文庫)は、「鉄道」が私たちの暮らしを静かに支え、まるで見守ってくれているかのようにすら感じる、心温まる短編小説集だ。
髙田郁さんといえば「みをつくし料理帖」や「あきない世傳 金と銀」などの人気シリーズでしられる時代小説の名手だが、本作の舞台は昭和から平成の「現代」。描く時代は変わっても、市井の人々を主人公に、つましい暮らしと心情をいきいきと描く髙田ワールドは健在。現在20万部超えのベストセラーとなっている『ふるさと銀河線 軌道春秋』(双葉文庫/2013年)の続刊でもあり、困難な時代に家族の絆に寄り添う物語が静かに心にしみてくる。
本作に収録されているのは9つの物語だ。幼い娘を病で亡くし、どうにもならない心を抱えて娘と一緒に行こうと約束した地・ウィーンをひとり旅する母、同じく亡夫と訪れるはずだったウィーンを通りすがりの青年ガイドに連れられて旅する老女。イジメにあって居場所を失い、北海道の学校に転校を決意した少女と、女手ひとつで育ててくれる母親に気を使いながら、それでも家族の再生を心の中で願う少年。妻の介護に疲れて死に場所を求めて旅に出る老夫婦に、踏切で自殺しようとした男とそれを助けた女……9つの物語の登場人物はさまざまだが、いずれもトラムや新幹線、地方の単線、あるいは駅など、それぞれ「鉄道」がキーとなるのは同じだ。鉄道はある地点からある地点まで物理的に人を運ぶだけでなく、時には懸命に生きる人々を見守り、時には「人生」そのものをどこか「新しい場所」に連れていき、まるで応援するかのように機能する。
なお著者のあとがきによれば、本作のラストの一作、絶縁した父が末期ガンだと知り、故郷に戻る青年を描いた「背中を押すひと」は、髙田さんが創作の世界で生きるきっかけとなった大切な一作なのだという。
作家になる前は、塾講師として働きながら司法試験に何度もチャレンジしていたという髙田さんは、30年前の秋、危篤状態の実父を見守るため詰めていた病院前のホテルで読んだ雑誌で集英社の「漫画原作募集」の記事を発見。現実から逃げたい、父の愛情をなんらかの形で残したい――胸の奥深くで抱えていたそんなやるせなさや苦しみを物語に託し、生まれて初めて書き上げたのが「背中を押すひと」なのだという。結果、その作品が特別賞を受賞したことで漫画原作者の道に進み、のちに時代小説を描くようになって現在に至る。今回の短編集には加筆した上で収録したとのことで、「背中を押すひと」に若き日の髙田さんの苦悩を透かして見てみると、人生のしんどさに優しく寄り添う彼女の作品世界のルーツが見えてくる気がする(ちなみにこの物語も「鉄道」がキーになる。つまり髙田さん自身の人生の転換にも「鉄道」の存在が深く関わっているというわけだ)。
少しずつ寒くなってくるこの季節に、人の温もりに触れられる本書は格別にしみるだろう。ただし「鉄道」の中で読むときはご注意を。温かい涙があふれてきて、思わずマスクにしみてしまうかも…。
文=荒井理恵